日本人は恥の文化で自責の念が強いだけではなく、「愛の民」なのぢゃ
他者に迷惑を掛けまいと死ぬのもそうぢゃが、そればかりではない

例えばこんな話しがある
「強姦被害の本当の犠牲者は、その話を聞かされた無関係の第三者の男」

強姦を受けた女は、多少は乱暴に扱われたかも知れぬが、多かれ少なかれ
その女は自分の身体の「需要価値」だけはしっかり認識できておるのぢゃ
また、強姦を行なった男は、そんな行為でしか女と交われぬ己の不甲斐なさを
多かれ少なかれ悔やんでおるのも間違いない。女に比べれば「需要価値」が低い

そしてその話を聞かされた無関係の第三者の男はと言うと
その女ほどの価値も無く、また強姦男ほどの行動力も無く、羨みもありきで
その怒りを募らせ葛藤することもあるのぢゃ。それはいよいよ無価値ぢゃからの

乳房の大きい女は、一生涯ずっとそのせいで肩凝りに悩まされるが?
その肩凝りの痛みよりも、自分の相手をする男を喜ばせる自信の表れから
乳房の小さい女に比べて、日々を満足げに笑顔で暮らしとるではないか
また、乳房の小さい女の自信のない表情も、心情が違うだけで愛ゆえの不満ぢゃ

そういう意味で日本人は「愛の民」なのぢゃ。愛ゆえに見切りをつけたい者らを
無理強いして延命させる必要はない。和智は別に貧乳死ねと言うとるのではなく
社会における己の「需要価値の乏しさ」で、後ろめたさに苦しむ者らに
最後の思いやりとしての安楽死の無料施設があった方が良かろう。と言うておる

(-人-)