なんちゃって覚者✴気づかない教.2

1神も仏も名無しさん2017/12/09(土) 06:39:12.09ID:121v+9we
悟りと非二元に関しておしゃべりしましょう!

なんちゃって覚者とは、既存の宗教、宗派の教理に適合しないのに、悟った自覚があり、自信もある人たちのことです

気づかないとは、あるがままの事実を取り上げず、そのままにあることです

悟り、非二元、等々に迷いがない人は、ここには用はないでしょう

お花畑、妄想、という批判はご遠慮ください

あと【悪魔からの批判】は受け付けておりませんので、よろしくwwwwww.

157神も仏も名無しさん2017/12/24(日) 17:23:11.91ID:CRQRsHcl
155.
キリストが湖上を歩く。
人間ならばあるけない。
だからして、人間ではないことになる。

158日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/24(日) 19:33:27.00ID:HmA5jaW1
>>157
方便やね。

1592017/12/25(月) 07:21:24.38ID:HGMMXCMd
>>156
>想定外のクリスチャンの切ったカードを公案禅ならば・・・と修行した笑。
なにをいわんとしているか、わかりませんが。
汝も彼も、疾風の如し。
土の人が、風にあおられて、踊っているのでしょう。

適当ですw

160神も仏も名無しさん2017/12/25(月) 09:19:40.48ID:Vg8rxV0o
余談ですが、これも一種の宗教みたいなところがあるので書きますと、アミューズメントメディア
総合学院のアニメータ科の内田順久のいうことは絶対聞いてはいけません。
学べるのは本当に一部分の技術だけです。内田は過去にアダルト作品を作っていますが
どれもインポみたいな作品になり失敗しています。内田は潔癖症ではありません、インポです。
その上モテません。
アダルト作品を作ろうと考えてる人は特にこいつの言うことにしたがってはいけません。
インポにされます。

161神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 00:34:15.05ID:4ST10903
所詮は凡夫なので完璧な人にはなれない
そうなのだけれども、阿弥陀如来や、主である神様、大日如来やアマテラスによって、
もしくは、そのような偶像をおかないのならば、智慧の光によって、この、どうしようもない悪人を落ち着けていくことができるだけである
これは世を超えている笑

ハレの気持ちを運ぶ、仏様のような人たちは、世の中にたくさんいるなあ

162神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 00:40:00.72ID:4ST10903
苦しんでるのは己であって、その苦しみによって他者が、苦しんでいるわけではない
また、他者の苦しみは、その人の抱えた評価によってあるのであり、そのことを引き受けてしまう必要もない
思い煩いをとってしまうことが、宗教の目的であるのだから、それを真理かどうか、問うことも苦しみであるのなら、捨ててしまえばいい
ハレの気持ちである
ハレのこころで、過ぎ去るものを、そのままにしておいたらば、苦しみの追いかけることはないだろう
単純なことではあるが、自分を許すことは、なかなかにできないものなのだ
罪悪感さえとれれば、幸せになれる

163神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:03:26.99ID:4ST10903
なんと愚かな人間であろうか
と、自らを責めているのが、苦しみの元であり、また失われてしまった物事を、取り返しがつかないことに思い至って、さらに苦しむのである
この精神活動に終止符を打つ
それは、自己の抵抗の終了の時刻である
自己は手放して、光をもってこよう
なぜなら、その罪悪感によって、暗く淀んでいるよりも、光によって私が何もしていない方が、周りが生きるからである
周りが明るくなることによって、少しでも罪滅ぼしになっていくかもしれない
悩んで正そうとしても、知れている
所詮、この小ちゃい頭で立てた策略など、たいしたものではないわいw
己の世界を光に満ちさせることで、周りが明るくなるならば、悩み苦しみが払われるならば、それがせめてもの、罪滅ぼしである
まあ、少しでも、償おうではないかw

164神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:09:38.49ID:4ST10903
悟ったなどというとよろしくない
人はそのようなことに目くじらを立てるので、争いの元になるからw
悟りなど知らんとして、その実質の、己の光の質によって、周囲を照らすのだ
悟りに悩んでいる人がいるから、悟りがいるのであって、本来は煩悩からの解放である
煩悩の休息が、悟りなのだから、悩みさえ取ってしまえば、仏さんのようなものだ
そのような活動をしている人たちは、普通の世の中でも、たくさんいらっしゃる

