☆キャロルtheBESTを全曲解説ビートルズ的に
2003年に発売されたCDキャロルtheBEST全25曲を ビートルズをからませて全曲解説にトライしてみる レスポンス大歓迎ー では、いってみよう (1曲目) ファンキーモンキーベイビー やはり間奏に入る前のエーちゃんの雄叫びアーーーーッ !!≠セろう ハードデイズナイトのジョン、ロングトールサリーのポール 日本のオリジナルロックンロール史上、 今だこれを越える間奏前の雄叫びは、出て来ていない ハナウタまじりのエーちゃんのレロレロメロディーに ジョニーがファンキーモンキーベイビーというタイトルを焼印した時 この傑作は永遠の2分8秒を歴史に刻みつけた ウッちゃんが生み出し、ハネまわるストラトのイントロのネバりつき感と、うねり感 タイトなユウのドラムスはリンゴしている これが世に出て今年で35年ー >>2 訂正 × これが世に出て今年で35年ー ○ これが世に出て今年で45年ー (2曲目) ルイジアンナ ディーセブンスの強烈なダブルアタックからスタートする日本のロックンロールスタンダード ルイジアナという街の名前にン≠入れたら女の子の名前になるのか今だに不明だが ここでは可愛いあの娘の女の子の名前になっている よく言われるデタラメ英語のエーちゃんオリジナル歌詞を ジョニーが正確な英語詞に補正して 英語で世に出るはずのこのロックンロールが、土壇場で日本語歌詞にチェンジした 英語では売れないというのが、レコード会社の言い分だ 現在なら英語で堂々とイケたかもしれない ボウディーズとかワンオーケーロックのようにだ クラプトンを尊敬しているウッちゃんのストラトがこの歌の間奏でもヤードバーズのようにハネ回っている 間奏前のエーちゃんの雄叫びもファンキーモンキー並みにスロウダウンのジョンしている ジョニーのダウンストローク全開の怒涛感もイイ 甘い唇、ふるわせて・・・ ポルノ小説のような、この団鬼六のような 甘美な一説のエーちゃんのダブルトラックボーカルで この歌は幕を閉じる (3曲目) 二人だけ ジョニーの甘美な声がたまらない傑作バラード このCDの製作者がこの歌を3曲目にもってきたのには、意味があると思う モチーフはアンドアイラブハーとミッシェル 月は輝いて≠ニ、アンドアイラブハーの輝く星は明るく≠ヘ重なる i love you , i need you, i want you の 3単語を ミッシェルのようにうまく活用したことは、お見事としかいいようがない サビのあとのオーオーオーオー、ウーの4者そろいぶみのコーラスは ツイストアンドシャウトさえも連想させる 全編流れるウッちゃんのアコギアルペジオもほのかに切ない この歌でジョニーは星になった もちろんエーちゃんのメロディーも 加山雄三の君といつまでも&タに、甘美である 1000 名前:ホワイトアルバムさん [age] :2018/06/07(木) 15:08:02.55 ID:???0 1000なら 中卒晒しあげのバカと高卒コンプレックスで前頭葉破壊されてる基地外馬鹿面ポールヲタはこの暑さで少ない脳みそ溶けて死ぬwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 144 名前:ホワイトアルバムさん [sage] :2017/10/24(火) 09:00:08.03 ID:???0 静岡にレスしてるバカもまとめて氏ね! ほんときもちわりい 552 名前:ホワイトアルバムさん [sage] :2018/04/22(日) 17:26:37.79 ID:???0 >>551 俺5ch書き込み最近始めたばっかだもん お前みたいな廃人と違うよ 笑 (4曲目) やりきれない気持 タイトルがイイ それまでありそうでなかった胸キュンフレーズ 好きな女の子に触れることの出来ない切ない男心を やりきれない気持として、切々と訴えかける タイトルコピーライティングのうまいジョニーのセンスが光る歌詞 それでいてこのタイトルは歌詞の中に出て来ない キャロル時代の作曲家矢沢永吉の楽曲の中で この曲こそが一番リバプールサウンドというか マージービートに近いと、聴くたんびにそう思う 日本の歌謡曲でもないしフォークソングでもない、ポップソングでもない ビートルズソングとしか言いようのない不思議なテイストが、この曲にはある それは間奏における手拍子や、エーちゃんの珍しくマッカートニーチックに躍動するベースライン、 彼女のすがーたーっ≠フたーっ≠フ部分でハモるジョニーとエーちゃんの高音ハーモニー そんなところが、まんまビートルズしてるのだ 切なく甘い この英語バージョンがハードディズナイトのサントラに入っていたとしても、 まったく違和感はないと思う (5曲目) 涙のテディボーイ 教会オルガン風ピアノの荘厳なアルペジオのイントロで始まる 作詞作曲矢沢永吉の単独作品で、彼が書いた生涯最高の歌詞がこれだと思う あー、こんなにー≠ナ始まる荘厳さは、エリナーリグビーの出だしを彷彿(ほうふつ)とさせる アー、ルッケオーザロンリーピープー&翌ネのだ それを弦楽四十奏をバックにではなく、バンドでやっているところが小気味イイ 沢田研二の時のすぎゆくままに≠ナ作曲家として頭角を現わす前の 元スパイダーズの大野克夫氏が編曲を担当している そのせいか この頃すでにソロでブレイクしていたジュリーこと沢田研二が歌ってもいいような歌詞と曲調だ ところどころ聴こえるチェロかマリンバかシンセが 大野克夫氏の仕事なのだろう コーラスの部分が何回もダビングを重ねた結果か、キャロルの音としては珍しくつぶれたようにも聴こえる 冬のある日の雪の世界の男女の失恋を歌っているのだが ラストのあー、こんなにー あー、こんなにー あー、すべてがー ≠フあとに続く言葉は やはりむなしい≠フ、一語に尽きるのだろう (6曲目) グッドオールドロックンロール 6曲目に来てキャロルのオリジナルではない、英語詞のロックンロールカバー曲が来る このベストのCD製作者の意図を考えてみよう 1曲目のファンキーモンキーベイビーと、2曲目のルイジアンナでまずオーディエンスの度肝をぬく エーちゃんの破壊力の先制パンチを、我々はあびるワケだ そして3曲目のジョニーの史上最大の甘美なバラードで、我々は落とされる そして二度目のジョニーの甘美なボーカルで 4曲目のマージービート、やりきれない気持が我々に、スィート気分を増幅させる 5曲目にはふたたびエーちゃんの登場ー それこそ歌謡曲かポップスかという、泣きの涙のテディボーイをもって来て 以上5曲が、キャロル入門者には、最適の5曲ですよということなのだろう このへんで一服 6曲目にはロックンロールのカバー曲でもどうですか? ということだ ジョニーの堪能な英語歌唱にからむ エーちゃんの叫びやハモリが素敵だ 若さとは、こういうことなのだ 後半はロングトールサリーに変わるこのロックンロールカバー曲 間奏の手拍子も含め、 ビートルズのキャバーンクラブ時代を連想させる (7曲目) 憎いあの娘 石原裕次郎と浅丘ルリ子の名作映画に憎いあんちくしょう≠ニいうのがあったが タイトルはそれをもじり、憎いあの娘≠ナある タイトルだけでイケる ジョニーのセンスが光る エーちゃんとジョニーの年齢の差は3才違いで、キャロル現役時代、エーちゃんは23,24,25才であり ジョニーは20,21,22才だった これをビートルズで比べてみると、3才違いのジョンとジョージの関係が、一番近いともいえる ジョンは解散間際でやっとジョージと対等になれた気がしたと、どこかのインタビューで言っていたが それを逆にとれば、それまではジョージのことを、子供か弟にしか見ていなかったということになる ジョニーのエーちゃんに対する苦悩は、この年齢差が大きかったともいえる 憎いあの娘≠ナある この歌はキャロルの全作品群の中でも常に、飛車角の位置を占める歌だ 王はルイジアンナやファンキーモンキー、ヘイタクシーにゆずるとしても、このような飛車角があるからこそ キャロルは中々あなどれない 噂のあの娘にイカれ∞本気か浮気か?=@誘いのデイトで決めた=@くたびれもうけの恋さ=@ ジョニーはこの歌の中でエーちゃんにオレ≠ナはなく、ボク≠ニ歌わせて、 その不良性を失わせないでいることに成功している もちろんエーちゃんが作曲したこの歌のメロディーも、 いぶし銀のようなシブサで我々をグイグイと乗せる サビで執拗に歌にからみつく、ウッちゃんの小まめな運指ギターソロも捨て難い 時代はブルースリーの登場時と重なり、この歌のイントロとアウトロでエーちゃんはそれ風に チョーーッ≠ニつぶやいている ラストのハネ回るリードギターは、まるでその時リアルタイムで発売された ウィングスワイルドライフのマンボのようだ そう、時代は1973年だったのだ (8曲目) ハニーエンジェル 美メロ≠ナある キャロルのことを何も知らないでこのスレを読んでいて興味をもったそこのアナタ ユーチューブでこのハニーエンジェル≠検索して、聴いてごらん 美しすぎて鳥肌が立ち、身体がおののくだろう キャロル時代の矢沢永吉作曲群の中で 一番美しい曲がこの歌だと思う いや、矢沢永吉全生涯の作曲群の中でも、間違いなくベスト3には入る美メロ≠セ 私としてはニューグランドホテルやラハイナ、イエスマイラブよりも このハニーエンジェルのほうが美しいと、断言せざるをえない ブルーコメッツがブルーシャトーの次にこのハニーエンジェルをシングルで出していたらー テンプターズがエメラルドの伝説の次にこのハニーエンジェルをシングルで出していたらー 必ずや歌謡曲ベストテン番組の、1位を獲得していたことだろう 北欧風美メロとでも呼ぶべき作品か 不思議なことにキャロルはこの歌をシングルで出していない 2枚目のオリジナルアルバム「ファンキーモンキーベイビー」の中に埋没させている この美メロをここまで美しく歌いきるジョニーの美声も、 ある意味全盛期の小田和正にも匹敵する、孤高感を持ち合わせている この美メロをここまで美しく歌いきれるのは ジョニー大倉か岩崎宏美ぐらいだろう 暴走族とか不良の音楽とか間違った解釈でキャロルを遠ざけていた人たちにこそ このハニーエンジェルを聴いてもらいたい イントロのドレミファソラシドギターは、 ビートルズのハローグッドバイをも連想させる (9曲目) カモンベイビー 1974年7月に発売された3枚目にしてラストのオリジナルアルバム「キャロルファースト」の中の一曲である ラストアルバムにしてファースト≠ニいうタイトルはおかしいが エーちゃんとしてはその後にセカンド∞サード≠ニ続けて行く気、満々だったに違いない この歌はミディアムテンポのブギロックである 「キャロルファースト」というラストオリジナルアルバムには エーちゃんとジョニーの共作曲はいっさいなく 各自が自分で作詞作曲した作品だけが収められている エーちゃん5曲、ジョニー3曲、ウッちゃん2曲、岡崎ユウもリンゴスター並に作詞作曲して 1曲提供して歌っている よってラストアルバムにしては華がなく、地味なアルバムとなりはてている バンド内の強権力関係でなく民主主義を最優先すると、 共産主義のように 地味でつまらなくなるという見本のようなアルバムである カモンベイビーである どうでもいいようなタイトルである このサウンドは、1974年当時のジョンレノン&エレファンツメモリーのブギロックのサウンドだ そこにエーちゃんが自作の稚拙な歌詞を乗せて 気分よく歌っている エーちゃんの若かりし日の声の魅力を、じっくり研究分析するには 最適な歌かもしれない いわゆるロックボイスといわれるエーちゃんの声質に似た声は それまでの日本の歌謡芸能界には、全くなかったといっていい ちょっと艶がかっていてデビットボウイチックだと思うのは、私だけだろうか? とんがっていて、光ってんだよな 面白いです 長年のキャロルファンとして敬意を表します あえて言わせて頂けるならこのベスト盤はエーちゃんがOKを出した エーちゃん作曲作品+GOR&Rのみで占められてしまっているのとせめて ヘイママR&Rと泣いてるあの娘は入るべきであるのとリマスター効果が殆ど 