【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践12 [転載禁止]©2ch.net

1神も仏も名無しさん2017/11/05(日) 10:59:31.86ID:nydeKK4F
お釈迦さまの教えとヴィパッサナー冥想に関心のある人、実践している人、
体験や変化を 実際に経験している人、初心者、先達の方々、預流果の方々、
更なる成長を求めて語り合いましょう。

前スレ
【テーラワーダ仏教】ブッダの教えと冥想の実践11
http://itest.5ch.net/test/read.cgi/psy/1425309691/

※ここはテーラワーダ仏教全般について語るスレであって、日本テーラワーダ仏教協会やそこの所属比丘についてだらだら語る場ではありません。
日本には他にも上座部仏教修道会、日本上座部仏教協会、日本ヴィパッサナー協会など多種多様な団体があります、
諸外国においてもタイ・ミャンマー・スリランカ・ラオス・カンボジアなど、国ごとの違いもあります。
そこを踏まえてご参加ください。

374神も仏も名無しさん2018/01/18(木) 02:53:36.24ID:9wBdovIz
>>370-371
スクリーン、フィルム、映写機から発する光。
映画の映像や、そこに映し出される人物たちは、上記の組み合わせで生じる現象。

観客の視点からはそれが分かるが、映像の中の人物たちには(仮に意志があった
として)分からない。

瞑想すると、自我を生みだしている構造が見えるので、無我ということが実感として分かる。
その時、自我はなくて、ただ気づく働きだけがある(無我)。

375神も仏も名無しさん2018/01/18(木) 15:06:03.11ID:57yrHKy0
スマナサーラとかは紅蓮地獄に落ちたコーカーリヤについて、コーカーリヤの何が地獄に落ちたと言ってるの?
無我を強く主張しているから我ではない、阿頼耶識も認めない、となると地獄に落ちたのは何?

376神も仏も名無しさん2018/01/18(木) 15:49:10.02ID:9wBdovIz
輪廻する固定的な主体があるわけじゃなくて、業が五蘊(常に生じては滅している)を
形成し続けているだけ、ということでは。

いまここに生きている自分自身も同様。
この自分が死んで、死んだ自分が生まれ変わるという感覚は、自我が実態として
あるという前提認識に基づく発想だが、その前提自体が勘違いだからな。

377神も仏も名無しさん2018/01/18(木) 17:26:50.65ID:euj3I7bX
苦しいな
スマナサーラは間違ってる

378神も仏も名無しさん2018/01/18(木) 18:38:41.65ID:57yrHKy0
>>376
業というのは形成力だから行蘊のこと?
いずれにしても業というのは生じたり滅したりはしないで、ずっと我とはまた違う概念の個人について回るわけ?

379鬼婆2018/01/19(金) 02:33:52.04ID:dKe4pm+E
悟ってもいないのに自我がないと簡単にほざくでない!
自我とはなんぞや
自動車というものはない、ただの素粒子の集まりにすぎぬ
だがな、自動車はあるぞ!わしは今日乗ったからな

380神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 07:59:46.52ID:kxvlL7dE
>>379
自動車【じどうしゃ】

エネルギー源と原動機を備え,レールによらず主として路上を走行する車両。トレーラートラックなど牽引(けんいん)されるものも自動車に含めるが,架線から集電するトロリーバスはふつう含めない。
https://kotobank.jp/word/%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A-74374

自動車というのは単体の元素とか素粒子のことではなく上記を満たした車両に付けられた概念。
だれも自動車という元素があるだなんて言ってない。

381神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 11:31:11.99ID:VSKuLCcK
>>379
無我って、三相だから、悟ってなくても無我は無我では。
悟って十結が根絶やしになくなって、到達した境地としての無我と
物事の性質としての無我と、両方の語義があるよね。

