2008年(主日A年) 10月26日 年間第30主日
出 22:20〜26  Iテサ 1:5〜10  マタ 22:34〜40

「律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」(マタ v.40)

イエスは旧約の律法に言及しておられます。
旧約聖書を読んだことも学んだこともない人にとっては、なぜイスラエルにとってこの二つの律法が重要であったのかが分かりません。

原始教会の人々にとっては、彼らの信仰と生活はユダヤ教の敬虔と固く結びついていました。
神はエジプトの国で奴隷であったイスラエルの民を、力ある御手をもって導き出し救い出されましたが、この救いと選びの根拠は民の側にはなくて、ただ神の愛だけに基づいていました(申 7:6-8)。
「あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出された主を決して忘れないよう注意しなさい。 あなたの神、主を畏れ、主にのみ仕え ・・・・・ なさい。」(申 6:12-13)
これが 「あなたの神である主を愛しなさい」(マタ v.37)と命じられた理由でありました。

ですから、「隣人を自分のように愛しなさい」(マタ v.39)という掟は、イスラエルが神の宝の民とされた(申 7:6)ということに基づく同胞への愛の命令でありました。
彼らの町に寄留する外国人をも愛するということは、この掟にとってはあくまでも二義的な事柄でありました。

イエス・キリストの受難と死が、御自分の教会を罪と死から贖って聖なるものとし、神の国の相続者とするためであったということを伝えるために、マタイとマルコ福音書で、このテキストは受難物語の中に置かれたものと思われます。

・・・・・ 以下、本文参照。
http://www.kuwaei2000.com ●Archives● より