幸福の科学、創価に敵対心「そっちが石原さとみならこっちは清水富美加だぞ」

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1神も仏も名無しさん2017/10/25(水) 01:44:49.34ID:wAyJL5g/
人気女優・清水富美加の出家宣言は残された契約を反故にするだけで誰も幸せにしなかった。
ままごとみたいな愚行の陰で糸を引いていたのは他ならぬ「幸福の科学」。世間は驚きついでに思い出した。1200万も信者がいるのに選挙で1人も当選していない怪を。

「清水さんは、親が信者で幼少期から信仰を持っていた。おそらく家庭内でも“大川総裁が神である”と教育を受けてきたのでしょう。そのような人がある日
大川総裁から霊言を与えられ、“覚悟を決めよ”と『ラブコール』を受ければ、
舞い上がってしまって当然。仕事を放り出してしまった清水さんに世間からの風当たりは強いですが、
育った家庭環境を考えれば、正常な判断が働かない状況に陥ってしまったのも致し方ないような気がします」

熱心な会員ともなると年に1000万円以上もお布施をします。大川本の印税を加えると、教団には毎年300億くらいのカネが入ってきていた。
銀座は坪単価6000万円、赤坂でもこの半分は下らない代物であるのに加えて、宗教活動に使用すると認可されれば
不動産取得税に固定資産税、都市計画税から登録免許税までが非課税となる。

そんななか、風向きが変わって、違うものが入りこみ始めたのが09年。幸福実現党を結党して衆院選に打って出たものの、惨敗したのである。
日本のみの数字ではないとはいえ、信者が1200万もいりゃ1人くらい当選するのになんで?更に追い打ちをかけたのが、10年に持ち上がった妻・きょう子さんとの離婚問題
そこで、新たな信者獲得策として白羽の矢を立てたのが、他ならぬ清水だった
■石原さとみを意識
 実際、こんな布石が打たれていて
芸能界での活動と信仰を両立させるように仕向けていたんです。それに総裁は創価学会員である石原さとみの存在をかなり意識している。
彼女がいて学会はステータスを確立したとさえ捉えているんです。清水を『幸福の科学のさとみ』になぞらえたかったんでしょうけれど、なおのこと在家でやらせた方がよかったんじゃないでしょうか」
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12731608/

416神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:05:55.45ID:mDzI+q1i
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417神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:06:59.46ID:mDzI+q1i
  許認可行政のW善意”は「机上の空論」

 私たち幸福の科学でさえ、百人の老人を受け入れるのに七十人の職員が要るとなったら、とてもではありませんが、老人ホームをやれません。
 「一万人をお世話するのに七千人の人が要る」と言われたら、たまったものではないのです。
 百万人をお世話する老人ホームを建てるとなったら、そこでは七十万人ぐらいの人が働かなくてはいけません。これだと、若者がほとんど老人ホームで働かなくてはいけなくなります。
そうしたら、ほかの仕事は、いったい誰がするのでしょうか。それをする人はいないのです。

 この先に見えるものは何かと言うと、W姥捨て山”です。捨てられる可能性があります。「年を取ることは罪なのだ」と言われて、罰金をかけられることになるかもしれません。
「八十歳を過ぎたら一歳ごとに罰金をかけられ、早く死にたくなる」というような政策が実施される可能性もないわけではありません。
 役所はW善意”でやっているのだとは思います。
もともとW善意”でやっていて、「手厚い看護をしろ」とか、「老人に個室を必ず与えろ」とか、そういうことを非常にW善意”で考えているのでしょうが、実は「机上の空論」であり、これは中央計画経済の間違いなのです。

 実際に経営をしたり、商売をしたりしたことのない人が考えるから、こんなことを起こすのです。「便利になれ」と思ってやっていても、実際には、不自由になっていくわけです。
こういうことが、あちこちで、たくさん起きています。学校でも起きていますし、ほかのところでも数多く起きているのです。
 したがって、今、必要なことは、こうした許認可行政の無駄なところを取り払い、民間で実際にやれるレベルで、まずは動かしていくことです。
ニーズがあるなら、そのニーズを受け止め、それを消しこんでいく努力をしなくてはなりません。それを認めることが大事なのではないかと思うのです。

  できるだけ長く現役で働き、゛ピンピンコロリ”を目指す

 幸福の科学の信者に関しては、強いご加護を頂けるように努力しているので、できるだけ長く現役で働いていただきたいと思います。
 チューブを差し込まれて、十年も二十年も、老人ホーム代わりに病院に入ったりしなくて済むよう

418神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:08:03.00ID:mDzI+q1i
  許認可行政のW善意”は「机上の空論」

 私たち幸福の科学でさえ、百人の老人を受け入れるのに七十人の職員が要るとなったら、とてもではありませんが、老人ホームをやれません。
 「一万人をお世話するのに七千人の人が要る」と言われたら、たまったものではないのです。
 百万人をお世話する老人ホームを建てるとなったら、そこでは七十万人ぐらいの人が働かなくてはいけません。これだと、若者がほとんど老人ホームで働かなくてはいけなくなります。
そうしたら、ほかの仕事は、いったい誰がするのでしょうか。それをする人はいないのです。

 この先に見えるものは何かと言うと、W姥捨て山”です。捨てられる可能性があります。「年を取ることは罪なのだ」と言われて、罰金をかけられることになるかもしれません。
「八十歳を過ぎたら一歳ごとに罰金をかけられ、早く死にたくなる」というような政策が実施される可能性もないわけではありません。
 役所はW善意”でやっているのだとは思います。
もともとW善意”でやっていて、「手厚い看護をしろ」とか、「老人に個室を必ず与えろ」とか、そういうことを非常にW善意”で考えているのでしょうが、実は「机上の空論」であり、これは中央計画経済の間違いなのです。

 実際に経営をしたり、商売をしたりしたことのない人が考えるから、こんなことを起こすのです。「便利になれ」と思ってやっていても、実際には、不自由になっていくわけです。
こういうことが、あちこちで、たくさん起きています。学校でも起きていますし、ほかのところでも数多く起きているのです。
 したがって、今、必要なことは、こうした許認可行政の無駄なところを取り払い、民間で実際にやれるレベルで、まずは動かしていくことです。
ニーズがあるなら、そのニーズを受け止め、それを消しこんでいく努力をしなくてはなりません。それを認めることが大事なのではないかと思うのです。

  できるだけ長く現役で働き、゛ピンピンコロリ”を目指す

 幸福の科学の信者に関しては、強いご加護を頂けるように努力しているので、できるだけ長く現役で働いていただきたいと思います。
 チューブを差し込まれて、十年も二十年も、老人ホーム代わりに病院に入ったりしなくて済むよう

419神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:38:30.30ID:mDzI+q1i
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420神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:38:53.35ID:mDzI+q1i
宗教失格……麻原死刑囚が霊言で語る、隠された“犯行動機”とは?
2018.07.21

「麻原彰晃の霊言」
2018年7月6日 収録

「『本当は豊か』だと実感していただくのが宗教の役割」(日蓮宗寺院住職)

「(神社参拝で)忘れないでいただきたいのは、神様への感謝です」(鹿島神宮権禰宜)

「プロテスタント教会では、牧師が信徒たちに健康が与えられたことや、礼拝に集うことができたことへの感謝の祈りを捧げます」(プロテスタント教会牧師)

「(イスラム教での)礼拝は神を讃えたり、神に感謝を捧げたりすることです。罪を犯した時は悔い改めます」(日本人ムスリム)

これらの言葉は、本誌2018年2月号記事「世界の『神頼み』」で取材した、さまざまな宗教の聖職者や伝道師の言葉だ。

教えの内容はさまざま。しかし共通点は「感謝」だ。人生に理不尽なことは尽きない。それでも、「人は神仏に生かされている」「心正しく生きれば、あの世で報われる」と考え、謙虚さ、優しさ、無私の心を磨く――。

そんな代表的な宗教のあり方とは、真逆の方向に走ってしまったのが、オウム真理教だろう。


大川総裁のもとに現れた麻原霊

地下鉄サリン事件を含む計13の事件で27人を殺害した罪などにより、オウム元代表の麻原彰晃(松本智津夫)死刑囚ら7人の死刑が7月6日午前、執行された。

麻原死刑囚は、犯行の動機や経緯などについて何も口を開かぬまま。「オウムとは結局何だったのか」という謎は、残ってしまった。

しかし、実は刑執行直後の同日午後、麻原死刑囚の霊が大川隆法・幸福の科学総裁のもとに現れた。死んだ自覚はあるものの、死後の行く先に迷い、助けを求めに来たのだ。大川総裁は、麻原死刑囚の霊言を収録。麻原霊は、犯行に至った心の闇を語り始めた。


盲目への恨み
麻原死刑囚を暴走に駆り立てた原点の一つは、目の障害だった。左目がよく見えず、小中高と盲学校に通っていた。そうした運命について、霊はこう嘆く。

「不公平じゃないですか、そんなの。健康で生まれてきて、悪さをしているやつもいるのに。なんで、私が五体不満足で出てくるんだ」

421神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:39:12.14ID:mDzI+q1i
宗教失格……麻原死刑囚が霊言で語る、隠された“犯行動機”とは?
2018.07.21

「麻原彰晃の霊言」
2018年7月6日 収録

「『本当は豊か』だと実感していただくのが宗教の役割」(日蓮宗寺院住職)

「(神社参拝で)忘れないでいただきたいのは、神様への感謝です」(鹿島神宮権禰宜)

「プロテスタント教会では、牧師が信徒たちに健康が与えられたことや、礼拝に集うことができたことへの感謝の祈りを捧げます」(プロテスタント教会牧師)

「(イスラム教での)礼拝は神を讃えたり、神に感謝を捧げたりすることです。罪を犯した時は悔い改めます」(日本人ムスリム)

これらの言葉は、本誌2018年2月号記事「世界の『神頼み』」で取材した、さまざまな宗教の聖職者や伝道師の言葉だ。

教えの内容はさまざま。しかし共通点は「感謝」だ。人生に理不尽なことは尽きない。それでも、「人は神仏に生かされている」「心正しく生きれば、あの世で報われる」と考え、謙虚さ、優しさ、無私の心を磨く――。

そんな代表的な宗教のあり方とは、真逆の方向に走ってしまったのが、オウム真理教だろう。


大川総裁のもとに現れた麻原霊

地下鉄サリン事件を含む計13の事件で27人を殺害した罪などにより、オウム元代表の麻原彰晃(松本智津夫)死刑囚ら7人の死刑が7月6日午前、執行された。

麻原死刑囚は、犯行の動機や経緯などについて何も口を開かぬまま。「オウムとは結局何だったのか」という謎は、残ってしまった。

しかし、実は刑執行直後の同日午後、麻原死刑囚の霊が大川隆法・幸福の科学総裁のもとに現れた。死んだ自覚はあるものの、死後の行く先に迷い、助けを求めに来たのだ。大川総裁は、麻原死刑囚の霊言を収録。麻原霊は、犯行に至った心の闇を語り始めた。


盲目への恨み
麻原死刑囚を暴走に駆り立てた原点の一つは、目の障害だった。左目がよく見えず、小中高と盲学校に通っていた。そうした運命について、霊はこう嘆く。

「不公平じゃないですか、そんなの。健康で生まれてきて、悪さをしているやつもいるのに。なんで、私が五体不満足で出てくるんだ」

422神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:39:30.46ID:mDzI+q1i
麻原霊は、五体不満足で生み、盲学校へ"放り込んだ"親への恨み、そんな自分を子供時代にいじめた人たちへの恨み、そして、そんな"弱者"である自分を救ってくれなかった社会や国家への恨みなどを、滔々と語る。
そんな社会や国家への、そして、学歴や社会的地位や収入を持つ人たちへの復讐が、一連のオウム事件の深層にあったようだ。


復讐を"宗教"で正当化
その復讐を正当化するため、麻原が"使った"のが宗教だった。麻原霊は、自身は「最終解脱」をしているので、何をしても罪にならないと主張。

そして、「この世でさ、そういう真理に気づかないでさ、金儲けに励んどっただけの人間はな、あの世に早く送ってもらうっていうことは、それはいいことだろう」とも訴えた。

かの有名な「ポア」は、殺人を"宗教的な慈悲"にすり変える理論だった。

こうした言葉を聞いて大川総裁は、オウムが宗教をかたっていながらも、その本質は「あさま山荘事件」などを起こした左翼のテロ集団「連合赤軍」の焼き直しだと喝破する。

また麻原霊は、高学歴の若者を数多く犯罪行為に巻き込んだことについて、「『その高学歴の人間が私に対して、尊師様と言って帰依してくる』っていうのは、そらあ、当然ながら、『そんならいいよ。入ってこいよ』みたいな感じで気持ちはいいわなあ」と語る。
彼らの人生を狂わせることで、自身の学歴コンプレックスを満たしていた面もあったようだ。


「愛の一欠片もない」麻原霊の心
霊言の終盤、大川総裁は、今回の死刑が麻原神格化の契機にならぬよう、死刑となった聖人たちとの違いについて、以下のように釘を刺した。

「あなた(霊言における麻原霊)の言葉のなかには、愛の一欠片もありませんでした。それから、亡くなった方への同情の一欠片もなかった。
イエスは十字架に架かったけれども、共に十字架に架かった人たちに対するいたわりの心もあったし、自分を死刑にしていく人たちの罪、彼らが罪を贖わなければいけないことに対する同情さえ持っていましたからね」

いかに仏教的な用語や装束を用いていようとも、愛や慈悲の心、無私の心がなければ、「宗教失格」だ。それにもかかわらず、日本人の宗教アレルギーを強めてしまったオウムの罪は、重い。

423神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:39:49.72ID:mDzI+q1i
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424神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:40:54.46ID:mDzI+q1i
  許認可行政のW善意”は「机上の空論」

 私たち幸福の科学でさえ、百人の老人を受け入れるのに七十人の職員が要るとなったら、とてもではありませんが、老人ホームをやれません。
 「一万人をお世話するのに七千人の人が要る」と言われたら、たまったものではないのです。
 百万人をお世話する老人ホームを建てるとなったら、そこでは七十万人ぐらいの人が働かなくてはいけません。これだと、若者がほとんど老人ホームで働かなくてはいけなくなります。
そうしたら、ほかの仕事は、いったい誰がするのでしょうか。それをする人はいないのです。

 この先に見えるものは何かと言うと、W姥捨て山”です。捨てられる可能性があります。「年を取ることは罪なのだ」と言われて、罰金をかけられることになるかもしれません。
「八十歳を過ぎたら一歳ごとに罰金をかけられ、早く死にたくなる」というような政策が実施される可能性もないわけではありません。
 役所はW善意”でやっているのだとは思います。
もともとW善意”でやっていて、「手厚い看護をしろ」とか、「老人に個室を必ず与えろ」とか、そういうことを非常にW善意”で考えているのでしょうが、実は「机上の空論」であり、これは中央計画経済の間違いなのです。

 実際に経営をしたり、商売をしたりしたことのない人が考えるから、こんなことを起こすのです。「便利になれ」と思ってやっていても、実際には、不自由になっていくわけです。
こういうことが、あちこちで、たくさん起きています。学校でも起きていますし、ほかのところでも数多く起きているのです。
 したがって、今、必要なことは、こうした許認可行政の無駄なところを取り払い、民間で実際にやれるレベルで、まずは動かしていくことです。
ニーズがあるなら、そのニーズを受け止め、それを消しこんでいく努力をしなくてはなりません。それを認めることが大事なのではないかと思うのです。

  できるだけ長く現役で働き、゛ピンピンコロリ”を目指す

 幸福の科学の信者に関しては、強いご加護を頂けるように努力しているので、できるだけ長く現役で働いていただきたいと思います。
 チューブを差し込まれて、十年も二十年も、老人ホーム代わりに病院に入ったりしなくて済むよう

425神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:41:59.27ID:mDzI+q1i
  許認可行政のW善意”は「机上の空論」

 私たち幸福の科学でさえ、百人の老人を受け入れるのに七十人の職員が要るとなったら、とてもではありませんが、老人ホームをやれません。
 「一万人をお世話するのに七千人の人が要る」と言われたら、たまったものではないのです。
 百万人をお世話する老人ホームを建てるとなったら、そこでは七十万人ぐらいの人が働かなくてはいけません。これだと、若者がほとんど老人ホームで働かなくてはいけなくなります。
そうしたら、ほかの仕事は、いったい誰がするのでしょうか。それをする人はいないのです。

 この先に見えるものは何かと言うと、W姥捨て山”です。捨てられる可能性があります。「年を取ることは罪なのだ」と言われて、罰金をかけられることになるかもしれません。
「八十歳を過ぎたら一歳ごとに罰金をかけられ、早く死にたくなる」というような政策が実施される可能性もないわけではありません。
 役所はW善意”でやっているのだとは思います。
もともとW善意”でやっていて、「手厚い看護をしろ」とか、「老人に個室を必ず与えろ」とか、そういうことを非常にW善意”で考えているのでしょうが、実は「机上の空論」であり、これは中央計画経済の間違いなのです。

 実際に経営をしたり、商売をしたりしたことのない人が考えるから、こんなことを起こすのです。「便利になれ」と思ってやっていても、実際には、不自由になっていくわけです。
こういうことが、あちこちで、たくさん起きています。学校でも起きていますし、ほかのところでも数多く起きているのです。
 したがって、今、必要なことは、こうした許認可行政の無駄なところを取り払い、民間で実際にやれるレベルで、まずは動かしていくことです。
ニーズがあるなら、そのニーズを受け止め、それを消しこんでいく努力をしなくてはなりません。それを認めることが大事なのではないかと思うのです。

  できるだけ長く現役で働き、゛ピンピンコロリ”を目指す

 幸福の科学の信者に関しては、強いご加護を頂けるように努力しているので、できるだけ長く現役で働いていただきたいと思います。
 チューブを差し込まれて、十年も二十年も、老人ホーム代わりに病院に入ったりしなくて済むよう

426神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 14:43:03.16ID:mDzI+q1i
  許認可行政のW善意”は「机上の空論」

 私たち幸福の科学でさえ、百人の老人を受け入れるのに七十人の職員が要るとなったら、とてもではありませんが、老人ホームをやれません。
 「一万人をお世話するのに七千人の人が要る」と言われたら、たまったものではないのです。
 百万人をお世話する老人ホームを建てるとなったら、そこでは七十万人ぐらいの人が働かなくてはいけません。これだと、若者がほとんど老人ホームで働かなくてはいけなくなります。
そうしたら、ほかの仕事は、いったい誰がするのでしょうか。それをする人はいないのです。

 この先に見えるものは何かと言うと、W姥捨て山”です。捨てられる可能性があります。「年を取ることは罪なのだ」と言われて、罰金をかけられることになるかもしれません。
「八十歳を過ぎたら一歳ごとに罰金をかけられ、早く死にたくなる」というような政策が実施される可能性もないわけではありません。
 役所はW善意”でやっているのだとは思います。
もともとW善意”でやっていて、「手厚い看護をしろ」とか、「老人に個室を必ず与えろ」とか、そういうことを非常にW善意”で考えているのでしょうが、実は「机上の空論」であり、これは中央計画経済の間違いなのです。

 実際に経営をしたり、商売をしたりしたことのない人が考えるから、こんなことを起こすのです。「便利になれ」と思ってやっていても、実際には、不自由になっていくわけです。
こういうことが、あちこちで、たくさん起きています。学校でも起きていますし、ほかのところでも数多く起きているのです。
 したがって、今、必要なことは、こうした許認可行政の無駄なところを取り払い、民間で実際にやれるレベルで、まずは動かしていくことです。
ニーズがあるなら、そのニーズを受け止め、それを消しこんでいく努力をしなくてはなりません。それを認めることが大事なのではないかと思うのです。

  できるだけ長く現役で働き、゛ピンピンコロリ”を目指す

 幸福の科学の信者に関しては、強いご加護を頂けるように努力しているので、できるだけ長く現役で働いていただきたいと思います。
 チューブを差し込まれて、十年も二十年も、老人ホーム代わりに病院に入ったりしなくて済むよう

427神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 15:50:03.68ID:mDzI+q1i
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428神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 15:50:18.83ID:mDzI+q1i
 「GDP(国内総生産)が、世界の第二位か、第三位か」などということは、どうでもよいのです。
世界二百ヵ国近くのなかで、そのトップを争っているような国が、何らの精神的な価値観を発信することもできず、オピニオン(意見)を発信することもできず、世界に対するリーダーシップも持てないでいるような状況は、実に情けない状況です。
そのことを、もっと知らなければならないと思います。
 「世界に対して、国力相応の責任を負っていない」ということに対し、やはり、恥ずかしいという気持ちを持たなければならないのではないでしょうか。私には、そういう気持ちが非常に強くわいてきます。

 今のように漂っているだけであってはなりません。今、やらなければならないことは、しっかりとW精神棒を入れる”ことです。この国に精神棒を入れなければいけないのです。
 そのためには、宗教を軽く見て、嘲笑っている人たちに対し、ビシッと言い返せるようにならなければ駄目なのです。
 日本を、そのような国にしなければいけないと思います。正論を言えないような国民であっては駄目であり、そういう国民には未来はないと私は考えます。


2 光を感じ、人生を立て直す瞬間を

  霊的存在が肉体に宿って、地上で人生を送っている

 『救世の法』の第一章「宗教のすすめ」には、「絶対に外してはならない基本的真理」について書かれています。それは、幸福の科学の信者にとっては当たり前すぎるほど、私が繰り返し説いていることです。
 その一番目は、「人間の本質は霊的な存在であり、その霊的存在が肉体に宿り、地上で人生を送っているのだ」ということです。
 この一点目の真理について、「小・中・高・大」の学校教育のなかではまったく教わりませんし、社会道徳のなかでも教わることはありません。
むしろ、社会でエリートといわれる人たちは、その反対のことを言うことをもって、善と考え、インテリの証明であると考える傾向があります。

 これは、とても残念なことです。もちろん、「思想の自由」「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」など、そういう自由があることは十分に承知しています。
いろいろな意見があってよいし、いろいろな表現があって

429神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 15:50:38.20ID:mDzI+q1i
 これは、とても残念なことです。もちろん、「思想の自由」「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」など、そういう自由があることは十分に承知しています。
いろいろな意見があってよいし、いろいろな表現があってよいし、いろいろな考えがあってもよいとは思いますが、「事実と、そうでないものを区別するだけの智慧がない」ということは、人間として恥ずかしいことです。
 どのような意見を述べても自由ですが、そうは言っても、水素(H)と酸素(O)が結合したら、できるのは水(H2O)であり、水素と酸素が結合して石油ができたりはしません。

 いくら言論の自由があるからといって、「水素と酸素が結合したら石油ができる。それは言論の自由だ」ということがまかり通ると思っているならば、何かが欠けていると言わざるをえないのです。
 未知なる事柄については、意見が百出してもよいと思いますが、「水素と酸素が結合して水ができる」ということは、「H2O」という化学式によってはっきりしています。その場合に、「水ではなくて油ができる」などと言い張ることが「言論の自由」ではないと思います。

 これが、私の言いたいことなのです。いろいろな意見があること自体は結構ですが、ただ、「真実」というものはあります。人生には「真実」というものがあるのです。
 したがって、真実に反したことを教えたり、学んだり、真実に反した行動をしたりしている者には、その人生の途中か、あるいは人生が終わった後において、それなりの反作用が来ます。
 また、そういう個人だけではなく、その人たちがつくっている組織や社会、国、あるいは世界においても、それだけの反作用が起きてきます。そういうことを私は述べているのです。 


  あなたが死後に経験する「個人としての最後の審判」とは

 誰が何と言おうとも、この三十五年以上、私自身が積み上げてきた探求実績から見て、この世を去った世界は百パーセント存在します。
 あなたがたが、もし、「肉体が自分のすべてだ」と思っているなら、それは絶対に間違っています。たとえ、いくら偏差値の高い大学の医学部を出た先生が、「人生は死んだら終わりだ」と言ったところで、間違っているものは間違っているのです。

430神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 15:50:55.94ID:mDzI+q1i
 あなたがたが、もし、「肉体が自分のすべてだ」と思っているなら、それは絶対に間違っています。たとえ、いくら偏差値の高い大学の医学部を出た先生が、「人生は死んだら終わりだ」と言ったところで、間違っているものは間違っているのです。
 人間としての尊厳から見て、「間違っているものは間違っている」と言い切らなければならないのです。それを知っていただきたいと思います。
 「現にあるものは、ある」のです。これは、あと何年か何十年かしたら、誰もが確実に体験することなので、どうか、私の言葉を覚えておいてください。
 私の説いていることが、もし一点でも間違っていたならば、そのときには、霊となった姿でどうぞ抗議しに来てください。今まで、抗議に来た人など一人もいません。
みな、あの世に還ってから「大川総裁が説いていたとおりだった」と言っています。「あらかじめ知っておいてよかった」という人ばかりです。
 もっとも、真理を知らなかった人は、どこへ行ったらよいかが分からない状態なので、そもそも私のところへ来ることもできないでしょう。

 ただ、「この世的な知性や知能、インテリジェンスが高い」とか、「地位が高い」とか、「家柄がよい」とか、「名の通った会社である」とか、あるいは男女の差とか、そういうものはまったく通用しない世界があるということを知っていただきたいのです。
 この世では、いろいろな経歴があり、いろいろな仕事をしていたでしょうが、いずれ、誰もが死を迎え、あの世へ旅立ちます。
そのときに持って還れるものは、あなたがた自身の心しかないのです。そして、「その心が、正しい信仰心を持っているかどうか」ということが試されるのです。
 つまり、「人生において、神仏に対する信仰を持った生き方をしたか。それとも、神仏への信仰を妨害せんとして活動している、地獄界にうごめく悪魔たちの価値観に翻弄されて人生を生きたか」ということが、必ず問われるようになるのです。
それが、「個人としての最後の審判」に当たる部分です。
 それは、個人のみならず、組織や社会、国家においても当てはまります。要するに、「その組織や社会、国家における信仰心が、どのような色付けを持っているかによって、未来は、どのようにでも変わっていく余地がある」と私は強く信じています。

431神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 15:51:13.70ID:mDzI+q1i
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432神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:22:27.99ID:mDzI+q1i
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433神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:22:44.32ID:mDzI+q1i
アメリカが西日本豪雨の被災地を支援 米国大使「我々は日本と共にある」と投稿
2018.07.22

西日本豪雨の被災地では、酷暑の中、数千人のボランティアが連日活動している。約3万人の自衛隊員も現地に投入され、住民救助や行方不明者の捜索などに当たっている。

そうした中、米海兵隊のHPによると、山口県岩国基地の隊員や日本人従業員が、12日から15日にかけて、午前7時から午後1時まで行われるボランティア活動に協力。海兵隊員独身の会が中心となって企画された活動には、これまでに150人以上が有志で参加した。

基地で勤務するラバノフ氏は、「住民の方々は、基地関係者の援助にとても感謝していました。そして隊員たちがこなした仕事の量にも驚いていました」とコメント。
憲兵隊のリハマン伍長は、「私たちは住民の方々のためにここに居ることを示し、住民の方々が困っているときに援助を提供できなければいけません」と述べたという。

在日米軍司令官ジェリー・マルティネス中将は、同司令部のツイッターで「西日本豪雨の被害者の方々に心よりお見舞い申し上げます。自衛隊の皆さん、私たちはあなた方の英雄的な救助活動を称えます。
この悲劇からの回復において、在日米軍は日本の皆様とともにあります」と投稿している。


アメリカは日本に10万ドルを寄付し、タイ少年も救出
さらにビル・ハガティ米国大使は、日本に10万ドルを寄付するとツイート。「我々が支援を必要としたときに日本の皆さまがしてくれたように、日本が援助を必要とするとき、米国は常に皆さまと共にあります」とする声明を発表した。

在福岡アメリカ領事館のスタッフも19日、多数の住宅が浸水被害を受けた福岡県久留米市のボランティアに参加した。

一方、アメリカは、日本から遠く離れたタイでも人命救助に参加していた。

沖縄県嘉手納基地をベースにする第353特殊作戦群は、タイ政府の要請を受け、同国北部チェンライ郊外の洞窟に閉じ込められた少年ら13人の救出活動にも協力している。

アメリカは、世界各地で起きる災害や人命救助活動などに協力し、世界の平和に貢献している。日本のマスコミは、そうした活躍をあまり報道しないが、日本国民としては、受けた恩を忘れてはならないだろう。
(山本慧)

434神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:23:04.74ID:mDzI+q1i
  海外と大きく違う日本の宗教事情

 私は、同じ法を説いても、日本と海外では説き方が違っています。それは、それぞれの国民の信仰心のレベルが違うからです。
 もちろん、「日本ほど発展していない国の人たちは、先進国である日本を尊敬する気持ちがあるため、日本人である私の話をよく聴いてくれる」という面も一部にはあるかもしれません。
しかし、そういう面を割り引いても、宗教心のある国の、宗教的素養のある国民の場合は、教えが素直にサーッと浸透していきます。

 例えば、アフリカのウガンダという国では、私の英語説法が、国営放送で毎週連続して流れましたし、映画「仏陀再誕」が流れたりもしました。
 ネパールでも、国営放送で私の英語の説法が流れましたし、インドのムンバイでも、一部、ヒンディー語等の字幕が入ったりしながら、私の講演が流れました。
 日本のテレビ等では、ほとんどありえないことです。日本では、「宗教に関して肯定的に報道したり、教義の流布に協力したりするのは、倫理に反することだ」と思われているのです(注。ただし、一部の地方テレビでは講演を放映し始めている。)
 これはどういうことかと言うと、結局、思わず知らず、「宗教選択」がなされているということです。
つまり、それは、「神仏の側につくか、悪魔の側につくか」という選択であり、「神仏の側につかない」ということは、自動的に、「悪魔の側についている」ということになるわけです。
 それは結局、「この世を地獄界に近づける努力をしている」ということにほかなりません。

 これは学校教育においても同じです。
例えば、日本の教育界では、記紀、すなわち、『古事記』や『日本書紀』等の古代の神話を否定して、教科書に載せなかったりしますし、日本神道以外の宗教についても、考古学的な興味・関心で載せることはあっても、その教えの内容には立ち入らないようにしています。
 そのため、学校で教育を受けただけでは、普通に宗教心が芽生えることはありません。ミッションスクール等に通った人以外は、基本的に宗教心が芽生えないことになっているのです。

 さらに、大学の宗教学科に行くと、もっと信仰心がなくなっていきます。日本の宗教学科では、宗教における信仰心の部分をまったく理解せず、ただただ、フィールドワークのように、できるだけ主観を排除して

435神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:23:22.12ID:mDzI+q1i
 さらに、大学の宗教学科に行くと、もっと信仰心がなくなっていきます。日本の宗教学科では、宗教における信仰心の部分をまったく理解せず、ただただ、フィールドワークのように、できるだけ主観を排除して分析しているだけなのです。
 それは、医学部で、人体を解剖してバラバラにしているのと、ほとんど同じような状況です。「何が正しいのか」「何が善であり、何が悪であるのか」ということさえ分からない状況が続いており、大学の宗教学は、まったく無駄な学問であると言わざるをえません。

  人間は神仏の子であり、神仏の光の一部を宿した存在

 そうした状況が当たり前のようになってしまった原因は、おそらく、先の大戦における敗戦の反動から、信仰心を否定する方向に大きく舵を切ったことにあると思われます。しかし、そろそろ「悪夢」から目覚めなければならないのではないでしょうか。
 「真実の力」を取り戻さなければ、日本に生きていて、あなたがたの体に精神力が宿り、力が湧いてくることはないだろうと思います。
 「人間は神仏の子であり、神仏の心の一部、神仏の光の一部を宿している存在である」という人生観をもって生きるのと、
「人間は偶然に生まれた存在であり、ただの土くれや機械類と同じようなものにすぎない」という人生観をもって生きるのと、どちらがあなたがたの人生にとって素晴らしいかということを、よく考えていただきたいのです。

 この世の中は、自分自身を、「くだらない存在」にするほうの人生観を勧めています。
これに対して、私は、すでに教育批判やマスコミ批判等を展開していますが、宗教界も、はっきり言って堕落の極みであると思います。宗教は日本に数多くありますが、そのほとんどは使命を果たしていないと言わざるをえないのです。
 特に、宗教のなかには、W唯物論的な信仰”を弘めているところもたくさんあります。
仏教などの古い宗教のなかには、そのような考え方をしているところもありますし、
日本のキリスト教団のなかにも、やはり、同じように左翼的な活動に邁進しているようなところがあり、本当のことがわからなくなっている人たちが数多くいます。

436神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:23:40.27ID:mDzI+q1i
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437神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:24:50.68ID:mDzI+q1i
 アメーバから人間になっていく途中のものが、もし生きて存在しているのなら、連れてきて順番に並べてみてください。「これがアメーバで、ここからがナメクジで、ここからがカタツムリで……」というように、人間まで進化する過程を見せていただきたいのです。
その過程には、「途中のもの」、「変化中のもの」があったはずです。 それは、今でも存在していなければいけないでしょう。
ところが、今、存在している生き物は、Wすべて完成されたもの”ばかりです。すでに完成された「種」しか存在していないのです。この意味が分からないのでしょうか。

 仮説に基づいて意見を述べるのは結構ですが、仮説はあくまでも仮説であって、真実ではないのです。それを忘れないでください。
 あるいは、「人間の進化の過程について、アメーバにまで遡るのは行きすぎだ」という人がいるかもしれません。では、「あなたがたの先祖はネズミである」と言われたらどうでしょうか。
それを、「はい、そうです」と、もし百パーセント近い人が信じるならば、そういう世の中は狂っていると思ったほうがよいでしょう。

 今、ネズミはネズミ、人間は人間であり、それぞれW完成体“として存在していますが、「なぜ、ネズミはネズミのままでいるのに、人間は人間になったのか。その理由を説明せよ」ということです。
 なぜ、ネズミはネズミのままでいて、なぜ、人間は高度な知能を発達させ、高度な仕事ができるようになったのでしょうか。それを説明してください。偶然にそうなったと思いますか。あるいは、それが、「適者生存」ということなのでしょうか。
 「偶然に人間に進化した」というのは、言葉を換えれば、「森林には、これだけたくさんの木が生えているので、いつの間にか木造の家が建っていてもおかしくない」と言っているのと同じです。
しかし、家が建つためには、木を伐り、製材し、それを組み立てる人がいなければならないのです。


  「地球の異変」と「新しい文明づくり」は表裏一体

 このような、あまりにも論理が飛躍した仮説に飛びつき、考えることを停止した人間を大量につくった国家には、それなりの困難が必ずやってくるはずです。
したがって、私たちは、そうした国家に立ち向かってくる困難と戦わなければなりません。
 自分自身の存在根拠を否定し、尊厳を否定した者に、

438神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:36:12.99ID:mDzI+q1i
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439神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:38:05.08ID:mDzI+q1i
  「地球の異変」と「新しい文明づくり」は表裏一体

 このような、あまりにも論理が飛躍した仮説に飛びつき、考えることを停止した人間を大量につくった国家には、それなりの困難が必ずやってくるはずです。
したがって、私たちは、そうした国家に立ち向かってくる困難と戦わなければなりません。
 自分自身の存在根拠を否定し、尊厳を否定した者に、繁栄した未来が来ることを期待するのはおかしいと思います。

 かつて「滅びた国」はたくさんありますし、「滅びた文明」もたくさんあります。
学者のなかには、この島国の日本文明を、独立した一つの文明として捉える人もいますが、この日本文明が二十一世紀以降も続いていくかどうかの大きな鍵は、私たち自身が握っているのです。私は、そのことを強く信ずるものです。
 特に、「間違った考え方の下に国家運営がなされているような国に、この日本文明が滅ぼされるようなことがあっては、断じて相成らない」と思っています。
 それは、「神の正義が、この地上において実現されない」というだけではなく、「その正反対のことが実現される」ということになるからです。

 したがって、仏法真理的に見て間違った国是によって成り立っている国家に対しては、言論と伝道において正論を貫き、彼らの国のあり方や文化のあり方を正しい方向に変えていくように努力しなければなりません。
 それをするために、日本は現在、これだけ大きな経済力を持った国家として存在が許されているのだと思います。しかし、その使命を十分に果たし切っていないことが、残念に思われてなりません。
 『救世の法』のなかには、「今後、この世の終わりのようなことが何度も起きる」ということが書かれています。おそらく、そうなるでしょう。
ニュース等でも、大洪水や寒波が起きたことが報道されています。それは、時ならぬラニーニャ現象や北極振動が原因とも言われています。

 今世紀に入ってから、大地震をはじめ、地球の異変がいろいろと続いていますが、おそらく、これからも、いろいろなものが起きてくるでしょう。
 人類に対するそうした「揺さぶり」と、「新しい文明づくり」とは、表裏一体のものだろうと私は思います。今までにあるものが揺さぶられ、まったく予想していなかったことが、今後、たくさん現れてくるでしょう。

440神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:40:10.74ID:mDzI+q1i
 人類に対するそうした「揺さぶり」と、「新しい文明づくり」とは、表裏一体のものだろうと私は思います。今までにあるものが揺さぶられ、まったく予想していなかったことが、今後、たくさん現れてくるでしょう。


  私が生まれてきたのは「希望の未来」を告げるため

 『救世の法』が発刊される直前の2010年12月4日には、横浜アリーナで幸福の科学の大講演会が行われましたが、私は、その講演の最後の5分ぐらいで、「これから、宇宙時代がやって来て、宇宙人たちと交流する時代が始まる」ということを、予言のように述べました。
 それだけを聴けば、今までの日本の常識から大きくずれた、不思議なことを言っているように感じたでしょうが、その直後、会場を出た人のうちの数千人が、上空に現れたUFOの大群を目撃しました。
その様子は写真等に数多く撮られましたし、なかには、母船から円盤が出てくるところを見た人までいます。おそらく100機前後は出現したと思われます(注。このUFO出現についは、当時、スポーツ紙等でも報道された)。

 私の講演は衛星中継をかけていますが、この衛星中継は、恐ろしいことに、地球人ならざる者までが受診して聴いているらしいということが分かっています。
そのため、説法の際の言葉選びは、いっそう難しくなりつつあります。地球人以外の者たちが、翻訳して聴いているからです。
 電波は空中を飛んでいるので、彼らにとって、それを傍受するぐらい、わけのないことでしょう。そして、地球に飛来するだけの科学力を持った文明があれば、私の講演の内容が分からないはずはありません。
 彼らが私の講演に注目してくれていることは、まことに感謝に堪えませんが、その内容をよいほうに使おうとしているのか、悪いほうに使おうとしているのか、そこが、もう一つ疑問なところです。

 両方の可能性があるので何とも言えませんが、「今後、この地球文明が、どういう方向に向かって動いていこうとしているのか。
幸福の科学が挑戦しようと考えている方向に向かっていこうとしているのか」ということについて、今、克明に記録を取っているのだろうと推定されます。
 要するに、「地球人の手によって、地球の未来を切り開いていけるかどうか」ということを見ているのだと思います。

441神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:42:13.47ID:mDzI+q1i
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442神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 16:44:17.45ID:mDzI+q1i
 要するに、「地球人の手によって、地球の未来を切り開いていけるかどうか」ということを見ているのだと思います。

 また、2010年の夏には、中国の空港上空にも巨大なUFOの母船が現れ、一時、空港が閉鎖されるほどの大騒ぎになりました。それはプレアデス星人の母船だったようですが、ものすごい発光をして人々を驚かせました。どうやら、中国への警告だったようです。
 そのように、今後、地球人の手の届かないような現象が、いろいろと起きてくるかもしれません。あるいは、これまで見知っていた現象が、規模を大きくして現れてくることもあるでしょう。いずれにせよ、予想外の事態が、さまざまに起きてくるだろうと思います。
 しかし、どうか、迷わないでください。そのときのために、私は生まれてきているのです。あなたがたに、「希望の未来」があることを告げるために、私は生まれてきているのです。
 どうか、それを信じてください。


4 世界紛争を根本からなくすために

  私の本当の仕事は「ワールド・ティーチャー」

 私は、「日本のためだけに教えを説いているのではない」ということを繰り返し述べています。私は、「国師」としての仕事もしていますが、本質的に、「ワールド・ティーチャー(世界教師)」なのです。
 世界教師として、世界の人々に向かうべき方向を示すこと、すなわち、「地球の未来は、こういうものでなければならない」ということを示すのが、私の本当の仕事なのです。それを知っていただきたいと思います。
 例えば、『救世の法』の第4章「宗教国家の条件」には、「イスラム教とキリスト教等の対立が、今後どのようになっていくか」ということについて、いろいろと書いてあります。

 今、心配されているのは、「核兵器をすでに持っているイスラエルと、核兵器をもうすぐ製造し、保有するであろうイランとの間に、核戦争が起きるかどうか」ということでしょうし、
また、「イランの核兵器が使用可能になる前に、イスラエルがイランを攻撃するかどうか」ということでしょう。
 そして、イランの核保有を認めたら、おそらく、サウジアラビアやエジプトも核武装をするのは確実でしょう。

 今の中東は、「イスラエルだけが核武装をしていて、イスラム教国は核兵器を持っていない」という状況にありますが、それが今

443神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 17:21:57.11ID:vX/LJMlC
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444神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 17:22:35.93ID:vX/LJMlC
 そして、イランの核保有を認めたら、おそらく、サウジアラビアやエジプトも核武装をするのは確実でしょう。

 今の中東は、「イスラエルだけが核武装をしていて、イスラム教国は核兵器を持っていない」という状況にありますが、それが今度、「核武装したイスラム教国にイスラエルが囲まれる」という状況になったとき、それを黙って見過ごすことができるかどうかです。
これが、ここ十年ぐらいの間に懸念される大きな事態の一つです。
 もし、ここで核戦争が起きれば、『旧約聖書』に予言され、また、『新約聖書』の「黙示録」の一部にも予言されているとおりの「ハルマゲドン」(「メギドの山」の意)の戦いになります。
まさに、ここが、「メギドの地」なのです。「この地で最終戦争が起きるかどうか」ということが懸念される問題です。


  教祖の霊的能力のあり方によって「宗教の違い」が出る

 『救世の法』には、そうした争い、対立が起きている理由についても書いてあります。

 それは、要するに、「人間の目には霊界が見えないので、結局、人が書いたものや語ったものでしか神を判断できない」ということです。
過去の預言者たちも、「霊聴」といって、神の声を聴けるだけで姿までは視えないことが多かったので、それが原因で対立がよく起きているわけです。
 偶像崇拝を否定する宗教はよくありますが、その場合、教祖に当たる人に霊視能力がないことが多いのです。もし、霊視ができ、神や仏の姿を視ることができたならば、その教祖は、必ず、その姿を何かに表し、造形しようとするものです。
 しかし、その姿を霊視することができず、声だけが聞こえたり、あるいは、自動書記のようなかたちで霊示だけが降りたりするスタイルだった場合には、偶像崇拝を否定したがる傾向があります。

 それに対して、実際に神の姿を視ることができた人は、偶像崇拝をあまり否定しないのが普通です。
実際に姿を視た場合には、「神の御姿は、こういうものであった」ということを、必ず、ほかの人にも見せたくなるので、像をつくるか、絵を描くかして、目に見えるかたちに表そうとします。
 そのように、教祖の霊的能力のあり方の違いによって、宗教の違いが出てきやすいのです。.

445神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 17:23:11.17ID:vX/LJMlC
  世界宗教のルーツにある「エローヒム」という名の神

 本章のもとになる講演をするに当たり、私は、世界宗教のルーツのところについて、いくつか霊査を行ってみました(『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。
 まず、一神教のユダヤ教から調べに入りました。ユダヤ教には、「ヤハウェ」といわれる主神がいて、ユダヤ民族の初期のころの預言者からは、そのヤハウェを信仰する教えがたくさん出てきています。モーセなどもそうです。
 ところが、ユダヤ教では、途中から神の名が変わっているのです。『旧約聖書』には、第一イザヤ、第二イザヤといって、イザヤという預言者が、二人出てくるとされていますが、このイザヤという預言者が出たとき、彼は神の名を「エローヒム」と呼んでいます。
その前は「ヤハウェ」と呼ばれていたのが、ここから、神の名が「エローヒム」に変わっているのです。

 この理由がユダヤ人たちには分からず、両者を同じ神だと思っていることが多かったようです。
 しかし、霊的な実態を言えば、イザヤ画「エローヒム」と呼んだ神は、当時、中東からアフリカを覆っていた神なのです。実は、このエローヒムという神がイザヤのころに現れた理由は、それから七、八百年後にイエスキリストによって起きるキリスト教の準備のためでした。

 ユダヤ教は、もともと、イスラエルのユダヤ民族の小さな宗教だったわけですが、「次の世界宗教としてキリスト教が出現する基盤をつくるために、途中からエローヒムという神が入っていった」ということです。
 しかし、このあたりの区別が、ユダヤ教のなかでは明確についていません。
イエス自身も、『旧約聖書』を勉強していたので、この区別がはっきりしていない部分があるのですが、イエスが信じていたのは、エローヒムという神のほうです。エローヒムは、当時、中東全域を覆っていた「愛の神」だったのです。

 それで、古いユダヤ教を信じている人たちは、キリスト教を迫害しましたが、その後、また、「キリスト教 対 イスラム教」の争いが起きています。
 このイスラム教を指導したのも、『救世の法』に書いてあるように、その当時、中東全域を覆っていたエローヒム(アッラー)なのです(前掲『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。 。

446神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 17:23:57.36ID:vX/LJMlC
 しかし、このあたりの区別が、ユダヤ教のなかでは明確についていません。
イエス自身も、『旧約聖書』を勉強していたので、この区別がはっきりしていない部分があるのですが、イエスが信じていたのは、エローヒムという神のほうです。エローヒムは、当時、中東全域を覆っていた「愛の神」だったのです。

 それで、古いユダヤ教を信じている人たちは、キリスト教を迫害しましたが、その後、また、「キリスト教 対 イスラム教」の争いが起きています。
 このイスラム教を指導したのも、『救世の法』に書いてあるように、その当時、中東全域を覆っていたエローヒム(アッラー)なのです(前掲『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。 。
 したがって、神はW同じ”なのですが、このあたりを理解し合えていない部分があります。さらには、偶像を否定しやり、「われ以外、神なし」と言ったりした者との軋轢などによって、教えがいろいろ混在して整理ができていないために、戦いが起きているのです。


  世界の紛争を根本からなくし、未来を拓く幸福の科学の使命

 今、私は、それを全部、整理し直そうとしています。そうした世界宗教のもとにあるものを、ルーツのところからきちんと整理し、世界の紛争を根っこからなくそうとしているのです。
 核兵器を用いるよりも前に、宗教の根元から、その勘違いや、相互理解のできていない部分を、根本的に直そうとしているわけです。
 幸福の科学は、そういう大きな使命を持っています。

 さらに、幸福の科学は、単なる国粋主義的な右翼の運動とは、当然違ったものではありますが、日本神道に対しても十分な理解を持っています。
 私は、過去、キリスト教にも、イスラム教にも、ユダヤ教にも、その他の世界の宗教にも、あるいは、アフリカ等にもかなり大きな影響を与えてきました。もちろん、エジプトにも、ギリシャにも、ローマにも、インドにも影響を与えてきました。
 そして今、日本にも大きな影響を与えようとしています。今、あなたがたに明かされている「未来の計画」を実践していかなければならないと思っているのです。

 未来は、ただ与えられるものではありません。「自らの力で拓いていこう」と、強く願っていただきたいのです。

447神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 17:24:15.09ID:vX/LJMlC
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448神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 18:10:20.08ID:DUzK3sKS
  世界宗教のルーツにある「エローヒム」という名の神

 本章のもとになる講演をするに当たり、私は、世界宗教のルーツのところについて、いくつか霊査を行ってみました(『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。
 まず、一神教のユダヤ教から調べに入りました。ユダヤ教には、「ヤハウェ」といわれる主神がいて、ユダヤ民族の初期のころの預言者からは、そのヤハウェを信仰する教えがたくさん出てきています。モーセなどもそうです。
 ところが、ユダヤ教では、途中から神の名が変わっているのです。『旧約聖書』には、第一イザヤ、第二イザヤといって、イザヤという預言者が、二人出てくるとされていますが、このイザヤという預言者が出たとき、彼は神の名を「エローヒム」と呼んでいます。
その前は「ヤハウェ」と呼ばれていたのが、ここから、神の名が「エローヒム」に変わっているのです。

 この理由がユダヤ人たちには分からず、両者を同じ神だと思っていることが多かったようです。
 しかし、霊的な実態を言えば、イザヤ画「エローヒム」と呼んだ神は、当時、中東からアフリカを覆っていた神なのです。実は、このエローヒムという神がイザヤのころに現れた理由は、それから七、八百年後にイエスキリストによって起きるキリスト教の準備のためでした。

 ユダヤ教は、もともと、イスラエルのユダヤ民族の小さな宗教だったわけですが、「次の世界宗教としてキリスト教が出現する基盤をつくるために、途中からエローヒムという神が入っていった」ということです。
 しかし、このあたりの区別が、ユダヤ教のなかでは明確についていません。
イエス自身も、『旧約聖書』を勉強していたので、この区別がはっきりしていない部分があるのですが、イエスが信じていたのは、エローヒムという神のほうです。エローヒムは、当時、中東全域を覆っていた「愛の神」だったのです。

 それで、古いユダヤ教を信じている人たちは、キリスト教を迫害しましたが、その後、また、「キリスト教 対 イスラム教」の争いが起きています。
 このイスラム教を指導したのも、『救世の法』に書いてあるように、その当時、中東全域を覆っていたエローヒム(アッラー)なのです(前掲『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。 。

449神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 18:11:04.99ID:DUzK3sKS
 しかし、このあたりの区別が、ユダヤ教のなかでは明確についていません。
イエス自身も、『旧約聖書』を勉強していたので、この区別がはっきりしていない部分があるのですが、イエスが信じていたのは、エローヒムという神のほうです。エローヒムは、当時、中東全域を覆っていた「愛の神」だったのです。

 それで、古いユダヤ教を信じている人たちは、キリスト教を迫害しましたが、その後、また、「キリスト教 対 イスラム教」の争いが起きています。
 このイスラム教を指導したのも、『救世の法』に書いてあるように、その当時、中東全域を覆っていたエローヒム(アッラー)なのです(前掲『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。 。
 したがって、神はW同じ”なのですが、このあたりを理解し合えていない部分があります。さらには、偶像を否定しやり、「われ以外、神なし」と言ったりした者との軋轢などによって、教えがいろいろ混在して整理ができていないために、戦いが起きているのです。


  世界の紛争を根本からなくし、未来を拓く幸福の科学の使命

 今、私は、それを全部、整理し直そうとしています。そうした世界宗教のもとにあるものを、ルーツのところからきちんと整理し、世界の紛争を根っこからなくそうとしているのです。
 核兵器を用いるよりも前に、宗教の根元から、その勘違いや、相互理解のできていない部分を、根本的に直そうとしているわけです。
 幸福の科学は、そういう大きな使命を持っています。

 さらに、幸福の科学は、単なる国粋主義的な右翼の運動とは、当然違ったものではありますが、日本神道に対しても十分な理解を持っています。
 私は、過去、キリスト教にも、イスラム教にも、ユダヤ教にも、その他の世界の宗教にも、あるいは、アフリカ等にもかなり大きな影響を与えてきました。もちろん、エジプトにも、ギリシャにも、ローマにも、インドにも影響を与えてきました。
 そして今、日本にも大きな影響を与えようとしています。今、あなたがたに明かされている「未来の計画」を実践していかなければならないと思っているのです。

 未来は、ただ与えられるものではありません。「自らの力で拓いていこう」と、強く願っていただきたいのです。

450神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 18:11:26.49ID:DUzK3sKS
4 伝道で「救いのチャンス」「悟りのよすが」を与える

  この世とあの世の間の垣根を跳び、真理をつかめ

 私が述べたいことを整理します。
 最初に、「真実は何か」ということを確定しなければいけません。
 この世に生きている人は、学校での教育だけでは、「人間は、魂がある存在なのか、肉体だけの存在なのか、ということが分かりませんし、学校教育には、どちらかといえば、「目に見えるもの、肉体だけが自分なのだ」と教えるような傾向が出てきています。
 「肉体が自分だ」という考えのなかで道徳を説いても、それは交通ルールを教えている程度にしかすぎないことが多く、精神性が足りません。
 精神性を高めるためには、「真実の世界」について教えなければいけないのです。
 したがって、教育者や社会的地位のある方々が、きちんとした信仰心を持っていることが非常に大事です。そういう偉い方々には、「真実の世界」について勉強し、きちんと知っていてほしいのです。それから、知識階級の方にも勉強していてほしいのです。
 近代の原理のなかでは、とにかく、科学的にも、「疑い」というものを中心に据えたりもしていますし、ジャーナリスティックにも、疑って疑って、真理をつかむ」というような考え方が、けっこう強く出てきています。
 しかし、疑うことだけが真理を得る方法ではありません。真理というものには、一気に飛び込まないと得られないところもあるのです。
 この世とあの世の間には、どうしても垣根があるので、その垣根を跳ばなくてはいけません。あるいは、溝というか、谷を跳ばなくてはいけないのです。思い切って跳ばないかぎり、つかめないところが真理にはあるのです。
 「信仰を持つ」とは、そういうことなのです。どこかで跳ばなくてはいけないのです。
 ところが、どう見ても、谷の幅がかなりあるように見え、跳ぶと落ちそうに思えるために跳べません。
これが普通の人間なのですが、この世に毒されていくうちに、だんだん、それがすごく難しいことのように感じられ、「向こうに行ったら、怖いことが起きるのではないか」と思うようなところがあるのです。
 しかし、「真理は何であるか」ということを確信したら、その真理をガシッとつかまなくてはいけないのです。


  私と釈尊に共通する「過去・現在・未来を見通す目」

451神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 18:11:57.10ID:DUzK3sKS
..

452神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 18:12:44.38ID:DUzK3sKS
  許認可行政のW善意”は「机上の空論」

 私たち幸福の科学でさえ、百人の老人を受け入れるのに七十人の職員が要るとなったら、とてもではありませんが、老人ホームをやれません。
 「一万人をお世話するのに七千人の人が要る」と言われたら、たまったものではないのです。
 百万人をお世話する老人ホームを建てるとなったら、そこでは七十万人ぐらいの人が働かなくてはいけません。これだと、若者がほとんど老人ホームで働かなくてはいけなくなります。
そうしたら、ほかの仕事は、いったい誰がするのでしょうか。それをする人はいないのです。

 この先に見えるものは何かと言うと、W姥捨て山”です。捨てられる可能性があります。「年を取ることは罪なのだ」と言われて、罰金をかけられることになるかもしれません。
「八十歳を過ぎたら一歳ごとに罰金をかけられ、早く死にたくなる」というような政策が実施される可能性もないわけではありません。
 役所はW善意”でやっているのだとは思います。
もともとW善意”でやっていて、「手厚い看護をしろ」とか、「老人に個室を必ず与えろ」とか、そういうことを非常にW善意”で考えているのでしょうが、実は「机上の空論」であり、これは中央計画経済の間違いなのです。

 実際に経営をしたり、商売をしたりしたことのない人が考えるから、こんなことを起こすのです。「便利になれ」と思ってやっていても、実際には、不自由になっていくわけです。
こういうことが、あちこちで、たくさん起きています。学校でも起きていますし、ほかのところでも数多く起きているのです。
 したがって、今、必要なことは、こうした許認可行政の無駄なところを取り払い、民間で実際にやれるレベルで、まずは動かしていくことです。
ニーズがあるなら、そのニーズを受け止め、それを消しこんでいく努力をしなくてはなりません。それを認めることが大事なのではないかと思うのです。

  できるだけ長く現役で働き、゛ピンピンコロリ”を目指す

 幸福の科学の信者に関しては、強いご加護を頂けるように努力しているので、できるだけ長く現役で働いていただきたいと思います。
 チューブを差し込まれて、十年も二十年も、老人ホーム代わりに病院に入ったりしなくて済むよう

453truth ◆1wKzhTEiPI 2018/07/25(水) 18:59:12.75ID:USx8S8b4
疑問を持ったきっかけの一つは、大川隆法氏がヤショーダラ妃を長女の過去世であると言い出した事です。

私は耳を疑いました。

もしそちらが真実なら、一体、大川隆法氏がYさんに言ったことは何だったのか、という疑問が起きました。

ヤショーダラ妃が長女であるとなると、大川隆法氏のしたことは詐欺です。

教祖が霊の声を偽ってセックスを職員の女性に強要したという犯罪になります。

http://6622.teacup.com/takanoriookawa19560706/bbs/2088 

被害者がその後も増大し続けており、

この犯罪を抑止することが

是非とも必要だと思ったからです。

あの記事が出てから、私の元には、

他にも被害者が何人もいるという情報が

いくつも入ってきています。

私は純粋な若い女性たちの信仰心を利用して、

自分の欲望を満たそうとする大川隆法氏と、

彼の犯罪を隠蔽し続ける幸福の科学に対しては、

はっきりと公憤を感じております。

http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/blog-post_29.html

454神も仏も名無しさん2018/07/25(水) 20:26:32.30ID:XFLszsZl
森次慶子 岡くん 色盲絵師 ツイッター芸人
画家 チンフェ 唐澤 5ちゃん荒らし マウント
もりじ ロブスター ニート 裏口入学 悪質
分裂症 猛暑 病気 騒動 煽り運転 狂犬病
コンドーム おばさん キチガイ 炎上 ゲーフリ
芸人 依存症 ポケモン 熱中症 ゲームアプリ
森次 岡山県 ZOZO 東京医大 汚職 認知症
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455神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 07:08:43.76ID:bnvXwfop
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456神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 07:11:15.50ID:bnvXwfop
🌟 信仰の法 第4章

「日本発世界宗教」が世界を救う
    ー この星から紛争をなくすための国造りを

1 国家の基本的精神は宗教からきている

  今、「慈悲と愛の時代」が到来している

 本章では、私の著書「法シリーズ」の十六作目である『救世の法』をもとに、お話ししたいと思います。
 同書を発刊した2011年は1981年に私が大悟してから満三十周年、1986年に幸福の科学の活動がスタートしてから二十五周年、そして、1991年に宗教法人として認証されてから満二十周年という、一つの区切りの年でもありました。
 そういう意味では、竹の節のように一つの区切りをつけ、さらに次の節に向けて大きく伸びていきたいものだと考えています。

 その大悟三十周年の実感が、『救世の法』の「まえがき」に表れています。はっきり言えば、「まえがき」に「救世主宣言」が書いてあるわけです。
 同書の「まえがき」には、「救世主は、仏陀滅後二千五百年を経て、この日本の地に再び姿を現したのだ。これだけ法が説かれて、肝心の日本人がまだ信ぜぬとは『情けない』の一言に尽きる。
そしてこの『仏陀再誕』は、意味的に、『キリストの再誕』をも兼ねている。地球の危機を救い、未来の宇宙時代を切り開きたいのだ。『慈悲と愛の時代』が再び、その到来を宣言されたのだ」と書いてあります。

 また、「あとがき」には、「いま、この日本から、新しい世界宗教が生まれようとしているのだ」という文章から始まり、最後のほうには、「エル・カンターレは、(中略)もっと簡単に言えば、仏教、キリスト教、イスラム教などの生みの親である」と書いてあります。
 さらっと書いてありますが、同書は、大悟三十周年を経た私の「静かな挑戦の書」でもあるということです。


  宗教が否定される国家の繁栄は許されるか

 宗教は世の中に数多くあるでしょうが、同書は、「私たちの拠って立つところ、目指しているところは何であるのか」ということを、極めて明確に示していると思います。この奥には、相当の覚悟が秘められているということでもあります。
 そして、現在まで三十五年以上、さまざまなことを行ってきましたが、「まだまだ、この国の『常識』を根本的に覆すまでには至っていない」というのが実感です。

457神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 07:12:18.43ID:bnvXwfop
  宗教が否定される国家の繁栄は許されるか

 宗教は世の中に数多くあるでしょうが、同書は、「私たちの拠って立つところ、目指しているところは何であるのか」ということを、極めて明確に示していると思います。この奥には、相当の覚悟が秘められているということでもあります。
 そして、現在まで三十五年以上、さまざまなことを行ってきましたが、「まだまだ、この国の『常識』を根本的に覆すまでには至っていない」というのが実感です。

 幸福の科学は、そのなかの一部分として位置づけられ、存在が許されるというレベルで、まだとどまっているように感じられます。これを、もう一段、突き抜けていく必要があると考えます。
 根本的に私が問うていることは、「日本人というのは、本当に文明人なのか、本当に文化資本を持っている人間なのか。この国の文化・文明は、本当に肯定されるべきものであり、未来が約束されているものであるのか」ということです。
 はっきり言えば、「宗教を否定することを旨とするような論調がまかり通り、宗教を尊重、尊敬しない国家が、このまま成長・繁栄の道に入ることは許され続けるのか」ということを問うているのです。
 それは、どういうことかというと、「今の状態は、動物たちの世の中と変わらない」ということです。動物たちは、その日の糧が得られ、自分たちの生命が存続できればよいかもしれません。
 しかし、人間は、それだけでは十分ではないのです。目に見えない価値を感じ、そのなかに生きがいを見出すことができなければ、やはり、人間としての存在根拠は十分ではないと私は思います。そういうことを、私は繰り返し述べているのです。

  「漂える国・日本」に精神的な背骨を通したい

 外国で伝道するにつけても、この日本の国の立っている地盤の弱さというか、脆弱さというか、まるでぬかるみの上に立っているような足元の弱さを感じます。
 精神的基盤が弱く、とてもひ弱です。精神的なバックボーンがないのです。
まさに、「漂える国」です。この島国は、海中の底深く、地球の奥にまでつながっているのか、それとも、海面に浮かんでいるクラゲのように漂っているだけの国なのか、そういうことが本当に気にかかります。

458神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 07:13:31.90ID:bnvXwfop
 「漂える国・日本」に精神的な背骨を通したい

 外国で伝道するにつけても、この日本の国の立っている地盤の弱さというか、脆弱さというか、まるでぬかるみの上に立っているような足元の弱さを感じます。
 精神的基盤が弱く、とてもひ弱です。精神的なバックボーンがないのです。
まさに、「漂える国」です。この島国は、海中の底深く、地球の奥にまでつながっているのか、それとも、海面に浮かんでいるクラゲのように漂っているだけの国なのか、そういうことが本当に気にかかります。

 さらに、精神的バックボーンのなさが、国の政治や外交をはじめ、さまざまなところに影響を及ぼしています。教育においても、非常に情けない価値観を子供たちに教え続けています。
その反作用が、主として国公立学校における学級崩壊や教育崩壊として現れ、そして、いじめ問題等へとつながっていっているように思えるのです。
 国への尊敬を失った大人たちによって育てられた子供たちが、本当の意味で生きがいを見いだし、未来に自信を持つということは、非常に難しいのではないかと感じます。

 私は、何度も繰り返し述べていますが、この日本という国に、一本、キチッと背骨を立てたいのです。背骨を通したいのです。このクラゲのような国に、背骨をきちんと入れたいのです。その背骨に当たるものは、国家としての基本的な精神です。
 その基本的な精神はどこから来ているかというと、道徳から来ており、道徳のもとにあるものは宗教です。宗教は哲学の上に立つものなのです。


  正論を言えないような国民に未来はない

 宗教がしっかりしていなければ、国というのはWフニャフニャの状態”になりますし、現にそうなっています。本当に混沌状態が続いているのが、現在の日本の姿であると思います。
 「GDP(国内総生産)が、世界の第二位か、第三位か」などということは、どうでもよいのです。
世界二百ヵ国近くのなかで、そのトップを争っているような国が、何らの精神的な価値観を発信することもできず、オピニオン(意見)を発信することもできず、世界に対するリーダーシップも持てないでいるような状況は、実に情けない状況です。
そのことを、もっと知らなければならないと思います。

459神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 07:45:47.04ID:bnvXwfop
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460神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 08:19:14.03ID:bnvXwfop
 「GDP(国内総生産)が、世界の第二位か、第三位か」などということは、どうでもよいのです。
世界二百ヵ国近くのなかで、そのトップを争っているような国が、何らの精神的な価値観を発信することもできず、オピニオン(意見)を発信することもできず、世界に対するリーダーシップも持てないでいるような状況は、実に情けない状況です。
そのことを、もっと知らなければならないと思います。
 「世界に対して、国力相応の責任を負っていない」ということに対し、やはり、恥ずかしいという気持ちを持たなければならないのではないでしょうか。私には、そういう気持ちが非常に強くわいてきます。

 今のように漂っているだけであってはなりません。今、やらなければならないことは、しっかりとW精神棒を入れる”ことです。この国に精神棒を入れなければいけないのです。
 そのためには、宗教を軽く見て、嘲笑っている人たちに対し、ビシッと言い返せるようにならなければ駄目なのです。
 日本を、そのような国にしなければいけないと思います。正論を言えないような国民であっては駄目であり、そういう国民には未来はないと私は考えます。


2 光を感じ、人生を立て直す瞬間を

  霊的存在が肉体に宿って、地上で人生を送っている

 『救世の法』の第一章「宗教のすすめ」には、「絶対に外してはならない基本的真理」について書かれています。それは、幸福の科学の信者にとっては当たり前すぎるほど、私が繰り返し説いていることです。
 その一番目は、「人間の本質は霊的な存在であり、その霊的存在が肉体に宿り、地上で人生を送っているのだ」ということです。
 この一点目の真理について、「小・中・高・大」の学校教育のなかではまったく教わりませんし、社会道徳のなかでも教わることはありません。
むしろ、社会でエリートといわれる人たちは、その反対のことを言うことをもって、善と考え、インテリの証明であると考える傾向があります。

 これは、とても残念なことです。もちろん、「思想の自由」「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」など、そういう自由があることは十分に承知しています。
いろいろな意見があってよいし、いろいろな表現があって

461神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 08:50:42.17ID:bnvXwfop
 これは、とても残念なことです。もちろん、「思想の自由」「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」など、そういう自由があることは十分に承知しています。
いろいろな意見があってよいし、いろいろな表現があってよいし、いろいろな考えがあってもよいとは思いますが、「事実と、そうでないものを区別するだけの智慧がない」ということは、人間として恥ずかしいことです。
 どのような意見を述べても自由ですが、そうは言っても、水素(H)と酸素(O)が結合したら、できるのは水(H2O)であり、水素と酸素が結合して石油ができたりはしません。

 いくら言論の自由があるからといって、「水素と酸素が結合したら石油ができる。それは言論の自由だ」ということがまかり通ると思っているならば、何かが欠けていると言わざるをえないのです。
 未知なる事柄については、意見が百出してもよいと思いますが、「水素と酸素が結合して水ができる」ということは、「H2O」という化学式によってはっきりしています。その場合に、「水ではなくて油ができる」などと言い張ることが「言論の自由」ではないと思います。

 これが、私の言いたいことなのです。いろいろな意見があること自体は結構ですが、ただ、「真実」というものはあります。人生には「真実」というものがあるのです。
 したがって、真実に反したことを教えたり、学んだり、真実に反した行動をしたりしている者には、その人生の途中か、あるいは人生が終わった後において、それなりの反作用が来ます。
 また、そういう個人だけではなく、その人たちがつくっている組織や社会、国、あるいは世界においても、それだけの反作用が起きてきます。そういうことを私は述べているのです。 

462神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 08:51:19.96ID:bnvXwfop
 あなたがたが、もし、「肉体が自分のすべてだ」と思っているなら、それは絶対に間違っています。たとえ、いくら偏差値の高い大学の医学部を出た先生が、「人生は死んだら終わりだ」と言ったところで、間違っているものは間違っているのです。
 人間としての尊厳から見て、「間違っているものは間違っている」と言い切らなければならないのです。それを知っていただきたいと思います。
 「現にあるものは、ある」のです。これは、あと何年か何十年かしたら、誰もが確実に体験することなので、どうか、私の言葉を覚えておいてください。
 私の説いていることが、もし一点でも間違っていたならば、そのときには、霊となった姿でどうぞ抗議しに来てください。今まで、抗議に来た人など一人もいません。
みな、あの世に還ってから「大川総裁が説いていたとおりだった」と言っています。「あらかじめ知っておいてよかった」という人ばかりです。
 もっとも、真理を知らなかった人は、どこへ行ったらよいかが分からない状態なので、そもそも私のところへ来ることもできないでしょう。

 ただ、「この世的な知性や知能、インテリジェンスが高い」とか、「地位が高い」とか、「家柄がよい」とか、「名の通った会社である」とか、あるいは男女の差とか、そういうものはまったく通用しない世界があるということを知っていただきたいのです。
 この世では、いろいろな経歴があり、いろいろな仕事をしていたでしょうが、いずれ、誰もが死を迎え、あの世へ旅立ちます。
そのときに持って還れるものは、あなたがた自身の心しかないのです。そして、「その心が、正しい信仰心を持っているかどうか」ということが試されるのです。
 つまり、「人生において、神仏に対する信仰を持った生き方をしたか。それとも、神仏への信仰を妨害せんとして活動している、地獄界にうごめく悪魔たちの価値観に翻弄されて人生を生きたか」ということが、必ず問われるようになるのです。
それが、「個人としての最後の審判」に当たる部分です。
 それは、個人のみならず、組織や社会、国家においても当てはまります。要するに、「その組織や社会、国家における信仰心が、どのような色付けを持っているかによって、未来は、どのようにでも変わっていく余地がある」と私は強く信じています。

463神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 09:23:39.93ID:bnvXwfop
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464神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 09:23:57.16ID:bnvXwfop
  海外と大きく違う日本の宗教事情

 私は、同じ法を説いても、日本と海外では説き方が違っています。それは、それぞれの国民の信仰心のレベルが違うからです。
 もちろん、「日本ほど発展していない国の人たちは、先進国である日本を尊敬する気持ちがあるため、日本人である私の話をよく聴いてくれる」という面も一部にはあるかもしれません。
しかし、そういう面を割り引いても、宗教心のある国の、宗教的素養のある国民の場合は、教えが素直にサーッと浸透していきます。

 例えば、アフリカのウガンダという国では、私の英語説法が、国営放送で毎週連続して流れましたし、映画「仏陀再誕」が流れたりもしました。
 ネパールでも、国営放送で私の英語の説法が流れましたし、インドのムンバイでも、一部、ヒンディー語等の字幕が入ったりしながら、私の講演が流れました。
 日本のテレビ等では、ほとんどありえないことです。日本では、「宗教に関して肯定的に報道したり、教義の流布に協力したりするのは、倫理に反することだ」と思われているのです(注。ただし、一部の地方テレビでは講演を放映し始めている。)
 これはどういうことかと言うと、結局、思わず知らず、「宗教選択」がなされているということです。
つまり、それは、「神仏の側につくか、悪魔の側につくか」という選択であり、「神仏の側につかない」ということは、自動的に、「悪魔の側についている」ということになるわけです。
 それは結局、「この世を地獄界に近づける努力をしている」ということにほかなりません。

 これは学校教育においても同じです。
例えば、日本の教育界では、記紀、すなわち、『古事記』や『日本書紀』等の古代の神話を否定して、教科書に載せなかったりしますし、日本神道以外の宗教についても、考古学的な興味・関心で載せることはあっても、その教えの内容には立ち入らないようにしています。
 そのため、学校で教育を受けただけでは、普通に宗教心が芽生えることはありません。ミッションスクール等に通った人以外は、基本的に宗教心が芽生えないことになっているのです。

 さらに、大学の宗教学科に行くと、もっと信仰心がなくなっていきます。日本の宗教学科では、宗教における信仰心の部分をまったく理解せず、ただただ、フィールドワークのように、できるだけ主観を排除して

465神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 09:24:17.84ID:bnvXwfop
 さらに、大学の宗教学科に行くと、もっと信仰心がなくなっていきます。日本の宗教学科では、宗教における信仰心の部分をまったく理解せず、ただただ、フィールドワークのように、できるだけ主観を排除して分析しているだけなのです。
 それは、医学部で、人体を解剖してバラバラにしているのと、ほとんど同じような状況です。「何が正しいのか」「何が善であり、何が悪であるのか」ということさえ分からない状況が続いており、大学の宗教学は、まったく無駄な学問であると言わざるをえません。

  人間は神仏の子であり、神仏の光の一部を宿した存在

 そうした状況が当たり前のようになってしまった原因は、おそらく、先の大戦における敗戦の反動から、信仰心を否定する方向に大きく舵を切ったことにあると思われます。しかし、そろそろ「悪夢」から目覚めなければならないのではないでしょうか。
 「真実の力」を取り戻さなければ、日本に生きていて、あなたがたの体に精神力が宿り、力が湧いてくることはないだろうと思います。
 「人間は神仏の子であり、神仏の心の一部、神仏の光の一部を宿している存在である」という人生観をもって生きるのと、
「人間は偶然に生まれた存在であり、ただの土くれや機械類と同じようなものにすぎない」という人生観をもって生きるのと、どちらがあなたがたの人生にとって素晴らしいかということを、よく考えていただきたいのです。

 この世の中は、自分自身を、「くだらない存在」にするほうの人生観を勧めています。
これに対して、私は、すでに教育批判やマスコミ批判等を展開していますが、宗教界も、はっきり言って堕落の極みであると思います。宗教は日本に数多くありますが、そのほとんどは使命を果たしていないと言わざるをえないのです。
 特に、宗教のなかには、W唯物論的な信仰”を弘めているところもたくさんあります。
仏教などの古い宗教のなかには、そのような考え方をしているところもありますし、
日本のキリスト教団のなかにも、やはり、同じように左翼的な活動に邁進しているようなところがあり、本当のことがわからなくなっている人たちが数多くいます。

466神も仏も名無しさん2018/07/26(木) 09:24:39.09ID:bnvXwfop
 特に、宗教のなかには、W唯物論的な信仰”を弘めているところもたくさんあります。
仏教などの古い宗教のなかには、そのような考え方をしているところもありますし、
日本のキリスト教団のなかにも、やはり、同じように左翼的な活動に邁進しているようなところがあり、本当のことがわからなくなっている人たちが数多くいます。

 おそらく、個人的に霊的体験のないことが、そういう状況を生んでいるのでしょう。
しかし、個人的な体験があったかどうかは別にしても、人生の途上で、直感的に、「自分には、目に見える世界以外の尊い力が宿っている」ということをまったく感じなかったとしたならば、それはやはり、その人自身の問題であると思います。
 多くの人の助けを受けて生きる。あるいは、多くの人々からの導きを受けて生きる。ある人の言葉を受けて、人生を立て直す。そして、目に見えないところから自分を導いている光を感じる。

 そういう「聖なる瞬間」というものを経験しなかった人は、残念ではありますが、人間としてW合格点”に達していないと思います。


3 大国日本が果たすべき使命とは

  「進化論」は仮説であって真実ではない

 それはどういうことかと言うと、「自己認識が非常に低い」ということでもあります。学校教育の影響もあるのでしょうが、多くの人たちは、「アメーバが人間の先祖であり、そこから進化して人間になった」と考えています。
 そういう人たちに対して、私は、「では、それを証明してごらんなさい」と言いたいのです。しかし、それを証明できた人はいないのです。
 アメーバから人間になっていく途中のものが、もし生きて存在しているのなら、連れてきて順番に並べてみてください。「これがアメーバで、ここからがナメクジで、ここからがカタツムリで……」というように、人間まで進化する過程を見せていただきたいのです。
その過程には、「途中のもの」、「変化中のもの」があったはずです。 それは、今でも存在していなければいけないでしょう。
ところが、今、存在している生き物は、Wすべて完成されたもの”ばかりです。すでに完成された「種」しか存在していないのです。この意味が分からないのでしょうか。

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