■■■臨死体験■■■

1神も仏も名無しさん2018/04/30(月) 19:24:42.63ID:Niy6fbCF
これって、何なの?

275神も仏も名無しさん2018/07/03(火) 11:14:52.79ID:V2DEkZzF
マナ識は「夢」や「坐禅の魔境」でも働いている
 
神と出会い、霊魂体験が終われば、後は霊界との関係になる。
その時に働くのがマナ識であり、神と霊魂以外に、
天使や死者の霊などの、霊的現象全般を対象にする識である。
 
霊魂体験をした後、なぜか非想非非想処に入るのが困難になった。
そのため坐禅をやめようかと何度も思ったが、それでも続けたのは、
まだ何かあるかもしれないという感触があったからだ。
 
そしてそれが的中し、坐禅中に高級天使に出会うことができた。
さすがにもうないだろうと思い、しばらくして坐禅をやめた。
その後は仕事探しを始め、あっという間に生活が楽になった。^^

276神も仏も名無しさん2018/07/03(火) 16:45:42.27ID:bbMT+UFa
神秘の意識でも 意識の神秘は解けない - -; G名言

277神も仏も名無しさん2018/07/04(水) 20:23:47.84ID:dpOYWdmr
意識の要約
  
日常意識(物質世界を対象)→→感覚器官→→自然界
意識喪失←←感覚喪失←←全身麻酔
*** 全身麻酔は坐禅の想受滅に近い?
 
マナ識 ( 精神世界を対象)→→アラヤ識(過去世・カルマ・本能)
*** マナ識はアラヤ識に執着→→ここから転倒妄想が生じる 
 
【欲望否定】→→アラヤ識消滅→→マナ識で神・霊魂に出会う
*** 転倒妄想の消滅、正見の成立
  

278神も仏も名無しさん2018/07/05(木) 07:49:59.58ID:5b4fLw8v
人間は基本、転倒妄想する動物なんですね。 >>277
 
女は現実的だから、男の方が転倒妄想がひどいかもしれない。
これがひどくなると、肝心なことに限って逆にやってしまうから恐ろしい。
思い当たる人は、欲深くなってないか反省するといい。
これは欲深すぎるという神からの警告です。

279神も仏も名無しさん2018/07/05(木) 11:24:36.08ID:5b4fLw8v
神 ← 虚無 → 物質 ・・・ ビッグバン
神 → 霊魂 → 物質 ・・・ 霊魂誕生
 
この関係が、わたしが想定する原初の存在様式である。
従って、霊魂(プルシャ) イコール 物質法則(ブラフマン) という
ヒンドゥー教の梵我一如の立場には同意できない。
そこに神が考慮されていないからである。
 
すでに述べて来たように、霊魂には他者を認識できる意識がある。 
しかし問題は、いかにして霊魂が誕生したかにある。
霊魂を産んだ存在は神以外にいないのだが、神は形のない命であり、
限定されない存在のはずである。それなのに霊魂という形を持った。
 
 どうして形を持つことができたのか。 
 神がそれを希望したから ・・・ それが神の意志だから
 としか言いようがない。

280神も仏も名無しさん2018/07/05(木) 11:56:21.04ID:5b4fLw8v
神と物質の次元は異なっている。次元が異なっているからこそ、
形のない命と、形のある命が同時に存在できる。
 
命が形を持ったのは、物質宇宙に誕生するためである。
命が丸い球、透明な霊魂になったとき、
そこに自分以外のものを他者として認識できる意識が誕生する。
  
この霊魂(アートマン)は、神が自らを限定することで誕生する。
自己と他者の関係ができれば、意識が成立する。
神は自らを限定できたから意識が誕生し、
神が人間を意識するから、人間も神を意識することができる。

281神も仏も名無しさん2018/07/05(木) 12:11:43.37ID:5b4fLw8v
神と霊魂とは次元が違うから同一視はできない。
しかし、神から霊魂が誕生したなら、霊魂は神由来ということになる。
肉的で物質的なものに覆われた人間の意識は、
まだまだ粗くて愚鈍だが、神の意識が反映したものだとも言える。
 
神はいったい何をやっているのだ?
人間や生き物を苦しめるためなのだろうか。
それとも、この地上を神的な楽園にしたいのだろうか。
後者だと思いたいものである。

282神も仏も名無しさん2018/07/06(金) 06:56:55.77ID:1EFzhKxP
神はどこにいるのか?
 
