ある種の花は、ある種の昆虫のメスの形をしており、その昆虫のオスは
その花に飛びついて後尾を迫るが、それは花だから反応は無い。しかしその昆虫には
ビッシリと花粉がついてしもうとる。そしてその昆虫はまた別の花に後尾を迫る
そうなる事で、その花の受粉が完了して、来年もまた花を咲かせ、果実を実らせる

しかしもしもその昆虫に「理性」あるいは「知識」があったならば、どうぢゃろうか?
その種の花は、実りを残せずに枯れ、その命脈も途絶えてしまうぢゃろう

「理性も知識も必要はない」のぢゃ

あるいは、子々孫々と動物や植物が、その営みを繋げ続けることに、意味はあるのか?
仮にその命脈が途絶えたからといって、関わりの深い生き物でもない限り
いったい、なんの不都合があるのか?次々と絶滅していく種があっても、生き物は
その状況に合わせて、適応力を変化させる、という意味での進化を繰り返しておるし
特にこれと言って、特定の種の保存を手掛ける必要はないぢゃろう

「それが例え、人間であっても」ぢゃ

そしてまた、生き物の種だけに限らず、例えば人間が構築しておる社会システムにも
同じことが言えるぢゃろう。それを無理に維持する必要性も、基本的には、無いのぢゃ

「この世の本質は、無い無い尽くし」

何もしなくて良いし、やりたければ個人的にやってくれ、和智は、何もしない

(-人-)〜♪