(阿含経 中部 筏喩経)

ある日釈迦は竹林精舎で修行僧や在家の人々を集めて言った。

「修行僧達よ、お前たちを執着の心を絶つ為に、今日私は最も大切な教えを説こう。」

そう言うと釈迦は静かに言った。

「例えば今、ガンジス川の川岸を行く人があって、洪水で水浸しになっているのを見たとしよう。

こちらの川岸は危険で、向うの川岸は安全である。しかし、向うの川岸に行く舟も無く、橋も無いとしよう。
その人はこう思った。これは大洪水だ。こちらの岸は危険で、水に流される危険があり、安全な向う岸に行かねばならない。
そうだ、草や木を集めて筏を組み、筏で向う岸に渡ろう。
そしてその人は無事に向う岸に着いた。

釈迦はそう言うと修行僧達を見渡した。
修行僧達は釈迦が何を言おうとするのか解らなかった。
釈迦は続けて言った。

「向う岸に着いた人は、その筏が自分を助けた命の恩人であると生涯、肌身離さず持っていた。さてこの人は筏について適切な処置をしたのであろうか。」

修行僧は言った。

「そうではありません。」

その言葉を聞いた釈迦は言った。

「修行僧達よ。この人はこの筏を岸に引き上げて、再びガンジス川に沈めたのであり、それは正しい処置であった。修行僧達よ、この筏の喩えを知るものは、総て真理も法も捨てねばならない。ましてや真理でないもの、法で無いものを捨てねばならないことは言うまでも無い。」