>>577
浅いな、インド大乗では、仏性=仏となる可能性でした
それが中国の思想の内在するタオ=仏性内在化
しかも無情(山川草木、無生物、自然界の事物)まで仏性内在としました
その無情のあり方が悟っていると目指し、無分別、無念無想、不二、一如、
また仏性顕在と修行不要論にも陥りました 発案者、中国の嘉祥大師吉蔵

タオ思想と融合して一元論化、仏性内在と空に反して実体視、つまり仏を確認する
禅とか無心でそのものになる行とか、似非なる改造仏教になったと仏教学者は
指摘します
その思想の背景に宇宙意識なる根源真実在(哲学)との梵我一如化ヴェーダーンタ化
もあり、例えば鈴木大拙は、インド仏教と異なる日本独自のヘーゲル大拙乗と批判
する世界の学者さえいます
結局、ウパニシャッド哲学化になったのです
なら最初から仏教でなく、古代ヒンドゥーの教えでよかったことになります

「中国僧侶の手にかかると、まったく無関係な理論の組み立てに応用される
のだから空恐ろしい」とまで学者は批判しています
中国で変質した仏教でググると、詳しいこと出てきます

中国産のすでに仏と仏を確認する禅とか、そのものになる行とかだけで、
日常であるがまま思い(煩悩)に振り回され、根本仏教の慧の修習がないから、
曹洞宗の僧侶は、毎年犯罪者を生んでいる統計的データがあります