382神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 11:46:46.90ID:VSKuLCcK
悟る前(道果に達する前)でも、無我は何度も何度も見るものでしょ。
坐禅で自我が消える体験を一度でもすれば、一応は体験として分かる。
そういう人なら、日本の禅宗にもテラワダにも、けっこう沢山いるはず。

383鬼婆2018/01/19(金) 18:48:28.12ID:dKe4pm+E
無我、無常、苦のどれか一つでも判れば悟りなんじゃよ!
軽々しく無我を見るなんて口に出したらアカン

384神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 19:04:10.64ID:VSKuLCcK
でも自我が消える経験ならしたよ。

385神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 19:05:58.48ID:VSKuLCcK
一時的なもんで、思考が動き始め、思考に巻き込まれ、五感を感じはじめ
身体感覚が戻り、自我が戻ってくると、いつもののび太君状態だけどね。
でも、それが組み合わせで一時的に生じている現象であることは、もう知ってる。

だからといって、自分が悟ったとか、解脱したなんて思わない。
ようやく始まったところ。

386神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 19:07:14.29ID:VSKuLCcK
自我が消える体験をしたら、もうそこが悟りっちゅうのは
ちょっと勘違いじゃないのか。
あるいは言葉のやり取りの齟齬か。

387神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 19:17:29.48ID:VSKuLCcK
テラワダの場合、悟ったかどうかは十結で判断するはずだから
まずは有身見、戒禁取、疑が消えたかどうか、三毒が弱まったか
で判断すればいいのでは。

無我がわかったといっても、一時的に見ただけ(有漏)なのか、
いつもずっと無我が見えてる状態(無漏)なのかの違いはあるでしょ。
慢が根こそぎ無くなるレベルで無我の悟りを徹底したら、それは
悟り(無学)と言えるのでしょう。

388神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 19:48:03.78ID:hqh8CRFo
スマナサーラ長老へお布施したいのですが、振込先などが書かれているサイトはありますか?
テーラワーダ協会のサイトを見ても分からなかったもので。

389神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 20:45:35.47ID:CZB1xaOk
>>385
ああ、わかる
十二縁起を体感するんだよな
でも瞑想が終われば通常営業に戻る

>>388
スマナサーラは間違ってる
そんなとこにお布施すると不幸になるぞ

390神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 22:52:32.75ID:VSKuLCcK
>>389
>ああ、わかる
>十二縁起を体感するんだよな

いや、兄貴。
おれにはそこまで分かんねっす。

>でも瞑想が終われば通常営業に戻る

そこは分かるっす。

391神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 23:00:44.41ID:CZB1xaOk
>>390
十二縁起で言ったら名色の辺りを超えると無色界だね
そして識の段階に行くと識別がなくなる
自と他との識別も無くなって、全てが一体化、というか「宇宙」そのものと一体化する
「行」まで行くとサンスカーラが無くなるんだが、これはどう文章にするか悩むな

392神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 23:04:58.50ID:CZB1xaOk
ID:VSKuLCcKは五感とか思考ってことは、十二縁起で言ったら六処、触、受の辺りの段階かな?

393神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 23:36:23.26ID:FqcAHeLZ
ID:VSKuLCcKは一代だろ?w

394神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 23:43:27.64ID:FqcAHeLZ
つか、いまだに覗いてて師匠に怒られんのかいな?w



>>382>>387 は、『多分』、その通りだと思う。  (未達の者の類推でしかないから >>多分 )

395神も仏も名無しさん2018/01/19(金) 23:53:47.42ID:kxvlL7dE
>>391
全てはブラフマン(個だとアートマン)に帰一され、他はブラフマンが作り出した幻影(マーヤ)だとする不二一元論は科学的に見ても正しいんじゃね?
ブラフマンとはビッグバン以降の宇宙エネルギーのことで、マーヤとはその宇宙エネルギーから変換された質量であり無相であるが故に幻影であると