感じられなかったのが個人的には残念でした あれから15年経ってもキャロルアイテムは何も発売されません そろそろ封印を解くというエーちゃんの気まぐれは起きないでしょうかね (10曲目) ヘイタクシー 初レスポンスありがとうございます ヘイママロックンロールと泣いてるあの娘はイイですね 2003年の1月にこのベストCDが発売され 同じその年の10ヶ月後の2003年の11月に ジョニー大倉氏による「キャロル・夜明け前」という本が発売されました この本によって我々は 初めてジョニー側の目線からのキャロルの実像を知ることになりました それまではエーちゃんの「成りあがり」のみだったので エーちゃんが最後までリーゼントヘアに拒絶反応をしていたなどという史実に 我々は驚愕(きょうがく)したものです 3才年下のジョニーから見たエーちゃんは クチうるさい兄貴でもあり、反抗したくなる親父のような存在でもあったのでしょう 「成りあがり」と「キャロル・夜明け前」及びその第二章を読んだからといって 我々がキャロルの10パーセントも理解できるはずはありません いつか出るウッちゃんの回想録 「キャロルだった頃の俺」とかいう本の出現を、 ゆっくり待ちましょうw ヘイタクシーである ジョニーボーカルの純粋なる3コードオリジナルロックンロールである ボヨーンというベース音の引き伸ばし音のイントロから始まる これをギターで試みると、ビートルズのアイフィールファインのイントロになる ダイヤモンドリングというキーワードは、キャントバイミーラブを連想させる 間奏の手拍子が、楽しくアイソーハースタンディングゼアーしている ルイジアンナがゴジラだとすると ファンキーモンキーベイビーはキングギドラとなり このヘイタクシーは、ちょうどモスラということになる キングギドラが出てくる前は ゴジラとモスラだけで、けっこうブイブイ飛ばしてこれたのだ この歌の間奏前で 我々はジョニーの雄叫びを聞くことが出来る エーちゃんと比較すると、 やや、やけのやんぱちのような雄叫びに聞こえる そこがジョニーらしくてイイ ヘイタクシーはジョニーの作詞センスが素晴らしすぎる プリーズミスターポストマンならぬヘイタクシー それまでのGSヒット曲の職業作詞家には到達しえなかった 日本語英語チャンポンの上にカッコイイという絶妙の味付け 作りたてのタキシード胸につけてる赤いバラ この歌詞を革ジャンスタイルで歌うぜジョニー ビートルズとの絡みで語るとキャロルはビートルズがカヴァーした クラシックスは取り入れたけどレノンマッカートニー作品はプレイ しなかったところにも逆にセンスを感じます ヘイタクシーは後年テンイヤーズアゴーにおいてエーちゃんが ヒューイルイスのようなアレンジでセルフカバーしたのだが・・ 腕利きの海外ミュージシャンを従えシャウトしたのだが・・ 皮肉にもキャロルサウンドの凄さを証明しただけになってしまった 面白いッス! ウッちゃんのGEMINI1と2再発されたんで買っちゃった リーゼントがカッコよく ビシッとキマってるときもあれば、 単に長髪をオールバックにしてるだけ みたいなときもあるな。 (11曲目) 愛の叫び いいタイトルだ シンプルな単語ふたつだけで、それまでありそうでなかった普遍的なもの なんら奇もてらっていない 20才から23才までのジョニーは、タイトルメーカーとして神がかっていた それ以後全然ダメになったのは、何故なんだ? 愛の叫び この歌は全編3人のエーちゃんが歌っているように聴こえる トリプルトラックボーカルというやつだ ところどころ低いところを高く歌うエーちゃんもいれば 同じメロディーをユニゾンで歌うエーちゃんも存在する 後年チャイナタウン≠ナ見せた技巧を すでにこの時点で活用していたわけだ サビのウーのコーラスもなかなかイイ この歌のメロディーはビートルズがデッカレコードのオーディションで演奏した 「トゥ・ノー・ハー・イズ・トゥ・ラブハー」に似ている サビの盛りあがりようも、なんとなく似ている 歌のメロディーというものは、偶然似てしまうこともあるという好例だ 聴きくらべてみればいい ビートルズのほうはジョンレノンがリードボーカルを担当して、切々と歌っている 愛の叫びの白眉(はくび)は やはりタメのきいたウッちゃんのリードギターだろう エンディングまでの泣かせるリードギターを聴いていると なぜか私はビートルズのドントレットミーダウンのジョージのリードギターを 連想してしまう リードワークがドントレットミーダウンっぽいのだ ジョンのヒーッなんていう裏声か聴こえてきそうだ もちろん場所はアップルビルの屋上だ その最後の泣かせるウッちゃんのリードギターのバックに さらにサビのウーというコーラスだけを抜き出して加味すれば この歌はより極上のエッセンスを ものにしただろうにー 惜しい (12曲目) 夏の終り 断言しよう 数少ない矢沢永吉作詞の全生涯の作品の中で 唯一、石碑にでも刻みこんで 後世に残したい一説の詩が、次のこれだ ああ、もう恋などしない 誰にもつげず・・・ この一説を主軸としてこの歌は 中学の音楽の教科書に載っていたとしても違和感はない 実際ビートルズのイエスタデイは中学の教科書に載っていることだし とすると この歌は矢沢永吉のイエスタデイということになる シンプルで短く、ロックバンドの歌としては、うるさくないところも同じだ 静謐(せいひつ)の悲しみがある 現在の若者がよく 「矢沢永吉って人の代表曲って何なの?」と質問を投げかけるが その時聴かせるのは キャロルバージョンのこの夏の終り≠ナいいと思う その若者も納得するはずだ ああ、いい歌だなとー 時間よ止まれを聴かせても、サムバディズナイトを聴かせても アリよさらばを聴かせても その若者は納得しないはずだ このキャロルバージョンの夏の終り≠セからこそ、納得するのだ このキャロルバージョンの夏の終り≠フエーちゃんの声は 艶があり、色っぽい この色っぽさは当時のジュリーこと、沢田研二の色っぽさとは対極をなすものだ この二人以外に男の色っぽい声ということで すぐに頭に浮かぶ日本の男性歌手がいただろうか? 1970年代中頃のことでだ サウンド面から見れば さみしくきこえる≠フところのさみしく≠フところで ユーミンのルージュの伝言≠フイントロのようなピアノの連弾が いい味を出している もちろん全編をつらぬくボンゴのようなパーカッションが 切なさを倍増することに成功している エーちゃんのイエスタデイ それが夏の終り≠セ (13曲目) ミスターギブソン 【音楽】米ギブソン破綻、ギターの時代は終わったのか ギブソン社が破産手続き民事再生法をアメリカの裁判所に申請したらしい これが2018年6月の現実だ ミスターギブソン アンオールドマンユアー ミスターギブソンはオールドマン(老人)なのだ それなのに 赤いスカートなびかせた女の子と朝まで頑張り ブギに合わせてシェイクアンドシェイクし 街で彼はジャンプアンドシャウトするのだ 破産するのも、しったこっちゃない カッケー老人ではないか そろそろオールドマンに片足突っこんでいる我々も このような老人になりたいものだ ゴリゴリバキバキにイコライジングされたエーちゃんのベース音とともに 全編炸裂しているいきなりのジョニーのアーッ!≠ニいう囁きが この歌のオープニングを飾る 我々の脳髄(のうずい)はもうここでトロトロにされる このアーッ!≠ヘ、囁きと呼ぶのか、ため息と呼ぶのか 正確な名前はなんなのだ? 吐息か? 青江三奈の「伊勢崎町ブルース」は、あえぎ声だったか? とすれば、ジョニーのあえぎ声が、この歌のキモだ エーちゃんのバキバキベースがドライビングしている ラバーソウルの「嘘つき女」でポールがベースにファズをかけていたが ここでのエーちゃんのゴリゴリベース音も、それに負けず劣らずだ ジョニーの歌詞は最高にロックしている エーちゃんのロックボイスも これを歌うがために生まれて来たかのごとくにロックしている しかし 昔からこの歌を聴くたんびに思うんだけど エーちゃんのアンオールドマンユアー≠フ発音が 絶対俺にも≠ノ聞こえるんだよな だから、冒頭の歌詞はずーっとこう信じてた ミスターギブソン 俺にも 縞のシャツとブルースウェードシューズ カッケー出だしだなと 信じてましたよ (14曲目) 0時5分の最終列車 イントロなし、いきなりのアカペラで始まる ヒーウィーアーッ、アットステーーション! ヒーで始まるアカペラスタートは ビートルズのひとりぼっちのあいつ(ノーホエアマン)を連想させる 0時5分の最終列車とくれば 誰だって、ビートルズの9時9分の次のやつ=iワンアフター909)を連想するし ワンアフター909といえばアルバム『レットイットビー』だし 『レットイットビー』といえば、ゲットバックである よって この歌の岡崎ユウのたたくドラムリズムパターンは、 ゲットバックのリンゴスターのリズムパターンに、酷似している これを業界用語では トレインソングリズムパターンとでもいうのか イントロのアカペラがひとりぼっちのあいつなら 間奏のシューラッララッ≠フコーラスも ひとりぼっちのあいつのウーラッララッ≠フコーラスを、もじっている ヒーウィーアーッ、アットステーーション! のアカペラコーラスの奥の奥で ジョニーのハイトーンコーラスボイスが高く遠く聴こえる 目を閉じて聴いていると そこが泣けるな ところで1973年に駆け落ちしたこの歌の二人のカップルは 1975年頃には初めての赤ん坊が生まれているはずで その子も2018年の今は43才になるはずだ 子供もいることだろう ということは 0時5分の最終列車で駆け落ちしたこのカップルは現在 おじいちゃん、おばあちゃんとなり 孫にかこまれて 幸せに暮らしているはずである 離婚している? まあ、それもありうるな なにしろ日本はバブル崩壊後 失われた30年間なんてのを 我々すべて全員が くぐり抜けて来ているのだからな 何処へ行こうか? 最終列車ー (15曲目) 彼女は彼のもの 「彼女は彼のもの」 「ハニーエンジェル」 「番格ロックのテーマ」 ↑ 以上3曲のジョニーの出だしの美声は、まさに神がかっているといっていい 美麗すぎる よもやエーちゃん18才、夜汽車にゆられ東京目指している最中 いつかメジャーデビューする時の自分のバンドの相方が、 自分よりも美声の持ち主だとは 夢にも思っていなかったにちがいない その美声の持ち主は 少々性格に難があるにしても 素晴らしい作詞をし、 素晴らしいサイドギターまでも弾くのだ 願ったり、かなったりだ オレの美メロ≠ここまで美しく歌いあげられるのは この世でジョニーだけだと ある日エーちゃんはジョニーに言ったことがあるそうだ そして この歌はオレが歌う この歌はジョニーが歌え≠ニ、 エーちゃんが振り分けていたらしい 少々性格に難のあったジョニーのパラドックスは エーちゃんの美メロ≠フ上でしか その美声を歴史に残せなかったということだ エーちゃんの美メロ≠ェなければ ジョニーの美声も 世に残らなかったということだ エーちゃんの美メロ≠ェあってこその ジョニーの美声ということになる 少々哲学問答みたいになってきたが そこがジョニーのパラドックスなのだ 彼女は彼のもの、である 名曲が2分26秒に永遠に真空パックされている 1950年代にプレスリーか誰かが 「彼女はボクのもの」という歌をヒットさせている ジョニーはこのタイトルをもじり 素晴らしい歌詞をエーちゃんの美メロ≠フ上に作りあげ 天上に舞う天使のような歌声で 涙が止まらない 彼女は彼のもの≠ニ 朗々と歌いあげている これぞ 傑作中の傑作ー 確かにあれだけ我の強いエーちゃんがビートルズに憧れていたとは言え ジョニーにあそこまでボーカルを振り分けたのはジョニーの歌を認めていた 事に他ならないだろうね 実際ファーストアルバムでエーちゃんの純然たるリードボーカル曲は12曲中 2曲しかないって意外中の意外に思うよね (16曲目) CAROL (子供達に夢を) 日曜サスペンス劇場のようなイントロから始まる 涙のテディボーイ≠ニ同じく編曲に大野克夫氏が参加している 