165神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:14:34.15ID:4ST10903
人が怒る
その怒りの元には、様々な原因があるだろうけれども、自分が、のこのこと、それを取りにいっても、新たな苦しみを生むだけだw
そのような意識に突き刺さる怒りを、透過させてしまうことが大切である
その透過させるのは、悟りの世界にあることで透過させてしまうのだ
つまり、認めることをしていない
すべて、投げ出して、掴むことがないことで、怒りを、溶かしてやる
このことは、悟ったなどと述べなくとも、可能であるので、争いを生まない

166神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:23:35.48ID:4ST10903
過去にハジが出会った教師の人たちは皆
安心させることのできる人たちであった
これは、その人の存在の質が、周囲を照らすことで、もたらされたものだった
つまり、これは、その空間における精神の流動の中で、ある存在が、重いものを、消失させてしまっていたのだろうと思うのである
このことは、ひとつの世界を生きている中では、かなりの影響を及ぼすと思われる
怒りのキャッチボールが、続く中で、一人の人間が、それをポーイと消して歩く
その分だけ世界の怒りの要素が減ってしまう
もちろん、体からくる怒りがあり続けるので、完全になくなることはないだろうけれども、少なくとも自己の周囲においては、落ち着くことが多くなるのである
そういう活動は、私が、出かけるのではなく、引っ込むことでなされるだろう

167神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:30:49.65ID:4ST10903
>>166
まず、この光の鏡において、集中、解放、そして光度の維持と増加をすることが、明らかに、その空間の精神流動に効果を波及させる
なんの理由があろうとも、この光源を断つことをせずに、明鏡止水である
滑らかで、クリアーな、そのひとつの意識の質を保持しながら、強い怒りを、打ち消してしまうのである
元気になるだろう
つまり、あなたが、光度の維持と増加を図ることで、他の人まで、その影響を受ける
これは間違いのないことである

168神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:34:51.27ID:4ST10903
こうであるのだから
あなたを取り巻く状況が、如何にも尤もらしく、己を闇に引きずりこもうとしても、理由を受けてはならないのである
思い煩っていることが、自然だと錯覚しているわけなので、その罪悪感を打ち消すことが必要になってくる
なにがあろうともハレであるw
ハレのこころであることが罪滅ぼしになるのだw

169神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:37:39.03ID:4ST10903
ハレの心は自分ではもってこれない
そこで、自分が活動を休止して、その意識の光の元にいなければならない
私がやっているのではなく、その、世界の大元である意識が、この、闇の沈殿した重苦しさを晴らしてしまうのである
私は弱い
しかして、この光源は、破れることがない

170神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:42:13.51ID:4ST10903
意識の光と、精神の静けさが、ありとあらゆる苦しみを透過させている時には、取ることがないので、すべて、過ぎてしまうものなのだ
自己が登場して、よろしくないことに、手をつけると、もう、どうしようもなく苦しむ
自己の意思は弱いので、他者の苦しみを打ち消すことなど、とてもできるものではない

ただ、この己を超えたものだけが、怒りの流動性すら打ち消してしまうのである

171神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:50:31.32ID:4ST10903
なにとも捉えないことで、この、光が、眼の中に輝きだす
そして、世界をひとつの意識として、抱きしめることで愛が溢れ出す
それが慈悲の力である
わたしは、別れてあると思うことが、世界を遠く離れた物としてしまっているのだ
世界は、全くわたしの心であり、その心は胸にある空洞から写っており、その、世界を包む意識が、光として世界を抱きしめるならば、ひとつにあることの至福が、あなたの存在を、消化させてしまうのである
世界はひとつであり、その同じ意識を、皆が、生きているのである

172神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:55:36.83ID:4ST10903
わたしの意識だと思っているこれは
他の人も、全く同じ意識を生きているのであるからして、世界はひとつなのである
その生命の膨らみに映るものごとが、異なっているので、違うと錯覚しているのだ
ひとつの球体を、みなが、生きているのであり、その、内容物の違いは、意識点の場所の問題にすぎないのである
それだからして、あなたの影響が、世界にモロに現れてくるようにできているのだ

173神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 01:59:55.88ID:4ST10903
ある星から宇宙を眺めるのと、他の星から眺めるのでは、その風景には、違いが出てくるのであるが、同じ宇宙を見ているのである
そのようにして、ある人から見た世界は、他の人の見る世界と異なっているのだが、全く同じ意識に映るものを目にしているのだ
全く同じものを生きているのである
それだからこそ、あなたは、全世界と同時に成道することになるのではないだろうか?

174神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 06:35:35.43ID:4ST10903
生きてあって恐れがないことなどありえようか?
生きてあって罪科のない人などひとりとしてありうるだろうか?
こころの混濁して苦しみが次々と襲うことは、普通のことなのではないだろうか
もちろんハジは普通よりも酷いことはわかる
その罪や恐れが、続々と、苦しみをもたらす、自己の働きに、光を灯す
この光は、止まることで、テラス
自己がどうにかしようとしても、どうにもならないから止まるのである
休み諦めるのである
どのようにしてみたところで、所詮は、こんな人間なのだから知れている
しかし、この光によって自己の苦しみが癒されるならば、ともかくも精神面における悩みは、軽減されることは違いない
恐怖はあるが、それが、ぞくぞくと流れて行く
不安もあるが、それが、止まらず、ゆき過ぎる
罪科もあるが、それが残らず、洗われてくる

この働きの中でわたしの混濁して、慄くこころが、刻々と、消化されつづける
消化され続けるから、明るくなってくる
消化され続けるから、静まってくる

そして、何も求めなくなれば、不完全なわたしと、不完全な世界が、そのままに、問題ではなくなってくるのだ

不完全で、そのまま、そこに光か当たる
完全なる人格は必要とされていない

わたしにはどうしようもない
もう
この止まることによってある風景の光度を増すところで、洗われているしかない
そこでは一息つけるからである

苦笑

175神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 06:51:15.67ID:4ST10903
安心して世界を抱くならば
そこには、非常に落ち着いた安らぎがある
世界と自己の敵対関係が、埋まらない心の渇きの原点だからである
不完全な世界と、不完全な自己
この誤ってあるような不完全性の中で、なんとかしようともがき苦しんでいた動きが止まる
諦めてしまった
もう苦しすぎて、その、ことには耐えられなくなったので、止まったのだ
すると、この世界は、自己の対応物ではなくて、そのまま、なんとも言えず自己である
自己そのものが、世界と別れてはいない
この心こそが、世界なのであり、世界はそのままこの自己の働きなのである
そのものを抱くというのは、自己が自己とひとつになるようなものである
このときに、不安や悲しみが消える
安らぎが訪れる
そうして月を見れば煌々と
風は清新
あらゆるものが、自ずとあって、ゆきすぎるから悪が亡び去るのである
淀みなく澄み切ってしまえ!
何かを手にしようとしなければ、不可解で、不完全なままで、悟るのである
なにも手にすることはない
あるものが不完全なままで、問題にならなくなるだけである

176神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 07:12:19.30ID:4ST10903
渾然として一体である世の中で
我とそれ以外のものごとが、すべて、不完全にして、滅び惑い、苦しみもがいている
思い通りに理解しあうことはできないし、生活も潤うことはないし、欲しいものが手に入ることもないき、愛に満たされることもなく

渇ききっている

そういうわけなので、もう、なんとかしようと働きかけることを諦めてしまった
もう、これ以上は、どうすることもできないのだから、不完全で、迷惑な自己のままで、止まってしまうことになってしまった

するとあるものは、あるがままに、そこにあるのである

なんであるのか?

なんであるのかは知らない
もうそこに自己からなにするでもなく、あるようにあるのであって、どうしようもない

なにかムッとした人がいても、それはそれで、もうそうなのだから、いけないと動き働きかけることが止む

風景の光度、が、増す
なんかこの、あるものが、あるままで、深くなる

そのまま、不完全なままで、完全なることが、通り過ぎてゆく

わたしは、それをあるがままに、生きているだけである

そうしようとしているのではない
そうしようとすることがなく、あるがままに生きられていく

もちろん完全な人格などないwwwww

177神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 07:27:07.64ID:4ST10903
このようにすることが悟りである
とか
このように高められた精神が救いである
と皆さんが、言われている

そのように高められたものにはハジはなれなかったのである

そして思うに、そのような恐怖も不安もなく、罪科もないような人間はひとりもいないはずである

精神があるのだから、当たり前であるw

まるで超人のように、すべてのことを凌駕した精神などあるわけがない

恐れや不安が、あるが、それが自己を捉えることなく、過ぎていく
罪科があるが、それが、不完全なままで、受け入れられていく

ムッとした人や怒れる人たち
暴力や利権に群がっている人たち
己の欲望に振り回される人たち
もちろん、これは、わたしである

その罪人である私が、もう、どうしようもないのだから、諦めてしまう

いけないことだろうけども、いけなくても、そうでなくとも、もう、そうあるものを、どのようにしても超克できないのだ

なんとかしようとする
出来事に働きかけていた、この、わたしの働きが休んでしまう

もう手をつけることはしない

どのようにもしようとしていない

それが不完全でありながらも、そのものを許しているときなのであり

世界を抱くことなのであり

渇きが癒されることなのである

おのれが止まる

これが、起こったことなのだ
たぶん、悟った人は、止まったのである
働きかけがなくなったのである

178神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 07:51:41.99ID:4ST10903
光と書いてあるが
風景の光度が、意識の照明が
上がり
この、迷いの心が、その光によって洗われていく、洗われていることである
止まることで、そうなるのだ
見ることが止むとは、止まることなのだ
己の動きが、休むことで、そうなるのである

179神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 08:20:13.54ID:4ST10903
禄でもない人間である
迷惑千万な人間である
とても行き場のない男である
自分だけでは救われようがないのである
それだからして、お手上げするほかない
自分で自分を掬い上げるしかない
静まってからになってるしかない

たかが知れた人間なのだw

1802017/12/26(火) 14:32:17.10ID:UbiCHde4
>>162
面白い、せったん語録あるよw

229 :せったんmyoejoe:2005/12/17(土) 10:39:35 ID:A2xPeP3M
妄想が悪いんじゃないんですよ、妄想=世間です、いずれ自分独特の発明なんかないんです、
お客さんをどう扱うかの問題ですか、軒を貸して母屋を取られる馬鹿とかね。

181神も仏も名無しさん2017/12/26(火) 21:46:33.75ID:4ST10903
>>180
妄想=世間?
軒沸かして母屋を取られる、、、
ふむう
難しいことw

182神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 03:57:39.77ID:JMWgMdvA
嫌なことは無い方がいいし
好きなことは多い方がいい
だけれども、そのように調子よくないw
そこで悩みます
悩むのはまあ、いいんでしょうけども、あんまりにも重苦しくなって、自分を責める
これがいかんのですw
いや、ある程度ならいいんですよ
当然、反省すべきはしなければならないのだから、悩んで成長していくわけだ
このときに今の風潮は、過ちがあったら完全に自己責任とするので重くなりすぎる
そこで鬱の人も出てくる
できのいい人はいいけども、ハジみたいなんだと不味いw
そこで、もう止まるの秘儀を使うしかない
この秘儀は、再生してくる思考の渦巻きの中で、溺れないようにするのだ、笑
要するに心のなかに光を射すことである
これは、ぼくのように悩んできた傾向のある人がいたら効果覿面なのである
まず、動きを止めるのである
自分が動いているから苦しくなっている
是非や評価をまったく外して、たんに、ココロが透明にあるようにする
このココロは目の前にある世界なのだ
そして、そのココロに光を射すのである
光がなくては、救われないのだ
まあ、エリートの人は評価の世界で救われるので放っておいてもよいだろうwwww