396おじゃる? ◆Ozyaruuowd4U 2018/01/20(土) 00:39:56.78ID:achiX2Aw
 
縁起一代師匠でつか?
たとえば
上座部は色々と問題があったから?
大乗が
上座部を批判していると思うけど
それでも、とりあえず
ttp://blog.goo.ne.jp/hhynk/e/135d45345210d9384075a6349cf75349
大念住経(大念処経)
地水火風に依存している ← 色受想行識の仮和合。という観照法?
ttp://www.geocities.jp/bodaijubunko/h/paauk.jhana.htm
上座部
第一禅定
ヴィタッカ(尋)
どこかへ飛んでいってしまう心の働きを → 呼吸(を観照することに)に戻してくる
(仏性そのもの ← に戻る帰る要素があります)
ttp://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/bitstream/10723/816/1/culture5_79-93.pdf
チベットに伝わる心の訓練法
息を吐く時に自分の幸せを白い光の形で衆生に与え
息を吸う時には衆生の苦しみを黒い煙の形で受け取る。という観照法
ttp://www.tibethouse.jp/about/buddhism/37/index1.html
チベット・ニンマ派 トゥルシック・リンポチェ師匠
…まず空のように無限に存在する衆生たちは
自分の前世で一度は父であり、母であったことがあると想起します。という観照法?
ttp://www.j-theravada.net/3-jihi.html
生きとし生けるものに
光り輝いている仏性そのものが現れますように。という観照法

一切の如来の御足を礼拝し奉る
オン サラバ タタギャタ ハンナマンナ ノゥ キャロミ m(_ _)m

397パーピマン2018/01/20(土) 00:56:53.64ID:30KKAQB2
>つか、いまだに覗いてて師匠に怒られんのかいな?w

wwwwwwwwwww

>>382>>387 は、『多分』、その通りだと思う。  (未達の者の類推でしかないから >>多分 )

あ! これか?!
・・・・という体験は、おそらく誰でも一度や二度はあるのでは?w

・・・・しかし、時が過ぎれば、「ありゃ何じゃったのか?」となるw
それを修行の一階梯とみるか? 単なる変性意識とみるか?

バカはそれを見性とみるww

398おじゃる? ◆Ozyaruuowd4U 2018/01/20(土) 01:40:06.32ID:achiX2Aw
 
たとえば
5ちゃんねる、とかの掲示板の

禅宗系のスレとかは
無明している
すべて一切の諸法も仏性そのものなので

『見性だっ!』という
(我癡・我見・我慢・我愛)増上慢の
野狐禅の人が(たくさん?)集まっているかもしれないけど

 − これに対して −

(たぶん瑜伽行派系も含めて?)上座部系とかは
第一禅定〜第四禅定
空無辺処〜非想非非想処
そして非想非非想も超えて逝く。という段階があるので

禅宗系のスレの人と比べれば
上座部系の方が野狐禅の人は少ないかも?

ちなみに
おじゃるの場合は
(心の働きが)肯定的な効果をもたらす
変性意識状態(altered state of consciousness, ASC)でもよいと思いまつ

399おじゃる? ◆Ozyaruuowd4U 2018/01/20(土) 02:38:12.19ID:achiX2Aw
 
>>383 鬼婆師匠へ
>無我、無常、苦のどれか一つでも判れば悟りなんじゃよ!

おじゃるには↓難しくて意味が、わからないけど、とりあえず

ttp://yamaneko.hatenablog.jp/entry/2015/09/27/175858
上座部系
刹那生滅
五蘊は生起するや否や、即刻壊滅します。故にそれらは無常です
(「現れ ← → 滅を、即刻、繰り返している」という意味でつか?)

因縁滅智によって
刹那滅智によって
(無明している、すべて一切の諸法を)余す所なく滅尽する事

 → 涅槃(ニルヴァーナ)
  _  _  _

因縁滅智だけでもよい感じがするけど
上座部系の場合は?
「刹那滅智も必要である」ということなのでしょうか?

