一番正しい究極の教え

1神も仏も名無しさん2017/10/22(日) 01:08:26.61ID:oU7En2Qy
一番正しい究極の教えとは。

145神も仏も名無しさん2018/03/29(木) 09:26:11.29ID:7EEI3zBF
>>140
幸福の科学信者なんか信じることしか能が無いので誰一人として幸福になっていない惨めさを露呈。

14612018/03/30(金) 00:01:21.86ID:SKzdPkfs
>>144

ほぼ来るのなら信じる必要はないのでは?

確信する必要があるのですか?

来ない可能性もなくはないけど、
まあほぼほぼ来るだろう、
ではダメですか?

待つことに恐怖があるのでしょうか?

確かに「恐怖無しに生きるには」というのが
この対話の始まりだったと思います。

もし仮に、友人を待つことに恐怖があるなら、
その根底に不信とそれを否定して信じようとする心理がないでしょうか?

(念のため申しておきますが、
「信じる」という言葉を使うかどうかを問題にしているのではありません。
心理状態についてのお話です。)

さて、待つ人が気楽に待つためにはどうしたらいいでしょう?

疑いがあればあるほど、
「いや、絶対に来るはずだ!信じて待とう!」
のように、疑いとは反対のエネルギーを燃やそうとします。

この葛藤についてお話ししています。

147神も仏も名無しさん2018/04/01(日) 12:22:00.52ID:4l9i/gxk
>>70ですが、シリーズ後作の2冊の抜粋も追加させて頂きました(^^ゞ

『新しき啓示』(神が「神との対話」の世界へのスタンスを述べた後作の書)

◆聖なる書(宗教)は色々あっても、基本的なメッセージは同じだということだよ。違うのは、人間の解釈の方だ。
P21

◆あなた方の世界は今、大きな問題にぶつかっている。
あなた方は信念(神や自分に対する考え方)のレベルで問題を解決しなくてはならない。
行動のレベルでは解決できないのだよ。
行動ではなく、信念を変える努力をしなさい。信念を変えられれば、行動は自然に変わってくる。
P41

◆地球の平和はあなた方が信念を変えた時にだけ達成できる。
しつこいようだが、そこを肝に銘じて理解していなければ、何をしても地球を癒すことは出来ない。
あなた方が癒そうとしているのは、信念が生み出した傷なのだ。
P71

◆この対話の中で私が言う「組織的宗教」とか一般的な「宗教」とは、排他的な教義を教えている宗教のことだ。
言い換えれば、「私達の信じているものだけが、唯一の真の宗教だ」と主張する宗教のことだ。
こういう宗教は問題だ。
全ての宗教が問題なのではない。
P82

◆世界は新しい霊性(スピリチュアリティ)を生み出さなければならない。
古いもの(宗教)に完全にとって代わるのではなく、古いものを新たにする霊性だ。
古いものを縮めるのではなく、拡大する霊性だ。
古いものをくつがえすのではなく、その中の最善のものを支える霊性だ。
P266

◆その霊性は、伝統的な宗教の教えを頭から否定するのではなく拡大し、もう適切でなく有効でもないと皆が考える一部を変えるものだ。
P278

◆人類は大きな危機に直面している。
その危機とは、イデオロギーの対立だ。信念の危機だよ。
P278

◆「(他の宗教・人種・国などより)優れている」という人間の考え方は、あらゆる知的存在が生み出した中で、最も有害な概念だ。
P302

 

148神も仏も名無しさん2018/04/01(日) 12:22:49.22ID:4l9i/gxk
『神へ帰る』(神が死後の世界の事も詳しく述べた後作の書)

◆魂は霊的な世界(あの世)を通って完全な知に到達し、物理的な世界(この世)の道を通って完全な体験に到達する。
どちらの道も必要で、世界も二つある。
P68

◆希望は「死」においても「生」においても素晴らしい役割を果たす。決して希望を捨ててはいけない。
希望は神聖化された思考だよ。
P192

◆あなたは(死後)「一つであるもの(神)」へ戻り、(また来世)「一つであるもの」から分かれて現れる。
これを未来永劫、永遠に、さらにその先まで何度も繰り返す。
P266

◆全ては完璧なタイミングで、完璧な方法で起こる。
「神の王国」において、不完全ということはあり得ない。
「この地上」は神の王国だよ。神の王国の一部でない場所など、どこにも無い。
P276

◆全ての人、全ての事に神を見て、全てを完璧だと見なさい。
P278

◆「神の愛」への信頼は、人生の日々を生きる時に役に立つし、死を迎える日にも同じく役立つのだよ。
私はあなた方を愛している。あなた方すべてを深く愛している。
P436

