>>987

重要かどうかを判断出来る程に仏教理解出来てたのが居なかっただけ

だから 異なる部派からの経典の継ぎ接ぎになる

仏教が支那に輸入され出した頃には既に大乗の時代で 輸入した奴が馬鹿だから経典の成立順をインドに尋ねなかっただけ

現に漢訳だけを絶対視する時代遅れは小乗の意味すら間違えるアンポンタン揃いじゃないか? 笑

自分達だけが救われる小さな乗り物の事だから 大乗経典で有っても読み方や考え方が狭いと小乗になるんだぜ?

一番の大乗は原始経典に有る言葉から読み取れるやり方だけで出家者1250人中五百羅漢を成仏させて涅槃入りさせた釈迦本人だからな

もの惜しみせずに自分と同等の弟子を五百人も育てた指導者は仏教史上他にいないし 他の宗教にも見られんよ

五百人の弟子を自分と同等に引き上げて その弟子達から生涯尊敬され続けた教祖開祖が他に居るなら出してみろ

幾ら三百代言しても日蓮が五百羅漢を育てた訳じゃないんだから 誰も釈迦は越えて無いんだよ

人間はどうしても自分の地位を護ろうとして自分より優れた人間を育てようとはしないからな

そういう意味では最澄は多くの自分よりも優秀な弟子を出してるが本人のポテンシャルが低いから無上等正覚者ではない


結局日本仏教に阿羅漢が出たかどうかは相互証明が出来ないから判らないという事だ