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 いや、その武田の迫力と「がっしゃ〜ん」と大音響をたてて、白いブラインドがく
しゃくしゃに折れ曲がる様はすさまじかった。あぜんとする5、6人の記者。さらにが
しゃん、がしゃんと、音を立てて窓枠にぶつかって揺れるブラインドの余韻に、部屋
はとてつもない緊張感に満たされた。

 試合中とまったく同じ迫力で、武田はそのまま席につき、たばこに火をつけながら
担当記者の質問に、気持ちを落ち着かせるように、時折だまったり、言葉を選んでう
なずいたりしながら、徐々に会話が成立していく。極度の興奮状態の武田を、先輩記
者はなだめつつも、選手の言い分を吸い上げるように、本心を聞き出し、選手と球団
の年俸を巡る激しい攻防を記事にした。

 まあ、球団も違うし、時代も変わった、そんなブラインド目がけた全力投球は、手
ぶらで会見場に現れる選手が多い中、もう起こる余地はないと思う。ヤクルト球団で
の選手の表情は穏やかで、理性的で、年俸を巡る喜怒哀楽は随分とまろやかになった。
それはもちろん、悪いことではない。選手自身の手応えと、球団の評価に食い違いが
あれば、それは契約更改の場所で意見をぶつけ合うことであり、メディアに向けて披
露する必要はない。

 よくよく観察すれば、明確に金額を口にする選手もいれば、ダウンでサインした選
手は「○○%ダウンです」と言って、あとは今季年俸から推し量ってほしいという空
気を出す選手もいる。この日、契約を更改したクローザーの石山泰稚投手(30)は「
倍増以上です」と口にして、4800万円から、大台に乗ったことを感じさせた。担当記
者が「大台ですか」と質問を重ねると、明確に否定せず、1億円に乗ったことを暗に認
める空気を醸し出した。