般若心経
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観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 苦しみ悩みのすべては「受・想・行・識」の中で生まれる^^ 「観音さまが深い修行に入られ五蘊は皆空だと悟られたときに一切の苦厄から解放された」 まぁ・・・^^
量子力学的に見れば真理であろうな^^ 「苦しみ悩みのすべては「受・想・行・識」の中で生まれる」
つまり・・^^ 「色」とは物質的存在という意味です。形あるものの全てです。
あとの「受・想・行・識」は「心」の世界を意味します。 色に「受・想・行・識」がひきずり込まれるからな・・・^^
色は諸行無常に従って常に変化してるし・・^^ 「観音さまが深い修行に入られ五蘊は皆空だと悟られた(ときに一切の苦厄から解放された)」
(ときに一切の苦厄から解放された)は後から玄蔵三蔵が書き加えたらしいが・・^^
これは実際にありえる話だな・・^^ 人は・・^^
色と受・想・行・識で成り立っている^^ では・・・^^
なぜ個々に違いが出てくるのであろうか・・^^ あー^^
唯識にいってしまうのか・・^^
それとも・・・^^
一念三千の世界にいってしまうのか・・^^ 「色と受・想・行・識で成り立っている^^ 」
ここが問題だな・・・^^ 簡単に言えば・・・^^
色=受・想・行・識ではなく・・
色>受・想・行・識ではなく・・
色<受・想・行・識・・・こうか^^ う〜〜ん^^
色で受けなくてなんで受けるのか・・^^
それが問題である^^
なんかいい線いっている気がする^^
色はなくすことできないし・・^^ ここでこれですよ^^
舍利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 「受不異空,空不異受,受即是空,空即是受;想不異空,空不異想,想即是空,空即是想;行不異空,空不異行,行即是空,空即是行;識不異空,空不異識,識即是空,空即是行」 悟るとやばいので・・^^
とりあえずここで・・・^^
寝る^^ 受不異空,空不異受,
受即是空,空即是受;
想不異空,空不異想,
想即是空,空即是想;
行不異空,空不異行,
行即是空,空即是行;
識不異空,空不異識,
識即是空,空即是行 色不異空 空不異色
色即是空 空即是色
受不異空,空不異受,
受即是空,空即是受;
想不異空,空不異想,
想即是空,空即是想;
行不異空,空不異行,
行即是空,空即是行;
識不異空,空不異識,
識即是空,空即是行 「観音さまが深い修行に入られ五蘊は皆空だと悟られたときに一切の苦厄から解放された」 なます さるわっぎゃや
ありあ あわろきてぃしゅわろ ぼでぃさっとば がんびいらあやん 気が付けられると・・^^
人類は絶滅の道を辿んですけど^^
まっ・・^^
しょうがないか^^ 人は煩悩があるかぎり進化しその生命を維持できる・・^^ 物質の世界を乗り越えられると困るんだよな・・^^
色にしがみついてもらわんと^^
この虚構の現象の世界にいてもらわんとね^^ 受・想・行・識が私であると・・思ってもらわんと・・^^ 色→受・想・行・識=私
この虚構の公式は絶対に信じてもらわんとね^^ だれだよ・・・^^
色→受・想・行・識=空なんて言ったやつは・・^^
出てこいやぁあああああああああああああああ
真理をつくなぁあああああああああああ
ばれるだろ・・・^^
ぐっすん^^ 舎利子、色は空に異ならず、空は色に異ならず。色はすなわちこれ空、
空はこれすなわち色なり。受想行識もまたまたかくのごとし。
舎利子、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、
増さず、減ぜず、この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、
眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、
乃至、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、
老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、
智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。菩提薩埵は、
般若波羅蜜多に依るが故に心に罣礙なし。罣礙なきが故に、
恐怖あることなく、一切の顚倒夢想を遠離し涅槃を究竟す。
三世諸佛も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。
故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。
これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。
故に般若波羅蜜多の咒を説く。すなわち咒を説いて曰わく、
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶
般若心經
般若心經 觀自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、
一切の苦厄を度したまえり。
舎利子、色は空に異ならず、空は色に異ならず。色はすなわちこれ空、
空はこれすなわち色なり。受想行識もまたまたかくのごとし。
舎利子、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、
増さず、減ぜず、この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、
眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、
乃至、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、
老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、
智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。菩提薩埵は、
般若波羅蜜多に依るが故に心に罣礙なし。罣礙なきが故に、
恐怖あることなく、一切の顚倒夢想を遠離し涅槃を究竟す。
三世諸佛も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。
故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。
これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。