神と物質宇宙との次元が異なるならば、
人間が神にいくら祈っても、その祈りは虚しいのかもしれない。
神がいると言っても、いないのと同じなのかもしれない。
 
神にすれば、物質宇宙に自分がいなくても済むように、
地上の管理人として人間を送り込んだつもりなのかもしれない。
しかし、人間にその自覚がなく、人間同士で争い、
他の生き物を巻き込んで、この地上を地獄と化している。
管理人どころか、地上の破壊者が人間だ!

283神も仏も名無しさん2018/07/06(金) 07:45:55.27ID:1EFzhKxP
そんな時のために神が用意したもの 
それが天使だ!
 
天使は神の傑作、霊界生き通しの霊的な存在である。
神の直接関与は次元が異なって無理だから、人間は間接的に、
天使に対して祈願するようになっている可能性もある。
    
ということは、気付きによって、神に出会うだけでは足りない。
坐禅による霊魂体験で、自分に出会ったとしても足りない。
さらに坐禅を続け、天使に出会う必要がある。
ーー そうしないと天使の存在を確信できないからだ。

284神も仏も名無しさん2018/07/06(金) 09:54:15.91ID:1EFzhKxP
ーー まず天使の試練に勝つ
 
ーー 天使が仕えてくれないと話にならない

285神も仏も名無しさん2018/07/06(金) 11:13:52.05ID:0vOs6DKq
kamiと宗教 宗教と宗教団体は 其々別ものである - -;
爺ごときが言わねばならんほど巷は短絡思考で満ちてんょ (^こ^);

286神も仏も名無しさん2018/07/06(金) 22:34:08.97ID:P0R9sFw0
やぁ、今日はこっちで遊ぼうかな

身体が滅して心だけになった状態を仮に死後の世界としてみる。

さて、君たちに僕の身体が認識できるか? 僕に君たちの身体が認識できるか?
心臓が動いているのか、脳波が停止しているのか、

そんな事はここではどうでもいいね、つまり身体が無くて心だけ、考えだけ、意識だけ、そんな処だね、ここは。
つまり死後の世界があるとしたら、ここはそのシミュレータと言ってもいいのかな?


丹波哲郎氏は、こうおっしゃています。
死後の世界では、悪は悪、善は善、ひがみやねったみ、明るさや思いやり そういった性質はその人の本性のままにエスカレートするそうです。
死後はしばらく精霊界に留まり、そこで本性をむき出しにされるそうです。

そしてその性質に従って死後の行き場所が決まるそうです。 そこが天国とか地獄とか呼ばれる場所なんでしょうね。


みなさん、どうですか、 ここだけと思っていい加減な言動を繰り返してると心に焼き付いて、それがあなた自身になりまっせ

信じるか信じないかは貴方次第

287神も仏も名無しさん2018/07/06(金) 22:59:55.35ID:P0R9sFw0
誤爆です、ごめん、死後の世界スレ向きだった・・・

288神も仏も名無しさん2018/07/07(土) 18:57:09.44ID:hnlwozvY
天使が仕えてくれるとしたら、どんな場合に仕えてくれるのか。
天使の使命が物質から神界を守ることにある以上、
物質的な願いは当然拒否されるだろう。
では物質的な願い以外にどんな願いがあるというのか。
 
生きているといろいろな問題に出会う。
そんな中で追い詰められ、八方塞がりになることもある。
強く自己主張しないタイプだとなおさらだが、どうしようかと悩み
苦しんでいると、偶然に問題が解決してしまうことがある。
それも暗から明への大逆転である。
  
