「あばうとに行きます」

何だか、全てが窮屈に感じて街を出てみたくなった。
知らない路線の電車に乗ってぶらり旅がしたくなった。

とても天気が良くて外に出たかったので行先も決めずに電車に飛び乗った。
駅のホームには、まあまあ程よく人がいて、それなりに人がいた。
…電車が入って来た… 凄い速さで、私の前を通り過ぎてゆっくり止まった!

…ドアが開く… 人が5、6人出てきて、私も電車内に入った。ぽつぽつと席が
空いていて、私は真ん中あたりに座った。右隣は女の人。左隣はおじさんだった。
目の前にはおばあちゃんが座っていた。

そのおばあちゃんは、品の良い着物を着ていて小柄で、とても可愛いおばあちゃんだった。
…電車が動き出す…徐々にスピードが上がる…景色が流れていく…遠くに行くほどに
流れは遅く…近くに行くほど流れは速い… おばあちゃんは真っ直ぐ前を見ている。

私の頭上のあたりの窓から、外の風景を見ているのだろうか… 私もおばあちゃんの頭上の
窓から外の景色を眺めていた。次の駅に着いて電車が止まる。止まる瞬間にみんなの体が同時に
…カクッと揺れる… おばあちゃんの隣の席の人が降りた。その席にまた別の人が乗って来た。
凄く体の大きい人だ。その人は席に着くなり、窮屈そうな顔をして " ふうっ " とため息をつく。

おばあちゃんは体の大きい人に気を遣い、幅を狭めて小さくなって着物の裾を自分の方に寄せて
また前を向く。次の駅で電車が止まり、多くの人が乗り降りをする。私の隣の女の人も降りた。

私の隣には、中年のおじさんが座った。おじさんに挟まれた。凄く嫌だった。おばあちゃんは、
私の嫌そうな表情を見たのか、少しクスっと笑った。その表情が、また何とも愛嬌良く、
とても可愛らしいおばあちゃんだった。

次の駅では大勢の人がこの車両に乗って来た。その人の波で …おばあちゃんの姿を見失った…
外の景色も見えない。私は仕方なく、下を向いたまま…ぼーっと…していた。

次の駅でかなりの人が降りた。そのせいか混雑して息が詰まりそうだった車内が、一気に視界が広がり
あのおばあちゃんの姿が見えた! おばあちゃんの目には私が、どんな風に見えているのだろう...
そう思いながら流れる外の景色を眺めていた......

次の駅では、小さな男の子が電車に乗って来た。その子は、お父さんらしき人に何かを訴えているけど、
まだ言葉が、あまりうまく喋れないのでうまく伝わっていない。おばあちゃんは、その男の子の方を向き、
覗き込むように見ながら微笑んでいる。もしかしたら、お孫さんと同じ歳くらいなのかなぁ...

次の駅でおばあちゃんは降りた。窓の外、目を凝らして追ったけど、おばあちやんは人ごみに紛れて
どこにいるか、一瞬で分からなくなった。きっともう二度と会えないんだろうなぁ...
一度くらいお話がしたかった。そう思っているうちに、電車は次の駅に向かってゆっくりと動き出した…

 …私も次の駅で降りよう… これから、何処へ行こうか... ...
知らない路線の電車に身を任せ... あばうとに行きます そんな旅もあるでしょう...