狩猟生活時代、数万年~数十万年前の人類は、共同して大型の動物を食料としていた頃。

手に棒きれや石を手に持ち、叩いたり、突いたり、投げつけて傷を負わせ、弱らせ、傷を負わせ、出血により次第に体力を奪われる。

逃げる足跡や点々と続く出血した血を追って、何日も追跡し、失血のため、脳に血が送られなくなって、気絶して、死ぬ捕獲していた。

なので、人類の武器は持久力と、長距離歩行は、その頃からの獲得してきたものなのである。

獲物は、村に持ち帰り村人は分け隔てなく誰もが同じ量の肉を受け取る。

これは宗教的理想であり、共産主義的分配の大原則である。

また、英語のカンパニーと言うことばは山分け、を原意とする。

海賊国家英国の海賊船ではぶん取り品は平等に分けられ死者の家族にも支払われた。

この海賊船のシステムをカンオアニーと言う。

会社と和訳されるカンパニー会社は、山分け、と言う事だと言う。 海賊用語である。 ぶんどり品は帰港後、平等に山分けするし、る。

狩猟生活ののちの農業時代は、安定した食料の確保が容易になり、人口も爆発的に増大していった時代である。

増えた家族を養うため、ますます多くのデンチデンパタが必要になり、吐いた独占的に土地所有が始まり、農産物の余剰品の物々交換から、貨幣経済も始まる。
この段階から、身分の差や、経済力の差が生じる。

一人では生きていけなかった狩猟生活時代の人類は、分け隔てなく、分配した。

農業時代の人類は、排他独占的になった。

この流れ、時間の経過が有っての現在である。 

良いか悪いか、生きていくことに善悪は無いが、どう生きていくのか、は、問われている。