1974年の4月に劇場公開されたATG映画『キャロル』のテーマ曲として エーちゃんが作詞作曲歌を担当し、 その年の7月に発売されたLP「キャロルファースト」の1曲目と13曲目に 位置している これはオープニングとリプライズという、よくポールマッカートニーが使う手である エーちゃんはここで私≠ニいう言葉を使い、作詞している エーちゃん全生涯で唯一私≠ニいう言葉を使用した 楽曲ではないだろうか しかし、「キャロルファースト」のLPジャケットで 路上にじかにアグラをかいて坐り リーゼントをビシッと決め、サングラスをかけてふんぞり返ってる人から いきなり私≠ネどという単語をあびせられても 信憑性(しんぴょうせい)に欠けるのは、いかんともしがたいと思うw 昔から思っていることだが 「キャロルファースト」のLPジャケットの写真は、あんまりである もっと素敵な写真はなかったのか? ウッちゃんのクチはひょっとこしてるし、ユウは光でぼやけてこちらもグラサンを決めている ジョニーは片足あげて、その足をモンキーバイクの後座席にのっけているが 顔は太宰治である 全員スリムな皮ジャン姿で この写真こそが、当時の日本全国の暴走族というバイク乗り達の ユニフォーム姿の指針となったのだ 元をたどれば1970年代の日本の暴走族のユニフォーム姿の根源は キャバーンクラブ時代のビートルズの皮ジャン姿ということになる ビートルズはこんなところにも悪影響を与えていたのであるw 赤尾敏(びん)がビートルズ来日を反対していたのは正解だったかもしれない このCAROL 子供達に夢を≠ニいうバラードを聴いていると ちょっと偏差値の高い方は、同趣旨ほぼ同内容の オフコースの「生まれくる子度たちのために」を思い出すかもしれない エーちゃんと小田和正、 2018年の現在もツアーを続けているのは、奇跡に近いと思う >>27 ×オフコースの「生まれくる子度たちのために」 ○オフコースの「生まれくる子供たちのために」 おそらくだが解散後にエーちゃんが一度も歌ってないであろうキャロルナンバー (矢沢作曲で矢沢ボーカル仕切り)として 「いとしのダーリン」「恋する涙」「ふられた男」「甘い日々」「ラストチャンス」「緊急電話」 そして「CAROL(子供たちに夢を)」がある 今後もこの7曲のうちで最も聴ける可能性が低いのもこの曲だろう 何を思ってこの詩をエーちゃんが書いたのかただただ不明であり本人もあまりにも稚拙 な‘私‘を含むこの詩が恥ずかしいと思っているだろうことは間違いない しかし実は更にこの上を行くのが「ふられた男」である ‘お前があの時私の前から ただ一言がけさようならと‘ ここでも私は登場する お前と私で私がふられた男ってなんかおかしくないか おまけにあんな格好で この詩をエーちゃんちょっとおかしくない?って指摘出来る人が周りにいなくなって いたのが当時のキャロルだったのだろう >>29 ×ただ一言がけ 〇ただ一言だけ すんません エーちゃんにはドームでハニーエンジェル歌ってほしいっす スレ主さん 引き続き楽しみにしてます (17曲目) レディ・セブンティーン なるほど ふられた男≠ナもエーちゃんは、私≠ニいう言葉で作詞していたのですね 失念していました 教えてくれてありがとう そして このベストCDの17曲目は、レディ・セブンティーンである 17曲目にセブンティーン 狙っていたはずである このCDの曲順を考えた製作者は、 17曲目にセブンティーンを、持って来よう!とー そのレディ・セブンティーンである 「はじけるティーンズポップス!」なんてコピーが一番似合いそうなキャロルナンバーである 出だしがワントラック、2節目でダブルトラック、サビでトリプルトラックボーカルに変わる ジョニーの甘い美声が、キャンディーのような甘いボップ感を フランスギャルの私はシャンソン人形≠フように、かもし出している ペパーミントソーダにポニーテール くるりと回れば、ふくらむフレアースカートなんて感じが 目の前ではじけ飛んでいるようだ この詞とメロディーの輝きは、2018年の現在でも充分に通じると思う それこそ乃木坂46やAKB48が全員ポニーテール、フレアスカートで この歌を、歌い踊るシーンを、目に浮かべてみてほしい 1973年は、ぴんからトリオの女のみち≠ソあきなおみの喝采≠ゥぐや姫の神田川%凾ェ 大ヒットした年である このレディ・セブンティーンの輝くポップ感は、それらに比べ、まったく異質だ 「オールマイラブ あげたい 恐いけど いつも感じるの 見つめられてると」 ここのティーンズポルノ感 ジョニーの天才性が現れている ちなみに、「あなたに女の子のイチバン大切なものをあげるわ」の山口百恵のひと夏の経験≠ニ 西川峰子のあなたにあげる≠ヘ、翌年1974年の作品である ジョニーが書いた「あげたい 恐いけど」は、1973年、それらより先だったのだ ジョニーは、エライ! とても面白い解釈ですね ガールズグループが歌い踊ってる姿がめちゃくちゃしっくりきます あとはやはりこの頃のウッちゃんのギターリフは天才的 キャロルナンバーを名曲たらしめている中には間違いなくこの ウッちゃんのセンスは不可欠と断言します リフ印税があってもいいんじゃないかと思うくらいです (18曲目) ズッコケ娘 キャロルの活動年表をじっくり見ていて、驚いたことがある 実質キャロルがプロのロックバンドとして満足的に活動していた時期は 1973年と1974年の2年間だ 1972年の6月に結成され、その年の10月にリブヤング出演、12月にデビュー 1975年は主に解散巡業ツアーで その年の4月に解散してしまう 1973年と1974年の2年間こそが、丸々プロのキャロルの活動時期だったのだ 驚くなかれ レノンマッカートニーもとい大倉洋一&矢沢永吉の作詞作曲コンビが 満足的に活動できていたのは、 1973年の1 1973年の1年間だけだったのだ 1973年の1年間だけで、あれだけの数々のゴールデンヒッツを 世に送り出したのだ なぜなら 大倉洋一&矢沢永吉の作詞作曲コンビが 1974年に世に送り出した楽曲は 2月の「番各ロックのテーマ」、12月の「ラストチャンス」、「変わりえぬ愛」の 3曲だけだからだ このコンビの1974年の作品は、3曲だけー 実質「番各ロックのテーマ」ですら1973年暮れに公開された映画の主題歌なのだから 1974年の作品は、2曲だけということになる 他のすべての大倉洋一&矢沢永吉作詞作曲コンビの楽曲は ルイジアンナと最後の恋人をのぞき 1973年、1年間だけのものとなる そんな1974年の7月に発売された「キャロルファースト」というアルバムの中で エーちゃんが自身で作詞作曲 ファンキーにブギしている あまり深い意味のない作品が この「ズッコケ娘」である ズッコケという言葉から、なぜか、せんだみつおを思い浮かべてしまう 『噂のチャンネル』という番組があり デストロイヤーとゴッドねえちゃん、そしてせんだみつおがそこに出ていて よくズッコケていたような記憶がある そのような時代の、軽快なブギウギロックである ズッコケという言葉自体 もはや死語の死語かw サックスかテナーサックスか、いい味を出している 出だしのエーちゃんのウェーール!は ジョンレノンのビーバップアルーラの出だしの ウェーール!に、よく似ている >>34 × 番各ロックのテーマ ○ 番格ロックのテーマ (19曲目) 番格ロックのテーマ 傑作 もはやこの歌の旋律やサウンド全体の構造は ブリテッシュロック(英国ロック)の霧深いロンドンの奥の悲しみの域にまで、 達している 数ある日本のロックバンドで ここまでキンクスのレイデイビス的悲しみ(分かる人は分かるはず)にまで肉迫している楽曲を 私は他に知らない この歌、絶対にタイトルで損をしている 普通の会社に働く、普通のOLのお姐さんが失恋なんかした時にこそ この歌を聴いてほしいのに このタイトルでは、彼女たちにまで届かないし、現に届いていない タイトルを 『ロンリーガール 〜 奇跡は起こる』 にでも改変して 2018年の現在でも 月曜9時のドラマの主題歌にでもしてみれば 大ヒットするだろう もったいない もしそんなオファーがあったとしても、キャロルの全権利をもっているエーちゃんが 許可しないだろう ジョニーの美声と作詞能力の株が、上がるだけだからね もうジョニーも亡くなっているし、ひょっとしたらエーちゃんも、OKするかもしれない どこかのテレビ局のディレクターでキャロルファンのアナタ トライしてみては、いかが? 厳かに始まるクラビネットの音階の旋律は どことなくストロベリーフィールズフォーエバーをも連想させる サビのプラス隊のところは キャロル全楽曲中の中で唯一マジカルミステリーツアーを連想させる 間奏のサウンド全体が、悲しくて美麗に美しい 絶品のジョニーのボーカルは、もはや私が称えなくとも聴けば分かる ラストの生きる私さ≠、20代前半の若者が朗々と歌いあげる 「キャロル夜明け前・第2章」というジョニーが書いた本にも ジョニー自身が この歌こそ、キャロリズムの最高峰だと、断言している 番格ロック≠ニいう スケバン映画のタイトル曲として 永遠に寝かせてしまうには、惜しすぎるー 大変おもしろく勉強になります!スレ主さんありがとう (20曲目) 恋の救急車 1973年1月25日に発売された2枚目のシングルレコード ヘイタクシー≠フB面として、この世に発表された歌である 一説によればこの歌のメロディーは エーちゃんが 当時のプロデューサー、ミッキーカーチスさんへ 感謝の気持ちをこめて 書きあげたメロデイーだということだ オレ達をメジャーデビューさせてくれて、ありがとうカーチスさん ということだろう そういう感謝の思いを歌詞にも出してくれと エーちゃんはジョニーに注文したはずだ OK ジョニーは書きあげた ベイビーアイラブユー この気持ち ベイビーアイニードユー 抱きしめて プリーズ どんなにボクが 愛してるか分かる? 恋の炎に荒れ狂う ここまでが ジョニーが書きあげた ミッキーカーチスさんへの感謝の気持ちだ しかし、この歌に真の深みを与えているのは デビュー前に手首を切って自殺まで試みたこともあるジョニーの 無意識の深層心理が書かしたとしか思えない 次の展開だ 足はもつれ アイムシッティンソーヘビィー (なんかしんどいよ) ボクの生命 ナウアイニージョーヘルプ (誰か、助けてよ) さらにこの歌はこう続く もはやミッキーカーチスさんへの感謝どころではない 息も出来ないで ここで倒れそう プリーズ その手を さしのべてー そこで救急車が必要になるということだろう エーちゃんがもしこの歌の歌詞まで書いていたとしたら 天真爛漫(てんしんらんまん)ハッピーに すべてが感謝をこめた歌詞になっていたことだろう この歌に深みを与えて 一筋縄ではいかなくしてるのが、ジョニーのキモなのだ 陰のジョニーと、陽のエーちゃんが噛み合ってこそ この歌のごとくに 陰陽師キャロルの面目が躍如(やくじょ)、 魅力が百万倍 倍増してくるのだ ちなみにこの歌の出だしのコーラス 「アーーーーーッ!」