183神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 04:17:11.29ID:JMWgMdvA
波打っていた水面がスーッと平らになるようにして、静かにする
思いが向こう側に動いていかないように
思いはドンドン再生してくるけれども、感情を伴っているはずである
それに、気づかないかのように、ドンドンこの、水面の向こうへ消化させてしまいます
どんなに重苦しいことでも、放っておきます
放っておくことは良いのです
そして、ある程度、澄んできたら、目の前の空間全体が、少し明るみが増してきます
これは、心が落ち着いたので、そうなっているわけですが、今度は、その目の前の光が、もっと光度を増す技を使います
上空に透明な清新な、それでいて、柔らかで、微笑ましく、ニコリとしたような、そのようなイメージの門、もしくは、空間を創出して、そのところから、この目の前の全存在が、洗われて、ドンドン光を増していくようにしてくださいw
うーん、ちょい個人妄想入りすぎかなあ

まあでも、この光が、透明な心の輪にキランキラン降り注ぐ技は、使えますよwwww

悟りとかではなく、精神衛生上、非常に楽になっていくのです

それで、この、光の感覚が、わかってきたら、なんとかして、そこへ持ってきます

なかなか難しい
なぜなら、普段の取り憑いた感情が、自分のものだと錯覚しているからなのですw

184神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 04:28:21.75ID:JMWgMdvA
負の感情は、自分で作りましたか?
たぶん、誰かの言動に接したときに、その意識の棘が、あなたの意識に刺さったのでしょう
感情の交換です
毎日毎日、感情の交換をしていて、ある人の苦しみをあなたは背負うことになる
ところが、ここで、不思議なことに、この相手の感情を自分の思いであると錯覚する
そうなると、この、感情の支配にドンドンと責められて、まあ、気力が尽きていきます
元気がなくなる
この元気というのは、舐めてはいけませんw
元気があれば、なんでもできる!
ですw
あなたは騙されているみたいなもんです
この感情の消化こそ秘儀ですw

その感情を他の人に分けてしまわずに、消してしまうことが、凄まじい偉業なのですwwww

天空から降り注ぐ光の波によって、眼前世界を洗うことと、静まって動きを止めたココロによって、消してしまえ!

悪いことではありませんw
いいことなのです!

あなたが、この感情を消して元気になるなら、世界から負の感情が、減り、良質なココロが、増したのですw

なぜなら、分断されないからです我らはw

185神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 04:34:58.79ID:JMWgMdvA
だからと言って、この感情の発露をしてしまったとしても気にしなくもいいのですw
とにかく世間のいうことは置いて、まず、ココロが静まり、眼前世界が、輝くことを優先したらいいのであります

この、ココロの質が極めて重要だからです

もちろん、つねに変わらずあるわけではありませんので、ずっと、ここに照準を合わせなくてはなりません

けっこう難しいですw
しかし、ハジが思うに、これ以上ないw

この透明な心に光が舞うことが、人生の運命にすら影響するだろう

186神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 04:45:24.50ID:JMWgMdvA
平常心コレ道
平常心
この心が仏だという
常に平らな心だろうか?
落ち着いて静まった心のことだろうか
そのココロが眼前世界だったら
つまり、意識の光は、世界の光なのだ

そうであるからして、この、心が、どんな理由があっても、闇に支配さしてはならないのである

尤もらしく奴等はくるからねw

とにかく、光に満ちて明るい
これがあれば、
よいのであるので、それを邪魔するものはすべて悪魔たちだwwww

光こそ、己を照らし世界を照らす、この光こそが、救いになる

これは意識の光である

187日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 04:48:23.07ID:b3nXGvGn
>>183
うん。途中で妄想入ったねw
入りは整ってるよ。

188日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 04:53:02.82ID:b3nXGvGn
>>186
不生不滅。

煩悩を"うまずめっさず"
怒りを"うまずめっさず"

平常心の維持だけでは人の想いが見えない。

189神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 04:54:12.77ID:JMWgMdvA
どんなに、正当に思える理由があっても、心を闇に支配させてはならないのだ
それが悪魔たちたのだからw
どんな理由があっても、光にあらわれている
この理由、わけ、常識などは、こころの動揺いかんで見ればいいだけだ
あなたを迷わせて苦しめるのは、見解なのだw
そして評価は、その最もたるものである

