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大阪市役所の特徴 ウィキペディア

特徴[編集]
大阪市内の都市計画を主に進めていたのも大阪市役所である。これは政令指定都市制度を根拠としたものである。ただ、府から市への権限移譲・税源移譲が中途半端であったため、のちに二重行政の弊害を生んだ。市営交通(大阪市交通局)については市営モンロー主義も参照。
組織の中枢となる幹部職員を京都大学[4]、大阪大学や大阪市立大学の出身者を中心に固め、中央省庁との人事交流が少ない。
そのため、「中之島モンロー主義」と揶揄されることもある。[要検証 – ノート]
特に、土木技術職の副市長・局長級といった幹部ポストは京都大学工学部卒業生で殆ど占められている。

大阪市役所の学閥について[編集]
第18代大阪市長の平松邦夫は、大阪市役所に京土会の学閥があったと語っている。
平松は「役所の計画調整局に関係する事業でも、建設局や港湾局に関係する事業でも、何でこんなものを造ったのかと思うものは、ほとんど京土会が造ってきたからだ。
山ほど不要なものを造り、負の遺産として残っている。
お金がいっぱいあったときは、埋めたら土地が売れた。こうした流れの中で、市役所内で実力者になってしまった方が何人かいた。
土木系の副市長は歴代必ずいたが、私は建築系の人に変えた。流れを一度止めるためだ。」と述べている[12]。
平成29年度現在でも土木技術職の副市長・局長級といった幹部ポストは京土会出身者で殆ど占められている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/大阪市役所#%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E5%BD%B9%E6%89%80%E3%81%AE%E5%AD%A6%E9%96%A5%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6