は まんまビートルズの家に帰れば<Eェンアイゲットホームの出だしと 同じである ウッちゃんの貢献度の大きさには感服いたす しかしユウにも少しぐらい褒め所は無いのか? (21曲目) コーヒーショップの女の娘 日本語のオリジナルによる上質なリズムアンドブルースソング この歌はビートルズというより ローリングストーンズのほうにより近い 「ハートオブストーン」や「タイムイズオンマイサイド」の、あの世界だ グループサウンズ時期の ショーケンのテンプターズや、 鈴木ヒロミツのモップスだったら シングルレコードのA面として 軽く歌謡ベストテンなんかの世界で、 この歌をヒットさせていたにちがいない それをキャロルは シングルレコード「ファンキーモンキーベイビー」のB面として 1973年の6月25日に 発表している ジョニーの甘いボーカルにからみつくウッちゃんのエレキギターの旋律が 多彩な色どりの音像と切なさで コーヒーショップでただ待ち続けるだけの少女の気持ちを 代弁している 日曜の午後と月曜の朝、火曜の午後と 街の角=@恋日和(びより)=@くもり空 ボクも待っている 詩人だね 間奏のリードギターの後半は、 まんまタイムイズオンマイサイドしているようにも聴こえる ジョニーはこの歌、キーが低すぎて歌いずらかったらしく 1オクターブ上げさせてくれとエーちゃんに頼んだそうだが 音をあげると、曲のムードが変わってしまうといわれ 却下されたらしい 珍しくジョニーのエレキギターによるアルペジオも聴くことが出来る 1970年代にはドトールコーヒーとかスターバックスコーヒーとかは この世に影も形もなくて 個人経営のコーヒーシヨップが いたるところの商店街に あったものです そこではコーヒーを注文する時、 ブレンド≠ネどという言葉は絶対に使わず ホットひとつね≠ネどと 注文してました だからこの歌のコーヒーショップの女の娘が飲んでいるのは ホット≠フはずです 間違いありません 芸風がかつてニールヤングの曲解説してた人を思い出させてくれて楽しい ベストだけじゃ勿体無いんで各ソロワークとかも可能な範囲でお願いしたい候 (22曲目) ラストチャンス 1974年の12月20日に発売された キャロルのラストシングルレコードのA面の曲である 1974年に ジョニーとエーちゃんが作詞作曲、共作した歌は この歌と「変わりえぬ愛」「緊急電話」の 3曲だけである ジョニーが書いたキャロル夜明け前・第2章≠ニいう本によれば ラストチャンスを含むこの3曲とも 歌詞の内容は ジョニーからエーちゃんにあてた、ラブレターのようなものだったという エーちゃんは はたしてそれに気づいてくれたのか? 気づいていながら、知らんふりをしていただけなのか? などと、その本でジョニーはのたもうているが そもそも エーちゃん、オレもうキャロルやめるわ≠ニ 最初にちゃぶ台をひっくり返したのは ジョニーのほうなのである ちゃぶ台をひっくり返しておいて オレのラブレターに気づいてくれというのもおかしいが エーちゃんはその時、名セリフをはいた 「ジョニー、せめてもう1年ガンバッてやってみないか? もう1年やったら、おたがいに蔵(くら)が建つと思うぜ」 ジョニーはその申し出を 無碍(むげ)に一蹴(いっしゅう)する 「やだね、オレはもうやめるんだよ」 思えばこの時が ジョニーのラストチャンスだったかもしれない はたしてあと1年エーちゃんの言うとおりに続けていれば どんな蔵(くら)が建ったのか? ジョニー大倉(くら)か? そのラストチャンスである ベイビー、これが最後のチャンスーー、チャッチャーーン♪ このチャッチャーーン♪のところが ビートルズのタックスマンしている 間奏の手拍子が、とってつけたような印象で とても安っぽく聴こえる 手拍子ナシのラストライブ!のバージョンのほうがカッコイイと思う あとこのスタジオシングルテイクのほうは エーちゃんのボーカルも含め なんとなく全体的にチープに聴こえる もうこれで最後のレコードなんだから こんなもんでまあいいか%Iな 手抜き感、安っぽさがあるのだ 本当にジョニーにとっては これが ラストチャンスだったのだ せめてあと1年、やってみればよかったのに 覆水(ふくすい)盆に返らずー ラストチャンスは新日本プロレス若手時代の前田明が試合前の控室 でウォークマンで聴いて気合を入れていたそうだ スレ主さんの仰る通り確かにスタジオバージョンは軽くてチープな感じ ありますね 当時のバンド内の人間関係がこういうところにも出るのかと思うが 逆にこのチープさが凄く愛しかったりもする (23曲目) ホープ ホープはリボルバーである 間奏のリードギターの不吉な旋律の下降感が 私にそう実感させる 何か実験的なギターの音色が、テープの逆回転音のように聴こえるのだ ホープは 1973年2月25日に発売された 3枚目のシングルレコードやりきれない気持のB面として この世に発表された このシングル A面がラバーソウルでB面がリボルバーという感じか 初期のキャロルのボーカル録音は すべてビートルズを真似てダブルトラック録音をしていたが ホープのジョニーのボーカルは シングルトラックである プロデューサーのミッキーカーチスが ジョニーのハイトーンボイスの美声のボーカルを 今度はシングルトラックで際立たせてみようと そう指示したらしい ダブルトラックではごまかせていた細部の部分部分の弱さも シングルトラックでは隠すことが出来ない それが逆にジョニーへのプレッシャーとなって この歌のボーカル録音は20トラックまで行なわれ そこでジョニーはもう無理だ≠ニ泣きくずれてしまったらしい エーちゃん登場 「この歌を歌いこなせるのはジョニーだけなんだから もうひとふんばり、ガンバッてくれよ」 そうして録音されたジョニーのシングルトラックのボーカルが 今、我々が聴くことの出来ているホープである アーイム、ロンリーボーイ♪ 恋しくてーっ この出だしの下降感から真逆に ひとりでいるのはつらーいーっ♪の サビの登頂感が、イカせてくれる ビートルズのメロディーを意識したエーちゃんの曲作りが際立つ ホープ(希望)という単語は この歌のどこにも登場してこない タイトルは「ロンリーボーイ」でも良かったかもしれない 番格ロックのテーマ≠「ロンリーガール」と改題すれば 「ロンリーボーイ」と「ロンリーガール」という2曲として、 これはまた違った意味で 一対(いっつい)のキャロルの代表曲として 歴史に残ったかもしれない いいエピソードですね そんなに苦しいんだったらこれ俺が歌おうか?とは言わない 当時のエーちゃん ジョニーの歌を認めてたんだね ホープにはスリルとソリッド感がある これも後年エーちゃんがアルバムオープニングナンバーとして セルフカヴァーしたけどやはりキャロルの魔法はかからなかったようだ (24曲目) 甘い日々 エーちゃん作詞作曲の、甘美なメロウソフトなバラードである 後半はロックンロールに変貌するがー この歌を理解するには 1974年という時代近辺の 以下の4つのキーワードを 理解する必要がある @マイケルフランクス Aデビットボウイとジギースターダスト B同棲時代 Cウルフマンジャック ↑ 以上4つの謎が解けるまで、そう時間はかからなかった この歌の前半のバラード部分で エーちゃんは マイケルフランクスになりきっている 丁度1974年頃にフュージョンとかAORとかいう 大人のポップスが出て来て マイケルフランクスの「アートオブティー」というアルバムが 全米で大ヒットした この歌のイントロのギターの音色は まんまマイケルフランクスのバックで弾いていた その時のラリーカールトンのギターの音色である 「いつもの二人の場所、オーライトッ!」のロックンロールの個所は まんま デビットボウイとミックロンソンコンビの ロックンロールといっていい いつも、私を見て・・・、 お願い ≠フセリフの部分は 当時 大信田礼子の「同棲時代」という歌謡曲が大ヒットしていて その中にセリフの部分がかなりあり セリフ入り歌謡曲というのが 流行していたのだ 最後のエーちゃんの語り ヘイベイビー、ユアワンダフルガール≠フ部分は 当時 全米で人気を誇っていた ラジオのDJウルフマンジャックを エーちゃんが真似て、パロッているのだ 1974年に流行していたこの4つのアイテムを この歌にひとつにコンバクトにまとめた才能は この歌がいい歌かどうかをさしおいても、 目を見張るものがある エーちゃん個人は 常に流行の最先端に アンテナをはっていたのだ ただのロックンロール馬鹿ではない ビートルズ的に この歌を見てみれば エーちゃんはひとりで アビーロードのB面メドレーのようなものを やりたかったのかもしれない ゴールデンスランバーから キャリーザットウェイトに行く 流れのような歌をー (25曲目) 緊急電話 解散間際の1975年4月5日に発売された 「グッバイキャロル」という 公式海賊盤のようなアルバムに 唯一新曲として収録された ラストソングである イントロと全体をつらぬくカントリーチックなギターが ビートルズのLPラバーソウルのラストソング 浮気娘ランフォアユーライフのイントロに似ている セクシーベイビーという言葉が歌われているが セクシーという言葉が日本で歌に使われたのは この歌が最初のほうではなかったかと、記憶する 浅野ゆう子のセクシーバスストップより前だし セクシーという言葉が日本の歌でポピュラー化したのは 1977年のピンクレディーの渚のシンドバッドあたりぐらいだからだ 本当に解散間際の最後の録音で 最後にシークレットトラックをこの歌に吹き込むというエーちゃんに ジョニーが立ち会ったそうだ 逆回転すれば正確に聞こえるヒワイな言葉を 突然陽気に吹きこんだエーちゃんに対して ジョニーはア然としたそうだ エーちゃんはもうふっ切れていたのだろう たぶんもう アイラブユーOKもセクシーキャットも雨のハイウェイも 日本語の歌詞の完璧版がこの頃には出来ていて オレはもうソロとしても充分やっていける ソロとしても成功出来るはずだ キャロルのラストソングなんて 陽気に茶化して、終わりにしちまえー ぐらいの気持ちと ちゃぶ台をひっくり返したジョニーに対する あてつけでもあったのだろう この歌は バイバイバイバイという 陽気な別れの言葉で フェイドアウトしてゆく ↑ 以上でこのスレの趣旨である 2003年発売の キャロルtheBEST全曲25曲の解説は終了するが キャロルの公式スタジオ録音曲は すべてで43曲である ここまでくれば もう残り18曲もやってしまおうということで 以下 (26曲目)からは 時間軸発売順に キャロル公式スタジオ録音全曲解説 ということに、したいと思う もうしばらく お付き合い願いたい スレ主さんおつかれさまでした そして継続に感謝です 「甘い日々」の分析は考えてみた事もなかった切れ味鋭い解釈 私見ではエーちゃんはそもそもリスナーとして色んな音楽を聴いていない であろうのにあんな曲を作れるのが凄いという前提があったので セリフの女性の声は元モデルで物書きもしていた浅野なんとかさんって昔聞いた ような気がするけど自分にはオカマっぽい声だから男が言ってんのかなって 思ってた少年時代 そして大好きな「緊急電話」 確かにイントロはそうですね これもウッちゃんのセンスが冴えます この曲が「セクシー」の発祥ならやっぱりジョニー半端ないし そもそもなにゆえ緊急電話なのかよく分からないところも逆に凄い 恋の夢が終わったから緊急に電話をかけてバイバイと告げたって事なのか エーちゃんの逆回転セリフもレコードプレーヤーを駆使して友人と盛り上がったものだし エーちゃんがこのセリフについてコメントしたのは見聞きした覚えはないけどスレ主さん の分析通りのように思えます そしてこの曲の長年の疑問はフェイドアウト前の「ババババババァーイ」の声は誰の ものなのでしょう メンバーの誰にも当てはまらない気がして (26曲目) 最後の恋人 1972年12月20日に発売されたキャロルのデビューシングル 『ルイジアンナ』のB面ソングであり ジョニーがエーちゃんの曲に日本語歌詞をのせた第一号作品が、 この歌である ルイジアンナは第二号作品ということになる 12月『ルイジアンナ/最後の恋人』 1月 『ヘイタクシー/恋の救急車』 2月 『やりきれない気持/ホープ』 3月 『レディセブンティーン/愛の叫び』 4月 『彼女は彼のもの/憎いあの娘』 5月 『0時5分の最終列車/二人だけ』 6月 『ファンキーモンキーベイビー/コーヒーショップの女の娘』 以上のごとく 1972年の12月から1973年の6月にかけて キャロルは7枚のシングルレコードを、 7ヶ月連続で発売し続けたのである この記録はたぶん 日本のレコード業界の歴史上 初めてのことであり、 今だに破られていない記録だろう その記念すべき デビューシングル『ルイジアンナ/最後の恋人』の AB面両方のリードボーカルはエーちゃんである 暗示的である この最後の恋人≠ヘ 「ヘイッ!ヘイッ!」で始まり 「ヘイッ!ヘイッ!」