>>388
仏教は、多くの宗派では、外界実在論には否定的ですし、実体は存在しない・・・、つまり縁起を説いているんです。

その外界実在論に関わる認識論についての貴殿の疑問は分からないでもありません。

が、そうした問題は、仏教では一応の解決をみてるんです。
その問題に対してダイレクトに見解を示しているのが唯識仏教であり、理論的には唯識二十頌でしょうね。

その相依性の問題を唯識仏教で紐解くと、認識とは、自体分が見分(認識)と相分(認識されるもの)に分析されることです。
相分(この場合は音ですね)が単体で存在するのではありません。