>>193続き
「本来の信仰」がどうだったかは、当時の人をタイムマシンで連れてきて説明してもらわないと判らないが、
まあ、群れの構造の延長として、ボス猿の上位として歴代ボスを一つの「神」として仮設するというのは妥当だろう、とした。
では、No.2の場所、つまり「神」の代行はどうなるか。
兼任するのは群れが小規模に限られ、大規模になればシャーマンが置かれただろう。
これが代を重ねるとどうなるか。
当然技術と知識が蓄積される。
これが宗教であり、呪術である。

以上から、民族宗教と呪術的或いは精神構造探求的な求道型の宗教が形成される。
以前、他のスレでも書いたが、この両者は一つの宗教の両面というのが原型で、神道などの民族宗教がそうだ。
仏教や道教やヨガ、近代ではグノーシスなどは求道型になる。
そして、世界侵略した最凶カルト、キリスト教は、これらの改悪板であり、民族宗教でもなく、求道型でもない、人造の「神」を頂き置く脅迫型といえる。
ユダヤ教は、民族宗教であり、形骸化しているが呪術的な側面もある。
このユダヤ教のラビの一人だった、後にキリストとされた男が教祖とされているが、本人は聖書にもあるように「ユダヤ人の為に遣わされた」つもりだったはずだ。
しかし、母親がユダヤ人というのが条件のユダヤ教に対して、キリスト教は使徒の段階から民族宗教ではなかった。
教祖は民族宗教のつもりだが、宗教的な理解もセンスも欠けていたのだろう、勿論求道型でもなく、似非民族宗教となる。
即ち独善的排他主義が概念神となった。
この嫉妬する神、裁く唯一神を頂く宗教は、後の共産主義やカルト宗教のプロトタイプとなった。
さて、これが時系列にそった流れだが、現在の宗教学では、全く逆の配置となる。
即ち最も優れた宗教がキリスト教であり、仏教などはその次、民族宗教は原始的とされる。
これは大勢としては世界侵略したキリスト教が優位な為で、そのキリスト教から見ている為だ。
では、これらの内で最も深くまで精神構造を明かしたのはといえば、僭越ながら我ら中期密教、真言密教だと言わざるをえない。(笑)

(^。^)壮大な自慢話だったんだが、読めてたか?(笑)

勿論まだまだ続きがあるが、飽きてきたし、キチ9の漫才とかのヤジが終わった頃にまた。(笑)