世界制覇目前だったキリスト教(イエズス会)の教義が、日本の一介の農民に簡単に論破され、
ローマ教皇さえ悩ます問題になったことも一因。布教に成功したのは、南蛮貿易を重視した信長や貿易利益目当ての地方戦国大名の領土内だけ。
それらも秀吉・家康の禁教令ですぐ棄教したので、失敗に終わった。