そう言って、玲子が二人の前に差し出したのは、ココアパウダーがふんだんに振りかけられたガトーショコラであった。

「レイコの……ガトーショコラ……」

「いきなり呼び捨てかよ」

「あ、いえ……すいません」

思わずそう口にしてしまった尾関へと、これまた思わず口にしたような鳴滝の合いの手の如きツッコミが入った。にも関わらず、尾関は鳴滝にではなく川口玲子に対して向き直っていた。

「お気になさらず。さぁ、どうぞ」

まるで小さな子供をあやすかの様に、かの川口玲子の顔には笑顔が溢れる。
これが長濱ねるや平手友梨奈が子供の頃に見ていた世界なのか……そんな思いの中で、尾関はガトーショコラを口に含んだ。

「美味しい……」

それが尾関の素直な言葉だった。おそらくは冷凍されていたのであろうが、程よく溶けたその食感と甘みとが、舌の上で解けて広がる。先に出されたちゃんぽんで火照った口内に、それはちょうどよい刺激だったのだ。

「うん。こいつは……」

甘いものが苦手な酒呑みの鳴滝でさえ、このデザートは口に合ったらしい。

「お気に召して頂けたようで何よりです」

それは穏やかな時間だった。だが、それだけに、尾関は敢えてゆっくりと味わっていた。この後に知る事になるであろう哀しい現実に心構えする為に。