しかして、静かに透明になったココロに照らされた眼前世界に意識の光、神々の栄光を注ぐことによって、かならず、ひかりは勝つ

光は負けたことがない

かならず、このひかりは、安らぎへ導く

あなたが苦しまないと困る存在がいるのだが、そのようなものは、悪なのだw

190神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 05:09:13.00ID:JMWgMdvA
>>188
ふむふむ
人の思いは、いきなしガツーンとやってきませんか?
鬼子さんがいたら、ガツーンともう、即座に、喋らなくとも、いきなし、ドキューンと、語りかけてきます
それでハジなんかは動揺したり、喜んだり、まあ反応しとるわけです
そこで、この動きを、無視るわけですな
無視るというと悪いことのようですが、まあ、注目しないとでもいいますか
スイッチが、人ではなくて、光になる
ひかりのオンオフ
要するに、ひかりがあるかないか
の方が人にどう対応するか、反応しているかよりも大事にする
そうすると、まあ、自分勝手のように見えますが、しかし、この心が、人の感情から影響を受けて、それを、またもや他へ当てると、悪循環なのですw

191日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 05:10:00.86ID:b3nXGvGn
>>189
ナイス!

192日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 05:13:48.90ID:b3nXGvGn
>>190
書いてみる、読み直す、己を知る。
良いトライだと思うよ?

評価なんてギャラリーに任せれば良いのさ。
他人事。

193神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 05:36:05.16ID:JMWgMdvA
書いてみましょうw
丸い円状に世界を見て、そこに写っている物事をここに見ずに、全体的に見るとき、そのようなときには、世界は私に何もできません
ところが、そのようにあるときにも、他者、つまり人間だけは、その、輪の中へ入ってくることができるのです
そこで人に注目をしてズズズーっと世界の個別的関係性へと引きずりこまれると、今度は人にばかり注目が集まるようになり、その個々の人たちとの感情の交換によって、私の精神が、流動していくようになるのです
そして、その感情の要素は、見た目や人柄などとは関係ないところで、個々人の重さをもっているようなのです
人当たりの良い悪いとは関係ありません
そこで、この、感情を受けると、即座にわたしは、それに反応して、心の中で、喜びやら悲しみなど、様々な動きを見せるのです
この動きの中にいると、わたしは、受け取った感情、または自らの肉体の調子やら、出来事の不正などから自然発生的にでてくる感情とブレンドされた、私個人の感情をもち、それをまた、他者へと還元していることになります

この輪から出られないことで、苦しみを断つことができないでいるのです

194神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 05:45:21.43ID:JMWgMdvA
問題は、わたしが、負の感情をばら撒いてしまうことが頻繁に起こることなのです
この負の感情には確かに原因があり、そのように深刻な気持ちを発生させるのも自然なことのように思えるのですが、、、

しかし結果的に、それは他者の食べ物になってしまうのであり、他者は、またもや、それを他にも当ててしまうので、私個人の、気持ちの流れが、かなり広範囲に広まってしまうのです

まあ、体の調子やら、出来事の良し悪しなどの多様性があるので、まったく、そうなるわけではありませんが、明らかに影響しています

ですので、この負の感情を、光によって消化して、明るい、気持ちにしていることが、煩悩の滅尽にも、効果を及ぼすのですw

ハレの気持ちにさせること
悩み煩いをとってしまうことが、
良いことなのであり
それは、全体的に波及していると思うのです

195日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 05:51:41.12ID:b3nXGvGn
>>193
文章に社会的な歪みが出てますね。

鬱・不眠は外因です。
解消されない悩みやストレスが原因。

出れない輪ですが、第三者評価は所詮他人事と、切って捨ててしまえば出られませんか?

196神も仏も名無しさん2017/12/27(水) 05:55:41.64ID:JMWgMdvA
そこで、心の動揺を静めることが、必要になってくるのですが、ピターッとくっついた感情くんは、なかなか剥がれませんので、技を使うしかありません
それが世界から離れ去ることであり、思いから離れ去ることであると思うのです
理由、とか、善悪の価値観が、これを阻害しているものなのです

だから思い切って、光を、最重視して、それを遮断するものは、すべて悪である

と、このように見れば、見解の悪魔たちも手を出せなくなるでしょう

どのような理由があっても、こころを乱し、悪想念から闇に引きずるものは悪である

こうすることによって、明るい気持ちを復元して、負の感情を消す

すると、なんと、この人は、相手というか、人の感情を消して歩いていることになるのです

重みに違いがあるので練習が必要でしょうが
しかし、このようにすることは、悪いことであるばかりか、とてつもなく良いことなのです

問題は、その責めている気持ちが、自分のものだと確信していることなのです

197日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 05:57:41.27ID:b3nXGvGn
>>194
負の感情の根本に小心が有りませんか?