故に般若波羅蜜多の咒を説く。すなわち咒を説いて曰わく、
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶
般若心經 五蘊皆空なりと照見して・・・
色不異空 空不異色
色即是空 空即是色
受不異空 空不異受
受即是空 空即是受
想不異空 空不異想
想即是空 空即是想
行不異空 空不異行
行即是空 空即是行
識不異空 空不異識
識即是空 空即是行 色(物質的現象)と受想行識(精神作用)の五つによって一切の存在が構成されてる 色: 物質的現象として存在するもの。
空: 「何もない状態」が原義。「ゼロ」
受想行識
「受」: 「感覚」
「想」: すべて知る、転じて「表象」
「行」: 「意志」「意思的形成力」
「識」: 眼・耳・鼻・舌・身・意の認識作用が、形・声・身・味・触れられるもの・心の対象という対象を認識する働きの総称。 札幌人、篠路高校の教師どもはよくも俺をナメてくれたな、悪魔どもよ
必ずや、地獄に叩き堕とし過去、未来で一番地獄で重い刑罰を受けさせてやるからな
地獄で生まれてきたことを後悔しな 觀自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、
一切の苦厄を度したまえり。
舎利子、色は空に異ならず、空は色に異ならず。色はすなわちこれ空、
空はこれすなわち色なり。受想行識もまたまたかくのごとし。
舎利子、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、
増さず、減ぜず、この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、
眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、
乃至、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、
老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、
智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。菩提薩埵は、
般若波羅蜜多に依るが故に心に罣礙なし。罣礙なきが故に、
恐怖あることなく、一切の顚倒夢想を遠離し涅槃を究竟す。
三世諸佛も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。
故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。
これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。
故に般若波羅蜜多の咒を説く。すなわち咒を説いて曰わく、
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶
般若心經 『色蘊は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『受想行識蘊は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。 「空寂」・・いい言葉やな・・・^^
大般若波羅蜜多経を読まんと真意はわからん^^
読むど^^ 一切法(いっさいほう):梵語 sarva- dharma,一切の有為法(梵 saMskRta- dharma)即ち造られたもの、及び無為法(梵 asaMskRta- dharma)即ち造られないものの総称。即ち、一切の事物、物質、精神,及び有らゆる現象としての存在を含むものの意。 造られたものと造られないものか・・^^
う〜〜ん^^
奥が深い^^ 縁起を広くすべての現象の間における種々な関係の理論と解する立場も生まれた。
その場合,因果を成立させる条件として,すべての現象になんらかの形で果を生む力が
あるとみて,これを〈行〉(サンスカーラsaṃskāra)と呼び,その働きによって作られたものを
〈有為(うい)法〉(サンスクリタ・ダルマsaṃskṛta‐dharma)と名づけた(ここで〈法〉とは
一定の性質をもった現象の意)。しかも,すべて有為法は同時に因となって他の現象を
生む力をもっているものと考えた(すなわち〈諸行〉=〈諸有為法〉)。 これら有為法に対し,理論上生滅のない存在として,空間(虚空)などが想定されるが,
宗教的要請たる涅槃もまた,生滅を超えた常住のものとみなされた
。これらを有為でないものという意味で〈無為法〉(アサンスクリタ・ダルマasaṃskṛta‐dharma)と
呼ぶ。ただし,これも決して実体あるものではない。 有為法
因縁によって形作られたもの。また、その在り方。生滅する現象世界の一切の事物をいう。
無為法
生滅変化を離れた常住・絶対の存在。因縁の支配を受けない解脱の境地などにいう。 大般若波羅蜜多経をちょっと読んだだけでもこれだ^^
すんばらしい^^ 般若理趣
梵語prajJaa- paaramitaa- nayaの訳。此の中nayaは指揮、指導の義。或いは智慧の義。
即ち世間の分別を離れて智慧を究竟し、一切智の彼岸に至る道の意。 ということは・・・^^
色・受・想・行・識を離れて智慧を究竟し、一切智の彼岸に至る道となる^^ 觀自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、
一切の苦厄を度したまえり。
これやな・・・^^ 色・受・想・行・識を離れた智慧がなければ・・^^
「五蘊皆空なり」と照見できん^^ 『色蘊は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『受想行識蘊は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『眼処は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『耳鼻舌身意処は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『色処は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『声香味触法処は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。 『地界は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『水火風空識界は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。 『苦聖諦は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり
。『集滅道聖諦は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『因縁は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『等無間縁所縁縁増上縁は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『無明は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『行識名色六処触受愛取有生老死は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。 『一切智は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『道相智一切相智は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『一切の菩薩摩訶薩の行は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『一切の善、非善の法は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『一切の有記無記の法、有漏無漏有為無為の法、世間出世間の法は空寂なり』
の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。 所以(ゆえ)は何んとなれば、一切法の自性空なるを以っての故に、自性を遠離す。
遠離に由るが故に、自性寂静たり。寂静に由るが故に、自性清浄なり
。清浄に由るが故に甚深般若波羅蜜多は最勝清浄なり。是の如き般若波羅蜜多は、
当に知るべし、即ち是れ菩薩の句義なり。諸の菩薩衆は、皆、応に修学すべし、と。 一切を悟れば空寂に到るか・・^^
「寂静に由るが故に、自性清浄なり」
すんばらしい^^ では・・^^
温泉瞑想にいくかー^^
空海ちゃんもたぶん・・
「すんばらしい」と言ったに違いない^^ ハァイ♪
さいきん悟りを開いちゃいました!(笑)
ブログやってます。
http://blog.livedoor.jp/kosokeme/
お気軽にコメントくださいねー。(´艸`*) ハァイ♪
さいきん悟りを開いちゃいました!(笑)
ブログやってます。
http://blog.livedoor.jp/kosokeme/
お気軽にコメントくださいねー。(´艸`*) 『四念住は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『四正断四神足五根五力七等覚支八聖道支は空寂なり』の清浄なる句義、
是れ菩薩の句義なり。 四念住
一に身念処、二に受念処、三に心念処、四に法念処
七等覚支
一に念覚支 二に択法覚支 三に精進覚支 四に喜覚支
五に軽安覚支 六に定覚支 七に捨覚支 『空解脱門は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『無相、無願解脱門は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
空解脱門空を行じて解脱するの意。
無相解脱門無相を行じて解脱する。
無願解脱門無願を行じて解脱する。 三解脱門
仏語。解脱に至る方法である3種の三昧(さんまい)。
一切を空と観ずる空解脱、
一切に差別相のないことを観ずる無相解脱、
その上でさらに願求(がんぐ)の念を捨てる無願解脱。三三昧(さんざんまい)。 う〜〜ん^^
仏教の復習をさせられとる気がする^^ 三解脱門
〘仏〙 空解脱・無相解脱・無願解脱の総称。
迷いの世界を三種の禅定によって脱け出すこと。また、その禅定。三解脱。 『八解脱は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。
『八勝処九次第定十遍処は空寂なり』の清浄なる句義、是れ菩薩の句義なり。 う〜〜ん^^
こうなるわな・・^^
500万字の経典読み上げる 興福寺南円堂で大般若経転読法要
https://www.youtube.com/watch?v=p_rcSMTDIj8
「玄奘三蔵うんぬん」の声が聞こえる・・^^
全部読めや・・こらぁあああああああああああああ 空寂・清浄なるのにうるさいんや^^
大般若・天徳山正源寺(岐阜県・瑞浪市)・般若心経字幕付
https://www.youtube.com/watch?v=lbtZHGl6zvQ 転読
転読とは、恐らく大般若経に限った所であるが、6人ほどの役僧と一人の導師が一堂に会して、
折り本に装丁された経典中の一巻を手にすると表紙を開き、声を張り上げて、
「大般若波羅蜜多経巻第某、唐の三蔵法師玄奘、奉詔訳」と、先づその経題を読み上げ、
次いで初の、「如是我聞、一時薄伽梵、住王舎城鷲峰山頂、与大苾芻衆千二百五十人俱、」
ぐらいまでの一節を読むと、やおら両手で経巻を頭上高く持ちあげて、少し開きぎみにし、
片手を下に降ろしながら、滝のようにパラパラと経紙を流して落し、これが端まできて尽きると
、上の手を下に降ろして、経巻を閉じ、又頭上に挙げて、手の上下を先ほどと逆にして、
またパラパラやり、これを数度繰り返しながら、その間中、「揭諦、揭諦、波羅揭諦、
波羅僧揭諦、菩提薩婆訶」と、心経の陀羅尼を繰り返し唱え、最後に経典の最終頁を
開いて押頂くと、「降伏一切大魔、最勝成就」と一段と声を張り上げたところで、
1巻を読み終えたことにして、凡そ一人当り、100巻を担当すると、30〜40分ほどで
600巻を読み終えたことになるのであるが、導師は、この間中、役僧とは事を別にしており、
もっぱら高座上に於いて、この理趣分を読み通すのである
ふむふむ^^ 無明 生存の根本原因
行 原初的な活動
識 原初的な心的活動
名色 原初的な識別活動
六処 感覚器官生ずる
触 感覚器官が対象に接触
受 心に触を受ける
愛 渇愛生ずる
取 執著生ずる
有 自我生ずる
生 自我確立する
老死 自我段々滅する まぁ・・・^^
人それぞれ解釈がある^^
それでいい^^ >>96
識からかな?
まなしきに相当すると思うんだけど。
抜粋のセンスが良いから、頑張ってね。 う〜〜ん^^
唯識にいっちゃうんだよな・・^^
これが^^ 5因縁果 ◆d........o 2018/03/29(木) 18:22:01.02ID:0jLZs2vt
苦しみ悩みのすべては「受・想・行・識」の中で生まれる^^
たぶん・・^^
自我が生じたと同時に苦しみ悩みが生じるんだよな・・^^ >>98
唯識と縁起から外れたら仏教じゃないよ。
だから自信持って( ・∀・) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています