>>263

「恋」や「愛」の厳密な定義は不可能
たとえば哲学辞典の「愛」の項を開くと
小さい字でびっしり10ページ位ある

なので、量産型かプロトタイプかという
ここまでの思考の道筋をふまえつつ
できるだけ素朴に考えるしかない

そこで、「恋」=ドキドキ体験としよう
この仮定は異論なしに正しいだろう
では誰がドキドキするのか?

それは「人」、当たり前である
たとえば人以外の動物もドキドキする
かもしれないが、ここではスルーしよう

どういう理由で人はドキドキするのか?
それは恋の本質ではない
なぜなら人それぞれ理由が違うからだ

ドキドキ感情は他人からは見えない
内面のドキドキを表に出さないのなら
現実の恋には発展しない

これが「制服のマネキン」の主題だろう
恋する「人」の「意思」が主題になっている
当たり前の話だがここでは重要な論点

そういえば
だれかが言ってた気がする
「マネキン」は「学校版サイマジョ」だ、と

が、時系列で考えると
「サイマジョ」は「社会版マネキン」
この認識のほうが妥当だろう

(別カの)論文の分析が正しいとすると
乃木坂は「恋」曲の専門家集団だろう
「サイマジョ」は乃木坂から生まれえない?

「学校」が主な活動舞台だから?
これを抽象化すれば
「意思」と「意志」の違いにもつながろう

言い換えれば
「現実志向」か「未来志向」か
「量産型」か「プロトタイプ」か

ところで「マネキン」MVは池田監督
池田監督といえば
「サイマジョ」「セカアイ」「エキセン」等

なんともおもしろいめぐりあわせである