鬼婆師匠へ
ご教示願います ヨロ m(_ _)m

400神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 07:44:44.50ID:d+/1LOn0
説一切有部や禅でも刹那生滅を主張してるな

401おじゃる? ◆Ozyaruuowd4U 2018/01/20(土) 08:36:17.54ID:achiX2Aw
 
>>400 >説一切有部や禅でも刹那生滅を主張してるな

たとえば
仮設としての
縁起している
すべて一切の諸法が
『現れ ← → 滅している』
刹那生滅している

縁起に依存して
地水火風空識に依存して
色受想行識の仮和合が現れて
そして
地水火風空識に分解して
最終的には
地水火風空識も滅して
ttps://www54.atwiki.jp/waikei2008/pages/22.html
…滅に触れて…想滅定が生起する

みたいな感じでつね?
ご教示ありがとうございます アリガト m(_ _)m

402神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 10:41:47.04ID:3HYoRFvD
>>398
>第一禅定〜第四禅定
>空無辺処〜非想非非想処

こういう禅定の種類って後から出来たドグマじゃないの?

403神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 10:55:42.54ID:Ky6IKrfl
本当にあるよ。
頭で考えて生みだした概念ではない。

404神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 11:00:48.82ID:Ky6IKrfl
八正道の正定が、つまりは禅定だから。
しかし、禅定はすでに超人法(人間の領域を超えた領域)の話なので、
できる人でも普通は口外しないと思う。
特に出家は戒律で禁じられてる。

2ちゃんだからたまたま運良く聞けてる、と思った方が正解。

405神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 11:31:27.09ID:3HYoRFvD

406神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 11:56:29.14ID:Ky6IKrfl
>>405
瞑想すれば分かるよ。
瞑想しないと分からない。

仏教学者の先生方をコケにする気はないのだが、
経典を文字で読み進めるだけだと、人間的な常識で考えつく範囲の中でしか
正解をたどれないから、そういう風になるしかないと思う。

人間が人間の常識で考えたら、人間が納得できる結論しかでてこない。
悟りの智慧が、考えて分かるんだったら修行も瞑想も要らない。
悟りの智慧が、修行するまえの考えと同じなら、それもやっぱり修行も瞑想も要らない。

407神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 12:00:02.84ID:Ky6IKrfl
四無色等至を否定したというのは、それらがないという意味じゃなくて
それらは涅槃じゃないという意味でしょ。

408神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 12:01:55.79ID:Ky6IKrfl
うーん、瞑想は哲学じゃーないんですよ。
思考と意識は別もので、サマタ瞑想が成功している間は
思考してません。できません。
意識だけがある。
思考の枠組みから出られるんです。

でも哲学は思考です。
思考の枠組みから出られないんです。

409神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 12:04:13.83ID:d+/1LOn0
>>406
そういう意味で言ってるんじゃないでしょ
禅定を分別するのは十二縁起と同じく釈迦の弟子によって付加されたものではないかということを問いてるのでは?
もちろん付加であろうが禅定を深めると殆どの人が同じような境地に至るのならその分別も十分な正当性はある

要するにスッタニパータやダンマパダやテーラガーターなどの最初期の仏典では禅定は分別されてなかったということ
でもあるいは釈迦入滅後の付加で誕生した概念であっても価値はあるということ

410神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 12:07:28.46ID:Ky6IKrfl
そうなんだ。
どうそどうぞ。

411おじゃる? ◆Ozyaruuowd4U 2018/01/20(土) 13:57:28.53ID:achiX2Aw
 
アーラーラ・カーラーマ 無所有処
ウッダカ・ラーマプッタ  非想非非想処

大智度論 仏教用語辞典
ttp://www.geocities.jp/tubamedou/Jiten/Jiten01.htm
九次第定
四禅、四無色定、滅尽定を合わせたもので、これらは順次習うものであるから九次第定という

青目(ピンガラ)の
注釈は間違ってるらしいけど、それでも、とりあえず
青目(ピンガラ)中論 觀法品 第十八
八聖道分を修習しながら
我と我所の因縁を滅すれば
無我や無我所という智慧を得るだろう

ttp://home.att.ne.jp/delta/myrobalan/mulama.html
中論 第二十六章 十二の鎖の環(十二因縁/十二縁起)の考察

無明の停止は
止(サマタ禅定)と観(ヴィパッサナー智慧)を通して生じるのである
  _  _  _

部分的には
上座部も大乗も同じような導きがある感じ?

412神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 17:25:37.55ID:sxpG7GW+
>>388
協会のお布施窓口
http://www.j-theravada.net/11-jthera.html#info5
ここにありますよ

413神も仏も名無しさん2018/01/20(土) 18:17:18.49ID:yedoJm4Y
>>412
ありがとうございます!
お布施した際には412様にも廻向させて頂きます。
助かりました(^^)

414神も仏も名無しさん2018/01/21(日) 20:05:01.04ID:PmIWM2XS

415神も仏も名無しさん2018/01/21(日) 22:55:09.54ID:l4ddslQq
lifeh ack2c h.livedoor.biz/archives/51675806.html

普通の人は自分の意思で色や音をカットできないってマジ?

416神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 01:58:45.88ID:T2wjw7YT
>>405
https://i.imgur.com/RLhojXq.jpg
このレビューは面白いな

中段の
主体を消せば客体も消えることが釈尊の悟りと考え〜こうした形でパーリ仏典は汚染されている
は正しい
どこまでも我がないとすると無色界禅定も無限後退に陥り非想非非想もそれをとらえている主体はなにかという矛盾が出てくるからだ

だから本当はデカルトの「我思う、故に我あり」が正しい

417神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 02:15:25.48ID:1ANEMvnW
それ、頭で考えた答えだべ?

418神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 02:17:11.22ID:T2wjw7YT
>>417
瞑想すれば我などないと実感したとしよう
ではそう実感した主体はなんなのか答えられる?

419神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 02:18:07.58ID:T2wjw7YT
真理は言葉では表現できないから無記というのはなしね
主体は何か答えるだけでいい

420神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 02:54:23.75ID:1ANEMvnW
>>418
意識と答える。
自我が生じる前の意識に、我とか彼とかはないし。

悟ったわけでもないので、それが最適解かと言われると
自分の分かる範囲の答えとしか。

421神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 03:15:44.45ID:QFQsztgX
>>419
答えて貰えて良かったね
嬉しいね

422神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 03:18:37.15ID:1ANEMvnW
阿羅漢果に悟る時に消える五上分結についても、慢(自他の区別)が
なくなるとは言っているが、慢が生じていた土俵は何だったのかということ。
涅槃は断滅論ではないので、無我も同様に断滅論ではない。

我が生じる前の状態を、我が想像しようとしても無理だと思う。

423神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 03:24:05.60ID:1ANEMvnW
禅宗の老師が、まずは黙って座れというのを
昔はイラっとするエピソードだと思っていたのだけど、
それが一番早く答えに辿り着く方法だったのね、
というか、それ以外にないね。

424神も仏も名無しさん2018/01/22(月) 07:13:22.24ID:T2wjw7YT
>>420
意識というのは識蘊かな
それは無常であり苦であり無我であるもの
無常・苦・無我であるものをもって己の無我を実感してもその実感もまた無常・苦・無我である

そう言った無常なるものでは無我は観察できないとして結局は意識を完全に止める滅尽定(受想滅定)をもってして涅槃だとする
意識がないのに何故無我を観察することができるのかブッタゴーサにも説明はできなかったらしい
無我をもって無我を説く
仏教の持つ最大の矛盾の一つである


自他の区別は動物である以上あって当たり前
獣だって縄張りを持つし飢えれば他の動物を捕食するし異性に惹かれて恋のライバルを蹴落そうとする

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