「裸の王様とラッシュアワー」
作.手ぶらの乞食

みかん色の夕暮れ時、寺尾は会社帰りに通るいつもの公園を横切ろうと足早に歩きながらネクタイを緩めた。
「残暑が厳しいな。まぁそっちの方が好都合だ」そう呟くと、ふと足を止めた。

顔色の悪い男がひとり、ベンチに腰掛け、にやにやしているのが気になったからだ。寺尾は何か自分と同じ匂いを感じてその男に声をかけた「おたく、どうなさった?顔色が酷く悪いが大丈夫かい?」

男は目を合わせる事もなくみかん色の陽を浴びて尚も、にやにやしながら言った。「いやね、私は世界を転がしてるんだよ。戦争も会社の揉め事もいびつな人間関係も皆私の掌の上だ。ほらご覧なさい」

男は寺尾の前で自分の掌を広げ、ワイングラスを回す様な仕草をしてみせた。

寺尾は思った。
「こいつ何言ってんだ。何が世界だ。高みの見物気取りで自分が滑稽だとも知らずに気持ちの悪い奴だ。裸の王様かよ」

男は寺尾が言ったそのまんま素っ裸で
変態そのものだった。そう思うや否や寺尾の顔はみるみるうちに青ざめていった。「しまった!!」

寺尾は今しがた、社内のトイレで大の用を足した時、トイレ内に常設してあるフックにスラックスとパンツを掛けっぱなしだったのを思い出した。

寺尾には大便の時、そうする癖があった。余程慌てていたのか用を足した後、パンツとスラックスを履き忘れたのだ。

慌てていたのには訳があった。
寺尾は電車内での痴漢が趣味で、ラッシュアワーを逃すまいと急いでいたのだ。寺尾は下半身丸出しで、血の気が引いて行くのを覚えた。

素っ裸の男は真顔で寺尾の表情をうかがいながら言った。
「旦那の方こそ大丈夫かい?酷い顔色だが…救急車でも呼んでもらおうかい?」

寺尾は溜息を付きながら言った。
「人の振り見て我が振り直せとはこの事だな。ったく」素っ裸の男は「そいつぁ、いいや」そう言いながら顔をくしゃくしゃにして笑った。

寺尾もつられて、大笑いした。

狂った果実の様な笑い声が公園に響き渡った。

ただ、黄色い陽の光りだけが優しい笑みを浮かべていた。

遠くで微かにパトカーのサイレンの音が鳴っている。