雍正8年の旧暦4月。
雍正は、理由を知らされていない呼び出しに緊張する達蘭台(敏敏の次男)を引見し、
阿斯蘭(敏敏の長男)と承歓の結婚を許可する。
「才色兼備で性格もいい姫をくれてやるから有難く思え」的なことを言うものだが、
雍正は苦笑してこの慣例をパス。円明園の蓮池で泳いじゃうような姫なので。

敏敏は、吉報を携えて帰ってきた達蘭台に早速尋ねた。
「13爺に会えたんですってね。蒙古に来てと頼んでくれた?」
「お土産に弓を持って行ったけど、弓を引くどころか歩くのも無理な様子だったよ」
「なんですって? …13爺はなにか言っていた?」
「うちの娘をよろしく頼むと伝えてくれって」
一年前に申し入れた時は無視された結婚が急に許可されたのは、13爺の重病が原因だったのだ。

ひと月余りが過ぎて13爺の訃報が届くと、敏敏は皆の反対を押し切って13爺の位牌を祀らせた。

ある晩、達蘭台が蒙古風ではない歌に惹かれて出所を探すと、敏敏が13爺の霊前で歌っていた。
あの紅梅の歌を歌いながら舞う敏敏だったが、やがて涙に声を詰まらせ歌えなくなってしまった。

するといつの間に現れたのか、佐鷹が床に座り、馬頭琴を弾きはじめた。
「敏敏、最後まで踊れ。二人で13爺を送ろう」
佐鷹の高らかな歌声には、勇壮な中にも悲しみが溢れていた。

敏敏はもう少女のころのように軽やかには踊ることができず、時にステップを踏み違えたが、
佐鷹は音を引きのばし、敏敏がステップを踏みなおすのを待ってやった。

達蘭台は、皇帝と13爺が大事な姫を蒙古のような貧寒の地に嫁がせるわけを理解した。
夫に守られ、思いのままに草原で花を咲かせる敏敏のような人生を送ってほしいのだ。

敏敏が舞を終えても、馬頭琴の音は止まなかった。
康熙帝の前で披露して以来歌っていないのに、佐鷹はなぜこの歌を覚えているんだろう。
この曲を吹いてくれた13爺の笛の音はもう思い出せない。
二十数年前の演奏も馬頭琴だったような気さえする。

敏敏は佐鷹のかたわらに座ると、夫の肩に頭をもたせかけた。
馬頭琴の音は、泣くがごとく訴えるがごとく続いている。
佐鷹は敏敏の額にそっと口づけると、13爺の位牌に言った。
「安心してくれ。承歓は私と敏敏が大切にするから」