>>454
極限を取っています
「n→∞として、可算無限長の数列を考える」(>>452

そして、これは、「可算無限長の数列」をどう考えるかの、数理哲学の問題でもあり
可能無限、実無限の話になっていくのでは?(下記、砂田 利一先生ご参照)

なお、
”だから時枝戦略の間違いにはならないよね”は、Yesです

もともとの時枝の間違いの数学的な議論は、>>450です。
>>453は、パズルや数学マジックとしての解説です

http://mathsoc.jp/publication/tushin/index21-4.html
日本数学会
数学通信第21巻第4号目次 Feb 20, 2017
http://mathsoc.jp/publication/tushin/2104/2016sunada.pdf
数学の発展と展望 砂田 利一 明治大学総合数理学部 Feb 2017
(抜粋)
カントルはユダヤ系と言ったが,正確にはユダヤ人の血が混じっているというこ
とであり,むしろ彼は宗教的には敬虔なカトリック教徒であった.彼の時代を画す業績
は,一対一対応を基礎として,「実無限」を許容する集合論を創始したことである(実無
限については,次節で述べる)

2  無限の概念
ここで,カントルの理論の背景にある,無限概念についての歴史を振り返ろう.

無限を最初に扱ったのは,古代ギリシャのアナクシマンドロス(前610 頃{前546 頃)
である.彼は「アペイロン」(限りがない)という概念を導入し,それを万物の根源(ア
ルケー)とした.その後アナクサゴラス(前510 頃{前428 頃)により「無限大,無限小」
について語られたが,19 世紀後半まで歴史の中で大きな影響を与えたのはアリストテレ
ス(前384{前355)である.彼は,無限には「実無限」と「可能無限」の2 種類があっ
て,可能無限は認められるが,実無限は存在しないと考えた.カントルの集合論は,ま
さにアリストテレスに対するアンチテーゼなのである.
念のため,「実無限」と「可能無限」の意味を与えておく.
可能無限:無限を把握出来るのは,限りがないということを確認する操作が
存在していることだけで,無限全体というのは認識出来ないとする立場
実無限:無限の対象の全体性を把握して,無限が実際に存在しているとする
立場
(引用終わり)