イマームホサインの蜂起、その永遠性の謎
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イスラムの偉大なる預言者ムハンマドが亡くなってからわずか50年、横暴な為政者たちが、
イスラム共同体とイスラムの広大な領土を手にしていました。現在のシリアのダマスカスで、
ウマイヤ朝の為政者となったばかりのヤズィードは、シーア派3代目イマーム、ホサインに
忠誠を誓わせようとしました。しかし、預言者の孫で、初代イマーム、アリーの息子であった
イマームホサインは、祖父と父の教えを貫き、ヤズィードのような圧制者がイスラム共同体を
支配することを受け入れようとはしませんでした。こうしてイマームホサインは、少数の教友
たちと共に、数万人の兵士を擁するヤズィードの軍隊に対抗し、自らの命と引き換えに、
真のイスラムを存続させようとしたのです。

イマームホサインの蜂起、アーシュラーの出来事から1373年が経過しました。しかし、その
記憶は今もなお、イスラム教徒だけでなく、高潔な全ての人間を惹きつけてやみません。
人類の歴史の中では数々の出来事が起こりましたが、その多くは忘れ去られ、歴史の中に
葬り去られました。しかし、カルバラで起こったイマームホサインの蜂起は、それが形作られた
ときから現在まで、光り輝く太陽のように暗闇を照らし、圧制に疲れ果てた魂に、熱と
エネルギーを与えてきた、唯一の歴史的な出来事です。イスラム暦61年モハッラム月10日、
イマームホサインとその教友たちの真理を求める叫びは、当時の眠っていた魂には届かず、
世俗的なもの以外は目に入らない疲弊した魂には効果を及ぼさなかったかもしれません。
しかし、歴史のページの中に確かに記録されていきました。そして今日、歴史は、その随所で、
真理を渇望する人々の耳に、イマームホサインの叫びを届けているのです。