俺の子供の頃に近所に同世代と年上の障害のある人がいて
それぞれと仲良く遊んでいたんだが
彼らの親が遊んでくれてありがとうねと言ってくるのが不思議だった
俺は彼らと遊ぶのは別に苦じゃないしむしろ楽しいぐらいだった

でも自分が五体満足だったからこそ大人になった今はその親たちの気持ちがわかるんだよ
我が子が可愛いのは当然としてもできれば自分の子には五体満足に生まれてほしかったと思っていただろう
その障害を完璧に治す方法が欲しいと考えていただろうと

そうすれば自分の子の友達に遊んでくれてありがとうなんて声をかける必要もなかった
そもそも遺伝疾患がこの世になければ彼らも五体満足の人間として生きて行けたはずだ

だから障害は個性とかいう言葉が大嫌い
それを言ってる奴に限って障害を持っている人間そのものじゃなく
単なる偽善で目の前にある現実から目を背けた薄っぺらい言葉に感じるんだよ
当然それらの発言や行為で金を得る偽善的な人権団体も嫌い
クローンや機械化などに対して居もしない神様を持ち出してイチャモンつける倫理団体も嫌い
いったいいつになったらこういう連中や連中による偽善発言はこの世から消えるんだろうか

そのためにも優性思想は未来の人類にとって大事であり目を背けたら人類の進化も停滞するだけだ
未来の遺伝子治療で障害を持った人がゼロになることこそが大事でそのときが真の平等なんだよ