できっちりとエンディングする 模範的ともいえる グループサウンズポップスといえる ビートルズ度とストーンズ度が ほどよくミックスされている タイガースとかオックスが歌っていても なんの違和感も感じないだろう ウッちゃんのソリッドな間奏ギターもイカしてる ドントレットミーダウンとオールユーニードイズラブという 2曲のビートルズソングのタイトルも しっかりと入れている キャンチュシーッ≠フ単語とメロディーの抑揚(よくよう)は ビートルズの『アンソロジー2』に収録されている ザッツミーンアロット≠フ一部とそっくりだ 1972年12年時点でビートルズの未発表曲と同じものをつくっていたなんて 大倉洋一・矢沢永吉コンビ なかなか恐るべしー と、思う >>51 × 1972年12年時点で ○ 1972年12月時点で (27曲目) メンフィステネシー ジョニーのリードボーカルで いわずとしれた チャックベリー大先生の カントリーチックなロックンロールである 1973年の録音というものは 2018年の今聴いても 音に古さを感じさせない これが1968年ぐらいのグループサウンズの音だとしたら たぶん古さを感じてしまうだろう 日本の 録音機器の発展進歩の飛躍さは 1970年前後で 急速にレベルアップしたのだ ジョンレノンを気取って陽気に歌うジョニーのバックで もくもくとエーちやんはベースを弾いている 蒲田のキャバレーウラシマ≠ナも たぶんそうだったのだろう その時のドラムスは ウッちゃんの友達の今井クンだった ウラシマとは、 竜宮城(りゅうぐうじょう)に行くことの出来た 浦島太郎の苗字をとっての ウラシマ≠ネのである 1970年代前半のキャバレーとは 男にとってそれほどの 夢見心地を味わえる場所だったのだ 目を閉じて キャバレーウラシマ≠フ客席にいる気になって このメンフィステネシーを聴いてみよう まだマッシュルームカットのエーちゃんが 陽気にウッちゃんに笑いかけているのが 見えないかい? ジョニーも、楽しそうだ みんなスウィングしているよ (28曲目) ワンナイト エルビスプレスリーのワンナイトである 1972年の6月のある日 ジョニーは蒲田のゴーゴーホール「パレス」にて 助っ人参加という形で エーちゃんとウッちゃんのバンドの 初オーディションを受けた その時ジョニーが歌ったのは ビートルズアレンジのデイジーミスリージー≠ナ 一発で合格 エーちゃんはジョニーを受け入れた その後バンドは 金沢八景にある横浜市立大学内の講堂を練習場所にして 洋楽のロックンロールのコピー、一直線に励むことになる 講堂は教壇を中央の底辺にして すり鉢状に席が並んでいたので 無名のキャロルは 教壇をステージにして、 学生たちが坐る座席を観客席に見立てて ガンガン洋楽コピーに、邁進(まいしん)したそうである 以上すべて、ジョニー大倉著キャロル・夜明け前≠ノ書かれていることだが ちょうどこのワンナイトなんかも その頃レパートリーに 加えられたものだろう 不思議な話だが、 1972年の10月にリブヤングに出演してミッキーカーチス氏とプロ契約するまで ジョニーは、 1曲もエーちゃんのオリジナルソングを 聴かされたことがなかったと発言している だから、 1972年の6月から10月までの4ヶ月間は 洋楽&邦楽のコピーしか 蒲田のキャバレー「ウラシマ」なんかでも 演奏していなかったわけだ 1曲もジョニーにオリジナルを聴かせなかったエーちゃんの真意はなんだったのか? 盗作されることでも、恐れていたのか? このワンナイトは ビートルズでいえばオー、ダーリン風であり エーちゃんのアイラブユーOK風でもあり 沢田研二でいえば、 お前がパラダイス風でもある 3連ピアノソングの王道とでもいえる (29曲目) トゥティーフルティー のっぽのサリーのリトルリチャードの初めてのヒット曲であり 問答無用のビーバップロックンロールのこの歌を ジョニーがそのはじけたスィートヴォイスで 飛び出すフレッシュジュースのように歌い、叫んでいる しぶきがスピーカーの穴から飛んできそうだ まぎれもなく「ルイジアンナ」というデビューアルバムの中のカバーソングの中では この歌がピカイチだ 1977年にパンクムーブメントでセックスピストルズが登場して来た時 まだ生きていて 37才になりかかろうとしていたジョンレノンはこう言った 1961年のドイツのハンブルグでは オレたちもパンクバンドだったよ 1973年のこのキャロルのトゥティーフルティーの間奏の爆発感も 充分にパンクしている ウッちゃんの皮ジャンに鋲(びょう)がたくさん突き刺さっているようだ それほどのギターをウッちゃんはここで 我々に聴かせてくれる 間奏前のジョニーの叫び声も ヘイタクシーのアーーッ!≠ナはなく ここではウワァァーーッ!≠ニ叫んでいて、カッコイイ そこも聴き所のひとつー (30曲目) ジョニーBグッド 1970年代の日本のロックンロールのアンセム(聖歌)ソングー 70年代の日本のロックフェスの定番は ラストに出演者全員で 必ずこのジョニーBグッドを 大合唱するというのが、お決まりだった その頃の そこらを歩いてる下町の小学生の子供なんかも この歌のサビは必ず歌えた それほどこの歌は テレビから茶の間に浸透(しんとう)していった 珍しいロックンロールソングといえる その そもそもの発端は すべて キャロルがこの歌を取りあげ ガンガンライブで演奏し、 ファーストアルバムにこの素晴らしいスタジオテイクを 歴史に残したからなのだ 今や ほとんどの日本の人々が その事実を忘れ去ろうとしている キャロルを黒歴史化しようとでも しているようだ さみしいな、ジョニー GO!GO! そしてもちろん この歌はジョニー自身のテーマ曲でもある もはや チャックベリー作詞作曲など どうでもいいことなのだ この歌は それほど1970年代の日本の風土に土着していたのだ ミュージックマガジン社とか レコードコレクターズ誌なんかは はっぴいえんどのことなんかはガンガンもちあげて 認めてはいても 今だにそういう事実を 黙殺し続けている さみしいよ、ジョニー もう今更あの界隈に評価してもらっても遅い気が MMはヲタムのせいで完全にアイドル誌だし、レココレも再発に連動させ特集組むだけの雑誌と化しとる それでもやーさんのロックンロールがMMで年間一位に選ばれたときは単純に嬉しかったがな 歌謡曲JPOP 部門だったけど(笑) (31曲目) カンサスシティー 1980年に生まれた人が、2018年の今年38才になろうとしている 私が話しているキャロルというバンドは 1973年と1974年に主に活躍していたバンドで ということは その人たちが生まれる5,6年前の話を 私はしているわけだ たとえば現在20代後半のミュージシャン志望の青年が ビートルズファンで 間違ってこのスレにたどりついちゃったりして あれっ 1970年代前半の日本のロックって はっぴいえんどとかサディスティックミカバンド、はちみつぱいに村八分なんかが リードしていたんじゃないの? キャロルってなによ? なんて 思うことがあるかもしれない レココレやMMに洗脳されていたら、そうなるわけだ 真実は キャロルのほうが彼らより20倍は売れていた 商業的に成功していた 1974年の夏に史上初の野外ロックフェスティバル 『ワンステップ・フェスティバル』が福島県郡山市で開催されたが その最終日の出演者が オノヨーコ、内田裕也、サディスティックミカバンド、キャロルといった布陣で 最後の大トリはキャロルだったのだ しかも控え室は キャロルだけが別格 単独の控え室を与えられたと、ジョニーは回想している 歴史はどこかで ねじまげられたのだ このカンサスシティーは忠実にビートルズバージョンをコピーしているが 間奏にハーモニカが入るところだけが 少し違う 「ルイジアンナ」というキャロルのファーストアルバムはこの歌で幕を閉じるが エーちゃんのスロウダウン≠ェここにスタジオ録音で入っていたら さらに良かったのになァなんて、思ってしまう ちなみにこのファーストアルバムに収められているやりきれない気持≠ヘ このアルバムでしか聴けない別バージョンだ 生ギター(アコギ)が全面に出ていて ジョニーのダブルトラックボーカルも、ミックスがさらに濃い カンサスシティーも緊急電話のラストと同じく バックでHEY!HEY!HEY!hey!のコーラスの声が メンバーに聴こえないという謎を感じてます。 確かにはっぴいえんどが日本のロックの原点みたい な誤解が通説になってしまったのは残念でなりません。 (32曲目) 恋する涙 1973年7月25日に発売された キャロルのセカンドアルバム『ファンキーモンキーベイビー』のA面5曲目に配置された 大倉洋一作詞、矢沢永吉作曲の手によるロックバラード 昔からこの歌は このセカンドアルバムでしか聴けなかった どのベストアルバムにも収録されていない 唯一の大倉洋一作詞、矢沢永吉作曲コンビの作品だ キャロルの楽曲をフルコンビするためには この歌一曲のために セカンドアルバム『ファンキーモンキーベイビー』を購入しなくてはならない まあこのアルバムのジャケ写真のカッコよさを手に入れるだけでも 買う価値はある 出だしのひねくれたようなイントロのギターの入り方は どこかザ・バンドのウェイト≠フイントロを連想させる 歌の出だしのメロディーは 愛の叫び≠フ出だしのメロディーを 逆からなぞっているようなメロディーだ 若き日のジョンレノンの未発表曲のタイトル アイムインラブなんて単語も バッチリとジョニーは入れている スマイルフォーミー♪と連呼するところが この歌のキモだ やるせなくファズがかったエレキギターが ビートルズのオーダーリンのようにカッティングされている 珍しくサビのところで女性コーラスを起用している ジョニーとウッちゃんにコーラスをさせないで 女性コーラスが欲しいと思ったら 女性コーラスを起用してしまう エーちゃんのいさぎよさがイイ 愛してるなら、信じているなら 恋してるなら、求めてるなら 苦しさは偽りでー 恋する涙♪ なのだろう 平均点ギリギリのロックバラード ライブでは一度も演奏されたことがない (33曲目) いとしのダーリン セカンドアルバム『ファンキーモンキーベイビー』の9曲目に位置する セカンドアルバム『ファンキーモンキーベイビー』は12曲入りで そのすべてが 大倉洋一作詞、矢沢永吉作曲コンビの作品である ふたりはこのセカンドアルバムのために 新曲を4曲書き下ろした ハニーエンジェル、ミスターギブソン、恋する涙、いとしのダーリンの4曲がそれだ 残りの8曲はそれまでに発表された シングルAB面の寄せ集めである いとしのダーリン、である まずタイトルが秀逸ー 声に出して音にして、一度読んでみてほしい 「いとしのダーリン♪」と いとしの何々というタイトルで有名な歌は これ以外にサザンオールスターズの「いとしのエリー」ぐらいしか 思い浮かばない 何千何万曲とある日本の歌の中でだ もちろんエリーよりこの歌のほうが6年も早い ジョニーのセンス、恐るべし 歌の内容は 明日遠くへ旅に立つ彼女と その前夜に 一度肉体的に深くむつみあう男女の 恋(セックス)をする喜びを歌った歌である 抱きしめて、溶けるほど、濡れた二人、夢の中・・・ キャロルの全曲の作品の中で このラインが唯一 セックスを赤裸々に描写(びょうしゃ)している、素晴らしいラインだ 下降してゆくメロディーラインにのせて 色っぽく艶っぽく歌うエーちゃんのボーカルが 素晴らしい そこだけ全面に出てくるシンセサイザーの調べも 男女のエクスタシーの昇りつめようを描いているようで イイ オールマイラブ あげたい 恐いけど≠フ女の子が おそるおそる あげてる最中の歌、ということになる サウンドは全体的に リミッターで圧縮されたようなドラムの音色が 抑制(よくせい)されたエレキギターと相からまって いい味を出している ハットトリックぽい、不思議なイントロからしてそうだ この歌の出だしのひとこと アイコールユアネームは もちろんビートルズの歌のタイトルからの 拝借(はいしゃく)である (34曲目) 泣いてるあの娘 1974年7月25日にキャロルは 3枚目のオリジナルLP「キャロルファースト」と 「夏の終り/泣いてるあの娘」というシングルレコードを 同時にリリースした ダブリはなしで 「夏の終り/泣いてるあの娘」の2曲とも アルバム「キャロルファースト」には収録されていない ここらへん ファンを大切にしたビートルズの良心的なリリース方法を 真似たのかもしれない しかし それから44年もたってみれば この2曲を「キャロルファースト」に収録していれば どんなに良かっただろうかなどと 考えてしまうのである スッカスッカの「キャロルファースト」にも 少しぐらいキュッと、シマリが出たのに、なんてね 特にこの ウッちゃん作詞作曲リードボーカルの「泣いてるあの娘」こそ 「キャロルファースト」の中に入れておいてほしかった ここでキャロル全員の 誕生日のことなどを 年上の順から、書いてみよう エーちゃん 1949年9月14日 ユウ 1951年12月14日 ジョニー 1952年9月3日 ウッちゃん 1953年5月30日 ユウとエーちゃんが2才違いで あとは学年がひとつずつ下になるのが分かる エーちゃんとウッちゃんは4才違いということになる ジョニーより学年ひとつ下がウッちゃんだった そのジョニーの助けをかりて ウッちゃんが作詞作曲、世に出した傑作が この「泣いてるあの娘」である ラブュ、ベイビー♪のあとから始まる 左小指を駆使して 右ストロークでザックザクきざまれるダウンアップストロークが たまらない 歌詞にもいっさい無駄がない そう 心違いなんて、よくあることなのさ 気にしないのさ 気にしないのさ だからー ガンバッて生きていこうぜ、というところまで 私の心に、とどいてくるのである ガッツでいこうぜ! (35曲目) ヘイママロックンロール ここから8曲連続でアルバム「キャロルファースト」の歌を解説してゆくことになる サードアルバムにして最後のオリジナルアルバムとなった「キャロルファースト」ー なにゆえにファーストなのか? エーちゃん的には、今までのキャロルはすべてロックンロールのコピーから派生していて ここからが、純粋なるグループサウンズ的オリジナルソングのアルバムになるから と、リアルタイムのどこかのインタビューで言っていた なるほど このアルバムは各個人がすべて自分で作詞作曲した歌を持ち寄って 制作されている エーちゃん5曲、ジョニーとウッちゃんがそれぞれ3曲、 ドラムのユウも1曲、という構成だ ジョニーとエーちゃんの共作曲は1曲もない なぜそのようなことになったのか? 1973年12月初旬に無断でキャロルを脱け出し失踪(しっそう)したジョニーは 1974年の2月に発売されたシングル「涙のテディボーイ」のレコーディングには いっさい参加していない B面の「番格ロックのテーマ」は、失踪する前に録音済みのものだ ジョニーがいないので 仕方なくエーちゃんは「涙のテディボーイ」の作詞も、自分でやるしかなかった 火事場の馬鹿力とでもいうべきか、 意外とエーちゃんが書いた「涙のテディボーイ」の歌詞は好評で じっさい人の胸を打つ、いい歌詞だった これならジョニーがいなくてもイケるじゃない? キャロルはジョニーの代わりにサミーというメンバーを加えて シングル「涙のテデイボーイ」から再スタートをきる しかしそこにジョニーが失踪から戻ってきた 頭を坊主刈りにして、手には数珠(じゅず)をもって、 托鉢僧(たくはつそう)のような姿でー その時まわりのスタッフすべてがジョニーの復帰に大反対したが 唯一エーちゃんだけが やっぱしキャロルにはジョニーが必要だよ ということでサミーは脱退、ふたたびジョニーがメンバーに しかし ジョニーはジョニーで「涙のテデイボーイ」に傷ついていた オレがいなくても、エーちゃん自分でいい詞が書けるじゃない? それなら今後は 各自で作詞作曲していくことにして、共作はもうやめようよ 自分で失踪しておきながら、これはひねくれた言い分でもある ああ、いいよ=i何言ってんだ、こいつ?) エーちゃんの本音は、そうだったのかもしれない ということで 各自が自分でオリジナルを持ち寄る「キャロルファースト」の制作が開始された ヘイママロックンロールである ジョニーがその生涯で書き残した 自身最高の、オリジナルロックンロールソングである ファンキーモンキーベイビーに負けないぐらいのロックンロールを書いてやる! という気迫で書きあげたものだ 生きてることはままならぬー ジョニー、 ここですでに自分の墓碑(ぼひ)を書きあげてるじゃないか! 泣けるよ! (36曲目) 夢の中だけ ウッちゃんこと、内海利勝作詞作曲の作品である 1974年の同時期に活躍していた ガロとかチューリップのアルバムに入っていたとしても なんの遜色(そんしょく)もない アルバムの中の一曲という感じの歌である 同時期に爆発的にヒットしていた 井上陽水の夢の中へ≠ネんかが この歌のインスピレーションの源(みなもと)なのかもしれない 44年後の今聴いていると この歌の中にもし エーちゃんとジョニーの楽しげなハーモーニーとか コーラスなんかが入っていたら どんなに素敵になっていただろうなんて 考えてしまう ラバーソウルの中のジョージの歌のバックなんかでは ジョンとポールが 楽しげに難解なコーラスに、挑戦しているではないか リボルバーのタックスマンのバックコーラスなんかも、そうだ このウッちゃんの歌に足りないのは エーちゃんとジョニーの そのような、同時コーラスなのだ キャロルに駄曲なし 夢の中だけも大好きです 確かにエーちゃんとジョニーのコーラスがあればもっと最高ですね (37曲目) 素敵な天使 ドラムのユウことユウ岡崎作詞作曲の唯一の作品である 2018年に聴くユウ岡崎の声は 意外とスゥィートで耳に心地よい オーラララ、キミのとりこはなーに?まで 我々を日向(ひなた)ぼっこに、導いてくれるようだ 思うに ユウとウッちゃんも けっこうイイ声をしているのだから ライヴで1曲ずつ歌っていてもよかったんじゃないの?と 私は妄想しはじめた オリジナル曲でなくてもいい ユウがライヴでビートルズのアイウォナビーユアマン≠ ドラムをたたきながら歌い、 フロントではジョニーとエーちゃんが 1本のマイクに顔を近づけて 元気よくそのサビのコーラスをハモる ウッちゃんがみんないい娘≠カバーして これまたジョニーとエーちゃんが 1本のマイクでサビをハモる カッコいいではないかー 思うに キャロル登場以前の日本国内には ツートップの楽器を弾きながらボーカルを聴かせるバンドは 存在しなかった ギターとベースという楽器を弾きながらのツートップだ それだけでもキャロルは十分斬新(ざんしん)だったのだから そこにユウとウッちゃんも ライブで1曲ずつ歌っていれば 完全に日本のビートルズになれていたのにー と、 そこまで 私に妄想させてしまった ユウ岡崎氏の 素敵な天使≠ネのであった (38曲目) ふられた男 これはシャンソンである 越路吹雪(こしじふぶき)や美輪明宏(みわあきひろ)が歌ったとしても なんの遜色(そんしょく)もない エーちゃんが「アイラブユーOK」でソロデビューした時 硬派なキャロルファンは、矢沢はオカマになった≠ニ揶揄(やゆ)したが キャロルファーストのこの時点で エーちゃんはオカマどころか、美輪明宏に接近していたのである 「ふられた男」という楽曲は エーちゃんソロの「キスミープリーズ」や 「ゴールドラッシュ」というアルバムに そのまますんなり転移させたとしても なんなく聴けてしまうだろう 編曲は今や歌謡界の大御所編曲家、萩田光雄氏である 氏の編曲の代表作には久保田早紀の異邦人≠ェある つい最近リットーミュージック社が 萩田光雄全仕事のような本を出していて その中で編曲とはなんですか?≠ニいう質問に対して 氏が面白い答えをしている アナタがカラオケボックスで歌を歌うでしょ? アナタが歌ってるのはメロデイー、 それ以外に鳴ってるすべての音を、編曲というの なんと分かりやすい説明と、思いませんか? エーちゃんはキャロルファーストというアルバムの中の この歌と「子供達に夢を」という2作の歌で 私≠ニいう一人称を使用して、作詞をしている なぜか? ジョニーが失踪する直前にレコーディングした至高の名曲 「番格ロックのテーマ」の中の生きる私さー♪≠ェ、 すんごくエーちゃんに、影響を与えたと思うのである よしっ、オレも私という言葉を使って、 名曲を作詞してやるぜっ≠ネんてね (39曲目) 娘(クーニャン) ウッちゃん作詞作曲のなごみラブソングである どこか日本むかし話を思い出させるような 野原いっぱいの夕焼けなんてイメージが 目の前に浮かぶ フォーククルセダーズの歌のようだ 中国語でアイラブユーのことを ウォーアイニーと言うが 日本人が日本の歌の中でその言葉を使用するのを この歌以外で私は聴いたことがない テレサテンとかオーヤンフィフィ、アグネスチャンの歌のどこかでなら 聴いた記憶があると思う 間奏のオカリナの素朴な旋律のメロディーとか アンプから直と思われる 裸の音色のエレキ弦のヴィヴラート感が どこか戦前の78回転のシングルレコードをも 想い起こさせる ちなみに現代の中国女性にクーニャンと呼びかけることは 禁句である 侮辱(ぶじょく)されたと想われるらしい ウッちゃんは1974年にリアルでチャイナガールとメイクラブしていたのか? たぶん、していたのだろう この歌が 彼女への贈り物なのだ たぶん きっとそうだ ユウの手によって作られた「素敵な天使」ですが いきなり君の瞳は’素敵な悪魔’で始まるので途中で‘天使のように’ というリリックが出てこようとも「素敵な悪魔」がタイトルでよかったのではと 未だに思っております 間奏などで騒いでいるのはメンバーの声ではないような気がしますが 「キャロルファースト」は今や私的には一回りして大好きなアルバムとなってますが ふられた男や素敵な天使やクーニャンの詞をみるとその看板に偽りなく本人が職業 作詞家の手など借りずに詞を書いた事は間違いないとほぼ断言できます いい意味でね!(エーちゃん風に) 今やこのアルバムを買わずともゴールデンヒッツMK.2に全トラックが収録されてしまいました また「子供たちに夢を」は同アルバムに全く同じバージョンを2回入れるのではなくラスト の方はヴァージョンを変えるくらいの工夫はしてほしかったかも ふと思い出したのですが「緊急電話」のゴールデンヒッツMK.2における歌詞カードには 「息もつけない夜」ではなく「息もつけないよ」となってました どう聴いても「夜」っつってるよなぁーと思ってましたがジョニーはそもそも「つけないよ」 という歌詞を書いたのにエーちゃんが「つけない夜」に変えて歌った可能性も若干あるな という仮説を友人に語ってた10代の思い出です (40曲目) ピブロスピープル ジョニー作詞作曲のオリジナルアコギカントリーソングである 出だしのメロディーがなんとなくメンフィステネシーっぽい 当時、ピブロスという会員制のクラブが 新宿か四谷あたりに存在していて そこに入りびたっていた酔いどれジョニーが その店に集う常連客の深夜の実態を 歌にしたものである 偶然にも 将来のエーちゃんの夫人にもなる マリアという女性の名前も登場してくる ひとりになるのが恐いからー 誰もがピブロスというお店に行きたがると歌われるが ひとりになりたくて キャロルを脱け出し、失踪(しっそう)したのはジョニーなのである 矛盾している ピブロスというお店には 当時の日本のビューティフルピープルが集っていたと思われるが ビートルズならさしずめ皮肉たっぷりに 自分らも含めて、そのような人々のことを ベイビーユアリッチマンと揶揄(やゆ)して歌っていた キャロルの歌の作詞印税で 小金持ちになっていた若き20代前半のジョニーは ピブロスというお店と 怪人二十面相というお店で 夜な夜な油を売ることぐらいしか お金の使い道がなかったのだ そして酔いどれジャンキー化してゆく おのれの内面の空洞化とジレンマに、 悪戦苦闘していくのだ そんなことを歌にしてどうする? 