自分がどう評価されるかを気にしすぎてる気がします。

ただ、悪意を以て心理学を使う人も居るのでしょうがないかなー。

198日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 06:00:41.77ID:b3nXGvGn
>>196
うん。
自分で自分を騙さない様に心がけないといけませんね。

良い〆だと思います。

199パーピマン2017/12/27(水) 10:28:21.22ID:KPOPJMFZ
なあ〜〜〜〜んちゃって、なあ〜〜〜〜んちゃって、なあ〜〜〜〜んちゃって、
なあ〜〜〜〜んちゃって、なあ〜〜〜〜んちゃって、wwwwwwwww

今年も残り僅かとなりましたので、
とりあえずご挨拶をww

200ハジ2017/12/27(水) 12:28:33.68ID:O0xiaIen
>>199
ふむふむ
今年も終わりですかあーー!
パーピマン先生もよいお年をお迎えくだされw
お正月は神様、仏様にもご挨拶だよwwwww

201日本鬼子 ◆3yNEHqeJlglY 2017/12/27(水) 13:14:30.53ID:b3nXGvGn
>>199
とりあえず言っておこう。

「良いお年を」。

202神も仏も名無しさん2018/01/02(火) 07:02:02.95ID:WZrXrDLz
新年明けましておめでとう御座います!
神社仏閣へ行く
新しい年の始まりに清新な場の力によって、穢れを祓い、または、平和を願う
非常に価値のあることでありますw

是非とも新年のお参りに行かれることをハジくんはお勧めしたいと思う

うむうむwwww

203神も仏も名無しさん2018/01/04(木) 05:01:43.42ID:blVKsmwc
意志と欲求に応えることが布施だとして、世の人の欲とは自尊の念であろうか
そうだろう
誰もが我が存在の優秀であることを誇りたいと自己発言しているのだから
この部分を満たすには、こちらが、不動の神智によって、あらゆることを許すことが必要になってくる
このことの問題は、やはり、生命、財産に集約されてくるのである
仏教でいえば、我と法、我見と物惜みである
これを捨てようとしても、逆に、意識的になってしまい掴み恐る
蛇と蜘蛛
恐怖と想念は、悟りの二大問題である
この想念、恐怖が、自我を形成するのではないだろうか
そこで、捨てようと思うことをやめる
ただ何があっても、ひとつの、統一である安心のもとにあることで、この、存在の貢献はある
意見は、何の役にも立たない
今、恐怖と不安に駆られるのか、それとも静寂と無の安心にあるのか

204神も仏も名無しさん2018/01/12(金) 08:11:24.67ID:xYAemAMt
外のことは、どうにもならない
みずからが、それらのはたらきに対して離れ去ってしまうしかないのだ
いつまでも苦しみは追いかけてくる
休むことはない
そのような外界のものごとを、静寂なる点から眺めることによって世界を捨てる

捨てたところから見れば、どのようなことも、もはや何事にもならないである

醜い世はひとの心のみである

205神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 05:39:59.18ID:gN2ktuMm
自分の眼を世界から見るような方向転換した意識で、全身を照らせば、意識そのものの、円形が現れ、その中心点と、その外が現れる
この三点の連携によって、意志活動の点が、安心になる、落ちる時、世界はファンタジーになるのだw
光と音の共演
しかし、これは副次的であり、そのもの自体を維持しえないものである
肝心なところは、頭脳活動の一部、この志向する働きが休む事である
休む事で自然となるのであって、目指したり維持したりすれば消える
だれも理解しないwwwwww
まあ人気なのはわかりやすいことか

206神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 05:48:51.14ID:jOobTRhc
かなり苦戦したみたいだな

207神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 02:07:51.61ID:Mr08ufZC
>>206
苦戦ばっかりしてますよw
まあ、ある状態に固執してるからかなあ
透明な感じが好きなんだな、笑

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