それから一体どれだけ時間が過ぎたろうか。彼らはずっと飲んでいる。
「お酒に強いんだね。オレ、吃驚したよ」
男はわざとらしく驚いてみせる。女の顔は、ほの暗さのなかでも容易にそうとわかるほど赤い。
「え、そうなんですか。もうフラフラですよ。これがお酒に酔うってことなんですかね」
「そうかもね。でもそうは見えないな。まだまだいけるよ」
男の眼はいよいよ燃えている。
「そうですかね。でも、もう、ちょっとしんどくって」
俄かに女は頭を抱えて緩く揺れている。強いお酒をあんなに飲んだのだから、それも当然であろう。
「大丈夫?」
男は、パーティドレスから露わになった女の肩を抱いて、繰り返す。
「大丈夫?休憩する?すぐ向かいに横になれる場所があるけど」
「でも、家の用事があって、どうしても帰らないと」
女は寝言のように、酩酊であってもそれだけは決して避けねばならないといった様子で言う。
「俺は心配なんだよ。長い収録もあったし、俺と言えども一応先輩じゃん。食事でも気を使わせちゃっただろうし」
男は口早に続ける。
「それに、そんな高いヒールじゃ絶対転けちゃうって。怪我なんてしてほしくないしさ。少し休憩してから、それからタクシーで帰ればいいよ。俺が送っていくから」
「そうですね。でも、早く帰らないと」
男は畳み掛ける。
「危ないよ。俺は心配してるんだって。ほら、店の前の狭い道を挟んだすぐ向かいに少し休憩できる店があるからさ、そこまでなら行けるでしょ。ほら、肩に掴まってよ」
「そうですよね。こんなフラフラじゃ、危ないですよね」
女は申し訳なさげで、しかし困惑した、そして悲しさに打ち沈んだ表情を浮かべている。
「ほら、早く」
男は強引に女の腕を己が肩に回して、マスターに会釈したのち、女を外へと牽いていく。
道中、男が何か言う度に「そうですね、そうですね」と繰り返す女の小声が物悲しく、私の耳に付いて離れない。
外を見やると、向かいのホテルのけばけばしい電灯が、寒空の下、二人が曳く白い吐息を照らしていた。
とあるバーでの話である。

おわり