私小説というジャンルが小説には存在するが さしずめこのカントリーソングは ジョニーのノンフィクション私小説のようなものである 見果てぬ夢を、追いかけてー エーちゃんとジョニーの見る夢は この時すでに、 乖離(かいり)しはじめていたのだ ジョニー、ウッちゃん、ユウは ピブロスピープルになりえたが エーちゃんは 決して ピブロスピープルになりえなかった (41曲目) 雨のしずく ビリージョエルのシングルレコードのB面に収められてるようなピアノソングである ジョニー大倉はピアノ弾きでもあった ジュリアというビートルズコピーバンドが不本意に消滅したあと 作家でシャンソン歌手でもある戸川晶子(とがわあきこ)が経営する 銀座にある青い部屋≠ニいうシャンソンクラブで ピアノの弾き語りのアルバイトをしていた その店のウェイターは全員男装した女性の麗人で 1962年に江戸川乱歩賞を受賞した戸川晶子のエキセントリックな趣味が 超モダンに反映する、カルトなシャンソンクラブだったらしい 客筋は野坂昭如を筆頭とする流行作家や芸能関係者が多く集う店で 19才のジョニーはそんな店で、シャンソンをビアノで弾き語っていたのだ なんという人生! 「キャロル・夜明け前」にくわしく書かれている 人によるとジョニーは ギターよりもピアノのほうが上手かったという人も いるくらいなのだ 母が経営するスナック美香≠フ閉店時間のお知らせは ジョニーがピアノで弾き語る、シャンソンの雪が降る≠セったらしい そんなピアノマンでもあるジョニーが キャロル時代に唯一ピアノで弾き語った歌が このオリジナルの「雨のしずく」である アコーディオンの音が、いらないような気もする ジョニーのピアノ一本で深く勝負したほうが良かったかもしれない サビのドラムも不必要に思われる ジョニーの人生は 迷走と迷妄のくり返しのようだったが 素晴らしい ピアノの弾き語りだけのアルバムを一枚 ぜひ残しておいてほしかったなァ と、切に思う (42曲目) 悪魔の贈り物 基本「キャロルファースト」というアルバムは B級ソングのオンパレードである よし、キャロルのB級ソングを今夜は楽しんでやるか! ぐらいの心構えをもって聴かないと 楽しめないこと、確約である このアルバムにキャロルのAクラスソングを求めると しっぺ返しを喰う そして二度と聴かなくてもいいんじゃないの? ぐらいの気持ちになって このCDは永遠にCDラックの片隅に追いやられて ホコリをかぶってしまう キャロルといえば大昔からある20曲入りのベスト ゴールデンヒッツ≠烽オくは 25曲入りのthe BEST≠ナ、 事足りてしまうわけだ じっさいそこにはA級ヒットソングが ギッシリと、つめこまれているからね 「キャロルファースト」の中でシングルを狙える曲といえば 唯一、ヘイママロックンロールあたりだと思うが、 その曲にしても、少し詞が弱すぎると思われる ルイジアンナやファンキーモンキーベイビーのような 突き抜ける何かが¢ォりないのだ 悪魔の贈り物である ウッちゃん作詞作曲のサイケデリックソングだ ちょっとコミカルでもある スパイダーズ時代のかまやつひろしが このような 出来そこないチックなサイケデリックソングを書いていたと記憶する この歌の中の贈り物とは シャブか覚醒剤のことなのか? たぶん そうなのだろう ウッちゃん、 もっと真剣な恋の歌なんか 聴きたかったよ (43曲目) 変わりえぬ愛 1974年12月20日に発売されたキャロルのラストシングル 「ラストチャンス」のB面に収録された 大倉洋一作詞、矢沢永吉作曲で ジョニーがボーカルを担当した最後の作品である ジョニーのバックでエーちゃんがハモッてる 最後の作品でもある アーのコーラスやオーケストラの挿入(そうにゅう)が、凝っている A面のラストチャンスより こちらの録音のほうが 時間をかけているのが分かる 人はさみしがり屋なのさ、誰でもー 若いあやまちなのか、二人はー ジョニーがエーちゃんとの関係を歌詞にしたと 「キャロル夜明け前・第2章」という本で告白しているが キミは変わりすぎた、届かないー 昔のように甘い恋を、 許されるなら 夢みたいー %凵A キラ星のようなジョニーの泣かせる歌詞が、 エーちゃんの甘辛いメロディーに うまく乗っている 涙は見せない、心は見えないー これまでになかったような雄大なロッカバラードで 成功してるといえる エーちゃんも よもやこのレコードが 最後のシングルレコードになるとは知らず、 喜々としてハモッたに違いないと 推測(すいそく)される ↑ 以上43曲をもって キャロル公式スタジオ録音全曲解説≠ヘ 終了ということになる この全43曲を手に入れるには 「キャロル・ゴールデンヒッツ」(20曲収録)と 「ゴールデンヒッツ・マークU」(20曲収録)を購入すれば ダブリはなしで 40曲は楽に手に入れることが出来る それ以外の3曲は 「ホープ」「メンフィステネシー」「恋する涙」である 次に私は ライブ・イン・リブヤング¢S曲解説と 燃えつきる・ラストライブ¢S曲解説に 挑戦してみたいと思う もうしばらくのお付き合いを 願いたい ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 1曲目 ヘイタクシー 1973年10月21日フジテレビジョン第一スタジオでのライブ盤である およそ今から45年前である ライブであるからして ボーカルはレコードのようなダブルトラックではなく すべてがシングルトラックである それが野性味をあおりたてている レコードテイクとは違う長めのイントロから始まるこのヘイタクシー ジョニーのサイドギターのカッティングがさえまくる ぶれのないジョニーのボーカルとエーちゃんのハモリが 小気味イイ この時エーちゃん24才と1ヶ月 ジョニーは21才と1ヶ月 ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 2曲目 最後の恋人 メロディーや楽曲の構成が ビートルズ度よりストーンズ度が高いこの歌を 後年ソロとなりミックジャガーのコピーかと 英米の音楽評論家に揶揄(やゆ)されることになる 24才のエーちゃんが レコードのコピーかと思われるほど おそろしく楽々と正確に歌いこなしている このリブヤングのパーフェクトなライブ映像が 鮮やかなカラー映像で いつの日か見てみたいと思うのは 私だけではあるまい きっと何処かにあるのだろうな ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 3曲目 レディセブンティーン おそろしくレコードに忠実なライブ音源である ところどころエーちゃんやジョニーが かけ声なんかを入れているが ただ単に レコードに観客のキャーキャー声をかぶせたような 擬似ライブではないのかと 錯覚しそうになるほどである ちょっとぐらい間奏のリードギターなんかを もっとワイルドにレコードと違うフレーズを 入れてもよかったのでは? などと考えてしまう ここでキャーキャー歓声をあげている人たちも この時15才だとしても 現在45年後として 60才になっているはずである 光陰矢のごとしー ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 4曲目 コーヒーショップの女の娘 2018年の夏の日に聴くコーヒーショップの女の娘のライブバージョンは 私を思索の散歩道に導いてくれるようだ 21才と1ヶ月のジョニーが 天使のような、きらめきある声で歌っているが はて、オレは21才の頃いったい何をしていたっけな、などと 自虐の回想録に 沈没していきそうだ ズブズブズブと落ち込んで 迷いさすらい、七転八倒していった横道のずっと先あたりに そのコーヒーショップは 存在しているのかもしれない ジョニーはキャロルの前に アンナとジュリアというバンドを組み、活動していたが その3バンド、すべてが女性の名前だ キャロルを解散したあとも また違う 女性の名前の新バンドを組めばよかったのにー そうしたらジョニーにも 違う人生の新たな、地平線が開けていたかもしれない いつまでも女性バンドの女神に抱かれて眠るジョニー その女神こそが コーヒーショップの女の娘かもしれない ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 5曲目 憎いあの娘 ある日知人から 憎いあの娘って Tレックスのゲットイットオン入ってない?て言われてから 憎いあの娘のイントロが鳴り出すたびに 私の脳内で マークボランのあの囁くようなボーカルが 鳴りはじめた そういえば セクシーキャットなんかも Tレックスのゲットイットオンが入っていそうだねとかなんとか 私はムニャムニャとその時 知人に答えたような気がする このリブヤングでのライブバージョンもしかりである 私の脳内にさっそく マークボランが登場し、歌いはじめた まあいい 時代はグラムロックの1973年だったのだ ポールマッカートニーだって ウルフカットのロングヘアーの時代だったのだ このライブバージョンの憎いあの娘では 最後にレコードバージョンでは印象的だった エーちゃんのあのサンキュ≠ェ入っていない 逆にそこが新鮮か? ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 6曲目 ファンキーモンキーベイビー ここでしか聴くことの出来ない イントロなしのファンキーモンキーベイビーである いきなり歌から入る きっとエーちゃんは ビートルズのエニイタイムアットオールや ノーリプライ、ヘルプのような出だしで 始めてみたかったのだろう ウッちゃんの素晴らしいギターワークは そういうことで 間奏のみの一回だけということになる しかし 2018年夏に聴くファンキーモンキーベイビーも やっぱ イカれてるよ 楽しい キミといれば≠フところが 永遠の若さ 永遠のバカさ をともない、 グッとくるね オレの彼女≠チてのも、実にイイなァ 永遠のマスターピースだ ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 7曲目 彼女は彼のもの 一分のスキもないジョニーのボーカルが聴ける 何度もリピートしてこのライブバージョンを聴いているが それ以外の感想が浮かばない レコードバージョンより 全般的にこのリブヤングのライブバージョンは ユウ岡崎のドラムスが 生々しく聴こえる すぐ目の前でたたかれているような そんな ニュアンスがあるとでも 言うべきか 彼女は彼のもののレコードバージョンには 鍵盤も入っていたよね? ウッちゃんのギターが そのキーボードの隙間を うまく埋めているようにも聴こえる 恋はグッドタイミング 片思いの恋さ そうさ それでいいのさ、ジョニー これは永遠のライブバージョンだ ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 8曲目 やりきれない気持 キャロルの楽曲群の中で 一番ビートルズテイストあふれるこの歌を ジョニーがその美声で 正確無比に歌いあげている ライブインリブヤング全般 エーちゃんのベース音が 少し小さいかなと思われるが この歌こそ もう少し ベース音を大きく前に出して そのマッカートニー的ベースランニングを 全面的に楽しませてほしかった 若い頃 このジョニーの歌い方を真似て 日本語の歌をよく 色々とクチずさんでいたら その時の彼女に なんでアナタは日本語を 英語チックに歌いあげてんの?