坐禅と見性第118章「大道無門、千差路有り」

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> そうなんですかねぇ  無我は  何を言っても変わらない真理だと思ってみたりもしますがねえ 』

無我は 真理(さとり) そのも です。

真理(さとり)
真理と言いますよね、
真理とは、
法、ダルマ とも言います。

我の太極として無我、と言えば、そこには 無我が存在してしまうでしょ。
だから、真理(さとり)は ことばではいいあらわせないものだ、といいます。

これは、悟らせるための 重い槍 思いやり、です、色即是空です。色即是空をどうやって悟らせるか。
この難問、に立ち向かわせる為に、
古佛たちは、公案を与えます。
わたしは 師独悟(むしどくご) 独覚(どっかく)「ですから、お寺とは無縁です。

アメリカ人、僕しか神父が公案に取り組んだが、決客、わからなかった、と言う本を読み、その後を引き継ごうと、取り組んだのです。

良くないと言われている 師独悟(むしどくご) 独覚(どっかく) ですから、ね、だけれども、ガウタマ・シッダールタさん と マブダチ になったよ。

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