これが天使の介入を感じる時の基本パターンだが、
死の淵に追い詰められることに、天使が反応しているような気もする。
天使に祈るとか、天使に願うとかは、効果がないのかもしれない。
精神的にどれだけ自分を追い込めるかが肝心なのかと。

289神も仏も名無しさん2018/07/07(土) 20:15:17.85ID:hnlwozvY
神に祈る??? 
神は異次元に存在するから、物質宇宙とは基本的に関係ない。
その神にいったい何を祈るのか。
自分の物質的欲望を祈っても、神は何もしないし、何もできない。
そうであれば、神に祈っても何の役にも立たないではないか。
ーー 神を知ることは決定的に大切なんだが・・・
  
天使に祈るのもスジが違う。
天使は神に仕えているのであって、人間には仕えていない。
人間が試練に勝てば、人間に仕えることもあるが、
だからといって人間の物質的欲望に仕えるわけではない。
天使は仕えたいときに仕えるのだから、天使に祈っても意味がない。
ーー 天使の立ち位置は微妙である。
ーー 中道(霊主体従)なら、物質的欲望でも認める感じがある。

290神も仏も名無しさん2018/07/08(日) 03:32:55.10ID:yaiJjBmD
ここまで読んだ

291神も仏も名無しさん2018/07/08(日) 20:28:09.50ID:Gm2K9R1W
<自分自身の不幸なら深刻に悩む>
特に祈らなくても、これが天使出動の前提条件である。
天使の任務は、その人を傷つけることなく生の側へと導くことにある。
天使はそれを中道、霊主体従によって、ほどよく実現する。
必要以上の物質的繁栄を与えるものではない。
** 霊主体従 〜 霊的なものが主、物質的なものが従ということ
 
<他人の不幸には力を発揮できない>
祈ると言っても、他人のために祈ることは難しい。口先だけである。
自分の天使が動くには、他人の不幸を自分のものとして感じ取り
深刻に悩む必要がある。しかしこれが簡単ではない。
可能性としては考えられるが、他人の不幸には基本、無力である。

292神も仏も名無しさん2018/07/08(日) 20:44:52.35ID:Gm2K9R1W
霊力によって他人の運命には干渉できない、という意味で、
この方が摂理なのかもしれない。

293神も仏も名無しさん2018/07/09(月) 06:39:53.74ID:Ozc+/s4L
神が存在し、かつ、この地上を直接支配しているなら、
なぜWW1、WW2を見過ごし、米国の原爆投下を見過ごしたのか。
  
このことだけで、神は存在するにしても、
この地上を直接支配していないと断言できると思う。
しかし、人間を野放しにしているわけでもない。
 
天使と良心、そして遺伝子が常に見張っている。
ただし個人的レベルでしかない。
それらの中枢に個人的レベルの中道(霊主体従)があるが、
それから先は人間の「自由意志」に委ねている。

294神も仏も名無しさん2018/07/09(月) 07:14:21.65ID:Ozc+/s4L
神は人間の「自由意志」を認めている。
人間が少人数で暮らしているなら、これで特に問題は生じない。
神の摂理が働いて平和な生活を営める。
だが、キリスト教やイスラム教やヒンドゥー教などの宗教洗脳の下で
集団規模が大きくなれば、人類の破滅も予想されるようになる。
 
この原因はいったいどこにあるのか。
今の宗教がことごとく誤りで、神を冒涜するものだからではないか。
今の世界状況は神のタタリではないのか。

295神も仏も名無しさん2018/07/09(月) 10:47:29.32ID:WlzMuXo+
弱肉強食の闘争原理も大いなるシステムの主要摂理のひとつなんょ - -;

296神も仏も名無しさん2018/07/09(月) 14:39:15.40ID:Ozc+/s4L
>>295
基本その通りですが、天使がそれをひっくり返します。
でもそれは、ごく稀な、個人的な出来事です。
かりに自力救済型の人間が多数いて、利害を共通にできれば、
大規模なひっくり返しも可能かもしれません。^^

297sage2018/07/09(月) 15:47:28.99ID:Ozc+/s4L
中道の意味すること
 
ビッグバンによって、命そのものと物質宇宙ができ、
命そのものから霊魂ができ、霊魂と物質が合体して生物が誕生する。
この経緯が事実であれば、生物は霊魂と物質から成るが、
どちらにも偏しない生き方を良しとし、これを仮に「中道」と名づける。
 
ところで、精神の究極に霊魂が存在するが、霊魂を見た人がほとんど
いないので、霊魂の代わりに「霊的なもの」を用いたい。
この方が、霊魂や精神的なものよりも、イメージしやすい感じがある。
すなわち中道とは、霊的なものと、物質的なものとの中間になる。

298神も仏も名無しさん2018/07/09(月) 17:43:17.87ID:Ozc+/s4L
なぜ「中道」を生きるべきなのか。
 
命そのものを神という。その神が霊魂を造り、
その霊魂が物質と合体して、人間(生き物)になる。
そうであれば、霊的なものと、物質的なものとの合体は、
神の意志ということになる。
ゆえに人間(生き物)は中道を生きるべきである。
 
*中道から一歩を進めて「霊主体従」という理由 
神は、地上を生き物の楽園にしたいから、地上を目指す。
さらに、生き物の成長や進化から、単なる中道ではなく、
生き物の霊的な成長を意図していることもわかる。
霊主体従は、この意図を汲んだものである。

299神も仏も名無しさん2018/07/10(火) 14:08:09.12ID:wZ3KHf4z
「祈」の意味
 
〔解字〕 形声。示と、音を表わす斤キン
(キは変わった音。ねがう意→幾)とで、神に願い求める意。
〔意味〕 @いの-る。いの-り。神に願って幸いをもとめる。
Aねがう。もとめる。

300神も仏も名無しさん2018/07/10(火) 14:29:59.81ID:wZ3KHf4z
かりに神(命そのもの)を父、物質(大地)を母にたとえよう。
そうすると人間は、父と母の子になるだろう。
 
このとき、子は父母に祈って何かを願うだろうか。
祈りはしない。どうしても欲しければ父母に直接言うはずだ。
祈ったりしたら、かえって父母を怒らせる。
父母に対して他人行儀だし、
父母を道具扱いすることになる。
 
神に祈ることにはもっと慎重になった方がいい。
祈りが聞かれないばかりでなく、神の怒りを招きかねない。
安っぽい、口先だけの祈りなどもってのほかである。

301神も仏も名無しさん2018/07/10(火) 14:57:49.98ID:wZ3KHf4z
いま西日本の豪雨で大変な被害が出ているが、
全国のキリスト教会はいったい何をやっているのか。
祈りの効果などまったくないではないか。
偉そうなことを言っても、役立たずなことおびただしい。
まるで神社仏閣並みだ。
 
他方で、個人的にボートを出して救助活動をする人々もいる。
口先ではなく、こういった勇敢な行動が人命を救う。

302神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 03:10:55.13ID:oZzvhBsT
ほんとバカだよね。
なにもわかっていない。

303神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 08:32:12.15ID:INGfqXv9
祈りの歴史は古そうだ。
人類はそれこそ、歴史のあけぼのから祈っている。
それはたぶん、言葉の歴史と重なっている。
言葉のない動物に祈りがないことからもわかるだろう。
 
言葉はもともと、事物や行動を指し示すために誕生した。
事物や行動があって → 言葉がある。
それがいつのまにか、言葉があって → 事物や行動へと転倒する。
ーー 転倒のきっかけは、動詞活用のひとつ、命令形かも。
  
この転倒から、言葉には事物や行動を生み出す力があるという妄想が
生まれる。この転倒妄想こそが人類特有の精神病の原因である。
言葉のない動物に精神病がないことからもわかるだろう。
残念だが、祈りも言霊信仰も・・・。^^

304神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 08:57:35.02ID:INGfqXv9
こんな感じが理想ですね
 
普段の心がけは、人事を尽くして天命を待つ
神への思いは、絶対帰依、絶対信頼、すべてよし
ーー 神にすべてを委ねきる

305神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 11:00:19.99ID:Ax82KccK
  あるかも知れない死後世界に備えて 🐼  

人生の目標を「魂(心)磨き」に定めておけば
幸福な人生を送れる確率が高くなります (^こ^) 

【^J^】< 魂(心)磨きを心掛けましょう >【^c^】

   _/ ̄ ̄\_
  //      \ヽ
  fY          Y|
  | |   /\)(/ヽ | |
 (V <・)| (・> V)   
  |  ー |  ー  |   
  | \   ^^   / |    輝く魂は
  \ ヽ /\ / /    この人生をも照らします  
   /\____/\
   | |  VL∧/  | |  

306神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 17:35:33.62ID:INGfqXv9
中道を生きる
 
欲望に従った物質中心の生き方は間違っている。
かといって、欲望を否定した精神中心の生き方も間違っている。
人間は、霊的なものと物質的なものとで存在するのだから、
そのどちらにも偏らない中道を生きるべきである。
 
だがしかし、そういった考え方だけでは中道を生きられない。
霊的なものを知らなければ、中道の意味がわからないからである。
中道を生きるには、霊的なものとの出会いが欠かせない。
そういった出会いがないと、だいたい中道を生きようとは思わないし、
中道を生きることも五里霧中になってしまう。

307神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 18:00:16.46ID:INGfqXv9
かって神との出会いをしたとき、昼間なのに、目を開いているのに
突然目が見えなくなり、次の瞬間、頭の中に漢字の「中」を横倒しにした
ような図形が一瞬浮かび、その直後に「命の雫」が一滴落ちてきた。
 
横倒しの「中」の意味はすぐに理解できた。
霊的なものと物質的なものとで、人間が成立している象徴である。
それも物質には意志が欠落しているから、
ただの中道ではなく「霊主体従」という意味になる。
 
私の場合、中道という生き方自体が神秘体験に根ざしている。
頭の中で考え出したものではない。

308神も仏も名無しさん2018/07/11(水) 18:32:54.47ID:INGfqXv9
大乗仏教、龍樹の「非有非無」は中道ではない。
なぜなら、非有→無 であり、無は否定できないから 非無→無、
これを空というらしいが、結局そこには何もないことになる。
空(無)では、現実を生きて行く指針として役立たない。
 
釈尊は、悟りのために、安楽な暮らしも過酷な修行も誤りだから、
どちらにも偏しないような中道の大切さを説いた。
これに対して大乗仏教は、無意味な空(無)を中道だと説いている。

309神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 00:13:38.76ID:ACHaRjel
現実とは ペラ つまり 無限抽象である (^こ^)  また新語やね >🐼w

310神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 07:23:46.13ID:nh9tNvGC
『論語』 巻第六 先進第十一
 
子貢問う、師(子張)と商(子夏)とはいずれか賢(まさ)れる。
子の曰く、師や過ぎたり、商や及ばず。
然らば則ち、師はまされるかと。
子の曰く、【過ぎたるは猶(な)お及ばざるがごとし】
 
ーー 儒教にも中道(中庸)があった。 ^^
ーー 孔子は、凡百の宗教より、学ぶ価値がある。

311神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 08:21:09.77ID:nh9tNvGC
>>303 の続き
ーー 転倒のきっかけは、動詞活用のひとつ、命令形かも。
 
命令形の始まりは、親→子の関係にあるのだろう。親にすれば、
子供は言葉で命令できる相手だし、言葉が通じれば子育てが楽だ。
だが落とし穴もある。言葉への依存と子育ての手抜きが、
子供の精神を次第に歪めてしまう。

312神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 09:27:05.84ID:nh9tNvGC
子供は親の鋳型のようなものであり、
成長すると、今度は親からされたことを他人にやるようになる。
しかし、それでは対等の人間関係ではうまくいかない。
他人との関係は、親子の命令→服従の関係ではないからである。
 
対応@ 同じことを何度も繰り返して心の傷をいっそう深くする。
→ 精神病へ直行?
対応A これ以上傷つくのを恐れ、周囲との接触を減らす。
→ 引きこもりや、ドロップアウトなど。
対応B 命令をあきらめて、服従の側に積極的に身を投じる。
→ 宗教(聖職者→信者)、上下関係のある組織へ。
対応C 服従できる相手を探しつづける。
→ 神の発見 → 言葉による転倒妄想の必然性を理解する。

313神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 10:59:31.06ID:nh9tNvGC
この中で問題なのは、対応Bの宗教(聖職者→信者)だろう。
聖職者は全員、ウソつき、詐欺師、ペテン師だと思って間違いない。
言葉を操って、命令→服従の関係を利用し、命令する側に立とうとする。
自分が親の立場になり、信者を子の立場にしようと常に試みる。
かれらの偉そうな口ぶりや態度はここから出ている。
その見返りが多額な献金や奉仕である。
  
@とAとCは、ウソの無いストレートな反応だが、
彼らに必要なのは、「中道」という処世術だと思われる。
なんにしてもほどほどでよく、それがベストでもある。
完璧主義を捨て、ほどほどに慣れる。
だらしなさも美徳、と構えられたら気楽かもしれない。

314神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 16:21:54.05ID:ssaTdn4w
もはや臨死体験スレとは何の関係もない、
個人的なメモ帳の場と化してしまったようだ

315神も仏も名無しさん2018/07/12(木) 23:52:36.57ID:ACHaRjel
体験者はこういうスレで語らない気もする - -;

316神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 00:47:53.76ID:g79Qlj8o
我思う ゆえは不可知に 我も不可知に w

317神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 07:06:19.89ID:maTcAriU
服従は、従順や信者の子供扱いに言い換えられる
 
どんな宗教でも聖職者は神の代理人を自称する。
ーー かりに神を自称していたら間違いなく精神を病んでいる。
かれら代理人は、信者に神を信じさせ、献金や奉仕を中抜きする。
この中抜きが最初からの目的である。
代理人の、だれ一人として神を知らないのだから。
  
(子供を祝福する) マルコ10:13−16 
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。
弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、
弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。
妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。
はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、
決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、
手を置いて祝福された。

318神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 07:27:46.55ID:maTcAriU
ローマ書1:5
わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を
信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました。
 
ローマ書16:25
この福音は、世々にわたって隠されていた計画を啓示するものです。
その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの
書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に
知られるようになりました。
 
ーー イエスは人間を生き、今は死者の霊となって霊界にいる。
ーー 旧約の約束は、ユダヤ人にイスラエルの地を与えるというもの。
ーー 信者に死後、天国を与えるというものではない。
ーー イエスは旧約を信じたユダヤ教徒だった。
ーー これは、パウロがキリスト教を発明したことの決定的な証拠!

319神も仏も名無しさん2018/07/13(金) 13:59:25.63ID:maTcAriU
*キリスト教の儀礼の目的
信者を子供扱いして従順にすること。→ 信者は子供か!
自分たちの教会の羊として囲い込むこと。→ 信者は家畜か!
 
洗礼 〜 証人である信者たちの前で、自分から使徒信条を唱え、
聖職者に跪ずく姿勢を取らされたうえ、頭に水を振りかけられる。
こんな屈辱的なことをされたら、もう簡単には信仰をやめられない。
 
聖餐 〜 日曜ごとに、パンとブドウ酒でイエスの体を食する、
人肉食ゴッコをやらされる。これで、イエスとのつながりを確認させ、
さらに秘密の共有によって仲間意識の鼓舞にも役立てる。
いかにも子供っぽい仕掛けとしか思えないのだが・・・。^^
 
按手 〜 教師になるには、上級の教師から按手を受ける。
上級の教師を前に跪き、両手で頭を押さえつけられるらしいが、
こんなことをされたら生涯、この人には頭が上がらない。

320メリーバッドエンド2018/07/13(金) 15:37:59.52ID:5O7VBKFm
>>286
また根拠のない有象無象の雑魚オカルトか。

321神も仏も名無しさん2018/07/14(土) 14:09:24.84ID:JgkwAW0M
聖書の中の、一元論と二元論
 
一元論〜神は「言葉」で天地を創造する。創1:1-2:3
ーー 宇宙も生き物も神の言葉から造られる。
ーー ヨハネ伝の冒頭「初めに言葉があった」に継承される。
 
二元論〜神は泥人形に命の息を吹き込んで人を造る。創2:4-7
ーー まず天地を造り、次に命の息で人を作る二段階創造説である。
ーー 一元論とは微妙に異なり、命の息と泥人形を区別している。
ーー その区別は神と天地の区別へと逆照射する。
ーー すなわち、神と天地を区別する思想の萌芽がそこにある。
ーー 神→人間←天地(物質)という構造である。

322神も仏も名無しさん2018/07/14(土) 14:55:29.63ID:JgkwAW0M
(思いついた数例ですが)、聖書の中の二元論
  
コレヘトの言葉 12:7
塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る。
 
マタイ伝(下記には二元論的な認識が読み取れる) 
幸い 5:3−10
天に富を積みなさい 6:19−21
神と富 6:24
思い悩むな 6:25−26

323神も仏も名無しさん2018/07/16(月) 06:30:03.97ID:rnJBcRuy
聖書は神の一元論である 創1:1-2:3
神と言葉? → 精神病患者の妄言を連想する。
天地創造が一週間? → あまりにも荒唐無稽なので却下。
 
二元論を思わせる神話もあるが 創2:4-25
最初に天地を造った(2:5)以上、やはり神の一元論になるのだろう。
男のアバラ骨から女を造る? これも荒唐無稽すぎるので却下。
 
事実無根。聖書の最初の最初がデタラメすぎる。
こんな馬鹿げた話を信じる人間のあまりの愚かさに慄然とする。
聖書の転倒妄想に、信者の転倒妄想が共振するのだろう。
キリスト教は病的な精神を思わせる。^^

324神も仏も名無しさん2018/07/16(月) 09:00:13.30ID:rnJBcRuy
精神を病んでいる人が神や天使や天皇などを名乗るのは、
自分を大切に扱えというメッセージなのだろう。
だから、偉い人であることを否定されると怒り出す。
そういう人が自己主張を始めたら、周囲は説得不能である。
要するに、自分を通したいがために病んでいるのだから。
ーー 熱心な宗教信者も似たようなもの。
 
妥協したり、距離をとったり、ギブアンドテイクなどの交渉術がない。
時には損をしたり反省することも必要なのに、それができない。
その挙句、精神のバランスを保つために偉そうな名前を口にする。
ーー 信者にとっては団体名や教祖の名前も印籠である。

325神も仏も名無しさん2018/07/16(月) 09:45:39.29ID:rnJBcRuy
ただし聖書にも弁解の余地がある。
いまから2500年以上前の話であり、当時から現代に到るまで
世界を解釈する際の、一方の旗頭として貢献して来た。
 
バラモン教の聖典であるヴェーダも似たようなものである。
3000年〜2500年の歴史をもっているが、要するに神を動かす
ための祈りと供儀の手引書である。神を道具視するのも同じ。
 
それに欠点も多いが、啓発される言葉や話も数多くある。
バラモン教もそうだが、神官たちは麻薬を常習していたようである。
日本の神道も大麻を使っていたようである。
宗教と薬物との関係は世界中至る所に痕跡が残っている。
古くから薬物によって神秘体験をしていた可能性は否定できない。

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