と 質問されたことが このライブテイクを聴いていて 思い出された だってジョニーは 事実 日本語をローマ字表記の英語に置き換えて 歌いあげていたと語り その歌い方を エーちゃんにも指導していたと 「キャロル・夜明け前」という本の中で 暴露していたものな 若い頃の私も その歌い方に呪縛(じゅばく)されていたわけだ その頃流行してた ふつうのフォークソングも 英語チックな日本語で歌っていたことを このライブテイクを聴いていて 思い出しましたw ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 9曲目 愛の叫び サビ以外のすべてのパートを エーちゃんとジョニーの二人が 一緒に歌っている 主旋律がエーちゃんで ジョニーが その上のパートだ レコードでは すべてエーちゃんが歌っていたので これは目新しい ここでしか聴けないアレンジといえる ラストのウッちゃんのリードギターも レコードバージョンより やや野生的に聴こえるのは 気のせいか? 最後のエーちゃんの嘆(なげ)きも レコードではオオッ!≠セったが ここでは イェイッ!だ ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 10曲目 ルイジアンナ レコードではダブルトラックで痛烈だったエーちゃんのボーカルが ここではライブであるからして 当然シングルトラックである レコードバージョンを聴きなれた耳には ここでのエーちゃんのボーカルが 少々薄っぺらく聴こえるは、 いなめないし、仕方のないことだと思う その変わり 英語のローマ字変換で歌いあげてる日本語の歌詞、 という その倒錯的な日本語の英語チックさが 十二分にはっきりと シングルトラックで 我々の耳に届いてくるというのが このライブバージョンの 醍醐味(だいごみ)だと思う 特に いっつつうぅ〜でぃむぉっ、おっとこぅぉを〜っ、どぅぁわめに、すぅぅうるっ のところとかね 「いつでも男をダメにする」を そう歌っているのですね♪ >>87 × 少々薄っぺらく聴こえるは ○ 少々薄っぺらく聴こえるのは ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 11曲目 恋の救急車 ライブインリブヤング全12曲のうち リードボーカル別に見ると エーちゃんが5曲 ジョニーが7曲ということになる 1973年10月時点のキャロルファンにとって 完全に ジョニーとエーちゃんは 対等に見えていたわけだ その後ジョニーは 足はもつれ 息も出来ないで 倒れてしまうようになるわけだが それを暗示するかのような この恋の救急車の歌詞を 21才のジョニーは ここで カンペキな状態で気持ちよく 楽々と歌いあげている エーちゃんのハモリもイカす キャロルという恋の炎が この時点で鮮やかに 最高に燃えあがっているのが 分かるようなライブテイクー ☆ライブ・イン・リブヤング=[ 12曲目 ジョニーBグッド 19才の時 シャンソンクラブで ピアノの弾き語りをしていたジョニー大倉は どうしても ロックンロールへの思いが 断ち切りがたく ある日 とある楽器屋の メンバー募集の告知板の前に 立つのだ そこで 運命のエーちゃんによる ロックンロール好きな方、求む ビートルズとか≠フ メンバー募集と出会うのだ ジョニーが そこまで取りつかれてしまった ロックンロールの魔力とは 何なのか? その答えが このライブインリブヤングのラストを飾る ジョニーBグッドの中に あると思う チャックベリーの代表曲 そして とある喫茶店で エーちゃんと面接したジョニーは その後 半年間、エーちゃんに連絡しないのだ 彼女か妊娠したことを知って 手首を切って 自殺を試みる半年後までー エーちゃんは ジョニーの電話番号を紛失してしまっていて 半年間 ジョニーの連絡を待っていたという すべては そこから始まった ゴー、ジョニー、GO! GO! ゴー、ジョニー、GO! GO! >>90 × 彼女か妊娠したことを知って ○ 彼女が妊娠したことを知って ★燃えつきる・ラストライブ=| 1曲目 ファンキーモンキーベイビー 1975年4月13日、日比谷野外音楽堂で行われた キャロル解散コンサートの 実況録音盤である その1曲目と19曲目に ファンキーモンキーベイビーはこの日 2回演奏されている 何故なのか? 決定を下して実践してみせたのは やはり エーちゃんなのだろう 本来ならば1975年1月に行われた 日大講堂でのライブが ラストショウになる予定だったのを 全国を回る解散ツアーをも行うべきだという エーちゃんの主張と頑張りが通り、 解散ショウは 4月のこの日まで引き伸ばされたのだ まずは そのエーちゃんの頑張りに 感謝しよう だからこそ この 燃えつきる・ラストライブ≠ニいう 素晴らしいラストショウの解散コンサートを 45年後の今も 我々は聴くことが出来、 感動出来ているわけなのだからー 1回目で1曲目の このファンキーモンキーベイビーのバージョンでは やたらジョニーがバックで 気勢をあげているのが分かる 間奏前で エーちゃんは叫んでいない この日は野外で しかも雨だった ★燃えつきる・ラストライブ=| 2曲目 憎いあの娘 雑でワイルドな憎いあの娘である テンポもいくらか早い ライヴ感に充実している ライヴはやはり こうじゃなきゃいけない イントロのTレックス風リフからもう ヘイヘイヘイッ!と エーちゃんが 気合を入れたもうている テンポが早いから サビのウッちゃんの細かい運指リフも ここでは 超絶早弾きと化している ★燃えつきる・ラストライブ=| 3曲目 グッドオールドロックンロール 超絶パンクなグッドオールドロックンロールである エーちゃんの ワントゥスリー、ヘイッ!<Aウッ!から始まり 間奏前のジョニーの雄叫びも最高に絶品 ウッちゃんのギターとユウのドラムスも 機関銃とマシンガンのように炸裂ー いぶし銀ののような 1分53秒である (コーヒータイム) ☆キャロルのレコードサウンドについて この日本においてキャロルこそロックの持つ暴力性や不良性を全く失うことなく、オリジナルの詞曲で最初にメジャーで成功したロックンロールバンドです。 日本語でロックができるか? ロックは日本語か英語か? という議論が真剣にされていた当時の日本ロック界。先端にいた腕達者なミュージシャン達は こぞって日本語のロックを否定していましたが、議論そのものをあざ笑うかのように、無にしたのが 革ジャンにリーゼント姿で完璧な日本語のロックンロールぶっ放したキャロルです。 その衝撃は日本語ロックを否定していた側の先頭にいた内田裕也氏を完全に黙らせ、すぐに彼らとの契約に疾走させたほどです。 そして彼らの登場と爆発的セールスはその後の日本のロック界に付随するビジネス等を含めたすべて変えてしまいました。 ロックと暴走族〜暴力などカルチャーを含めたその影響力はあまりにも巨大です。日本のロックはキャロルと村八分なしでは絶対に語れません。 また当時最新のスタジオ機材を所有していたミッキーカーティスがプロデュースを含め制作全般に深く携わっていたため現在の耳で聞いても この当時の日本のロックに必ず感じてしまうある種の音のショボさが全くないことに驚かされます。 各楽器のラウドでシャープな鳴り、厚みがあるふてぶてしい低温のグルーヴ、ボーカル、コーラスそのすべてにロックンロールを感じさせるこの音は バンド側からだけでなくミッキーカーチスのプロデュースを含め完全にスタジオ内でマジックが起きていることが実感できる本当に凄い音です。 当時京都で国内のもっとも先端的なバンドであった村八分や、同じ時期にオリジナリティーという点では他をまったく寄せ付けなかった サディスティック・ミカ・バンドなどですらなし得なかった圧倒的な成功をエッジのビンビンに立った状態でいともかんたんに手に入れたキャロル。 当時これがどれだけ凄かったことか。 いくら再評価しても足りません。 これがロックンロールです! ★燃えつきる・ラストライブ=| 4曲目 メンフィステネシー パンキッシュなメンフィステネシーである イントロが50秒もある 長い ジョニーがどこで歌に入ろうかと 模索していたのかもしれない そんなジョニーに しっかりしろとでもいうように エーちゃんが カモンカモンカモンとあおる 他にも 様々なかけ声をかけて エーちゃんがあおる、あおる 間奏のエーちゃんのイェイイェイイェイ!の アドリブ声は珍しい ウッちゃんのリードギターは ストーンズ並みに チャックベリーしている ラストショウのメンフィステネシーは 手にふれると やけどしそうに熱い ★燃えつきる・ラストライブ=| 5曲目 涙のテディボーイ よくぞフルバージョンのライブテイクを 歴史に残してくれました スタジオバージョンにはジョニーが参加していないので こちらのライブバージョンの ジョニーのハモリが入るほうが貴重かも この歌のライブテイクのほとんどすべてが ラストの あーー、こんなにーーーっ あーー、こんなにーーーっ すべてがーっ のところを カットしてるバージョンばかりなんだよな エーちゃんが ソロになってからも すべて含めてだ この 最後がいいんだよ なんでここをカットするんだよ ここで涙腺が崩壊(ほうかい)するんだよ この 燃えつきる・ラストライブ<oージョンは ラストがカットされていなくて スタジオバージョンとまったく同じ ということで 永遠に、 不滅だと思います ★燃えつきる・ラストライブ=| 6曲目 やりきれない気持 レコードバージョンよりキーの高い、やりきれない気持である 本来ならレコードの方も このキーで歌いたいとジョニーは進言したが 作曲者のエーちゃんは それを許さなかった 曲のムードが変わるというのが エーちゃんの言い分だった このラストショウに限り エーちゃんはジョニーの好きなキーで歌えばと 許しを出した それでどうなったかというと ジョニーが自身の美声を生かして 我が世の春といった感じで 朗々とこの歌を 歌いこなしているのは分かるが 多少、この歌が軽くなっているという面があるのは いなめない 合格点以上は当然いっている しかし キーの低い切なさというのも 歌の中にはあるのだ レコードバージョンのキーと 聴きくらべてみてほしい ★燃えつきる・ラストライブ=| 7曲目 変わり得ぬ愛 「やりきれない気持」なのか 「やりきれない気持ち」なのか 「変わりえぬ愛」なのか 「変わり得ぬ愛」なのか 揺れ動くジョニーの心のように この2曲はタイトル表記が、二種類存在する シングルレコード「ラストチャンス」のB面の時は 「変わりえぬ愛」表記だったのに この燃えつきる・ラストライブ≠ナは 「変わり得ぬ愛」表記にチェンジしている えぬ≠ニ得ぬ≠フNの違いは、何なのか? 若いあやまちなのか? ジョニーの歌詞にはめずらしく 英語がいっさい使われていない 全部日本語の歌だ そのせいか歌詞がストレートに胸に響いてくる 時がすべてを変えた、消えた恋ー≠ニか 人はさみしがり屋なのさ、誰でもー≠ニか 涙は見せない、心は見えないー≠ニかね スタジオバージョンより より乱雑でエネルギッシュな、このライブバージョンのほうが 私は好きだ よくぞライブバージョンを歴史に残してくれたと これも感謝したいほどの1曲ー しかし、 ジョニーは一部、歌詞を飛ばして 間違えてんだよな そこだけが、痛いか ★燃えつきる・ラストライブ=| 8曲目 ピブロスピープル ジョニーのボーカルが3曲続く メンフィステネシーをどこかひっくり返したような そんなメロディーをもつ ピブロスピープルである イントロでエーちゃんが OKとつぶやき 1回目の間奏の前で ジョニーがカモンヘイと言い 気になるマリアの踊りにものの踊りにも≠ニ ひとりになるのが恐いからの恐いから≠ エーちゃんがハモり エンディングをワン、トゥー、セッ≠ナ エーちゃんがしめている 2回目の間奏前には ジョニー自身が カモン、レッツゴー≠ニ 全員にハッパをかける ピブロスピープルで 踊っていたマリアは エーちゃんの未来の伴侶となる マリア様だったのか? 悪戦苦闘で朝まで口説いていたのか? イントロのベースがワイルドである このへんで ウッちゃんの「泣いてるあの娘」の ライブバージョンでも入っていたら 燃えつきる・ラストライブ=[ もっと良かったのにと 切に思う read.cgi ver 07.5.0 2024/04/24 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる