>>837
ではなぜパンと叩いて音がするのが重要になってくるのか?w
自分の中から出てきて、そのむき出しの自然に触れることが悟りだと思っているからだろう
鼻をつまんで、ここにおるというなら、それは己ではないというのが五感の働きから外れていることになるではないか
体を指して、このものの働きというなら、このものの手にした悟りになるだろうよw
いないものが悟りようがない
だから悟りなどなく、ただあるがままが、あるだけで、差別などないのだ
よく聞けば、己の消えたというのは、この対象に消失したことを言っているが、その言っている本人が、パンと叩いて音がするなどというw
その音のしている世界も幻であるのは、すぐに去っていくからで、そこが幻であるからこそ、この事実から抜け出て、この世界の向こうへ、つまり彼岸へ突き抜けるのではないか