◆あなたがここ(この世)から去った時、以前亡くなっていつまでも心の中に残っていた人達ときっと再会出来ることを知っておきなさい。
それから後に残していく人達のことも心配しなくていい。永劫の中で、その人達とも何度も再会し、何度も愛するから。
P464

◆本当は皆天使だ。あなたが対立相手だと思っている人、敵だと想像している人達でさえそうなのだよ。
全て神聖な理由と目的が有って、あなたの世界に現れている。
だから闇をののしらず、闇を照らす光となりなさい。
起こる事は皆、想像する中でも最高に素晴らしい世界と経験に導く道を開くのだから。
P482



 

14912018/04/04(水) 00:19:15.06ID:ToXq6kwZ
>>147

> ◆聖なる書(宗教)は色々あっても、基本的なメッセージは同じだということだよ。違うのは、人間の解釈の方だ。
> P21

人間は解釈をします。
そしてそれは必ず分かれます。
たくさんの宗教があるように。

裏を返せばその基本的なメッセージの中身を知りたいのであれば、
解釈をしてはいけないということですね。
「精神でそこに至ることはできない」
のような記述がありましたよね。

精神つまり仏教などで言うところの自我ですが、
このシステムはどのように働くのでしょう?

自我が世界を作っていますので、
自我の構造を明らかにすれば、
世界が明らかになります。


> ◆あなた方の世界は今、大きな問題にぶつかっている。
> あなた方は信念(神や自分に対する考え方)のレベルで問題を解決しなくてはならない。
> 行動のレベルでは解決できないのだよ。
> 行動ではなく、信念を変える努力をしなさい。信念を変えられれば、行動は自然に変わってくる。
> P41

神は存在する、
自分は存在する、
という信念。

そして、そこから発展して、
神とはこういうものである、
自分とはこういうものである、
という信念を持ちます。

大切なのは、どれかの信念が正しくどれかが間違っているということではないですよね。
もし、正しい信念を持ちなさい、ということになると、
結局のところ、解釈が別れ、どっちが正しい正しくないという果てしない迷路に迷い込みます。

では、どうすればいいのか?

右とか左とか、正しいとか正しくないとか、優れているとか劣っているとか、こっちとかあっちとか、
といった二元論とはまったく別次元の方向へアプローチしなければならないということです。

150神も仏も名無しさん2018/04/05(木) 19:33:47.92ID:yGDxINmD
>>149
1巻5章に、
「精神の旅ではなく、心の道で神にたどり着きなさい」とのことですが、
翻訳の関係で、この場合は精神(常識的思考)、心(感覚、感性)かなと私は考えています。
最も明確に神(神の存在、働き)を知るには「経験」とのことですからね。

あと世界に伝えられているメッセージは同一ということは、各宗教やスピリチュアルの共通項的な核の部分、
例えば「神は世の創造者・支配者で愛である」「生命は永遠である」「人間は神の子である」等ですね。
中には輪廻転生の部分は教団組織に都合が悪いので排除しているような所もあるようですが。

そして誰か他より優れた正しい人間・人種などがいるという、単純な善悪、優劣などの二元論ではダメだということでしょうね。
1巻P62辺りに少し難解な話として、
素朴(未成熟?)な領域の関係は二元的(対極)で、より崇高な領域の関係は三元的(三位一体、循環)だと述べていますね

あまり小難しく考えず、我々が日常的に意識しておくべき事を端的に言えば、
人間は皆、神から愛された素晴らしい存在である。
そして誰にも存在意義がある。
簡単に善悪や優劣は決めつけられないし、決めつけてはいけない、ということだと思いますが。

 

151クンロク2018/04/06(金) 00:13:14.38ID:HOxi5tvE
>>101
西部邁さんの自殺を手助けした男が二人、逮捕されましたね。
いづれ、あの人の死生観についても少しは報道されるでしょうし、自殺を選んだ心境についても、より正確に推理することができるようになるでしょう。

15212018/04/06(金) 22:33:15.34ID:gf6eaIpz
>>150

確かめるのか信じるのか、ということなのですが・・・。

『神との対話』の定義では、
神はすべてであり同時にすべてでないもの、
ということです。

平たく言うと、あれもこれも神であるというわけですが、
すると神でないものはないわけですね。

神に限界や境界があってはいけないわけです。

全知全能なわけですから。

これは核心をついておりまして、
つまり、神はいないと言っているのです。

神しかないということと、神がいないこととは同義なんですね。

リンゴが在るというのは、
リンゴではないものがあるからです。

リンゴはリンゴではない空間に囲まれているから、
リンゴとして存在できます。

つまり、必ずリンゴとそうでないものとの境界があるんです。

どんなものも境界がなければ、存在することはできません。

それだけしかない、ということはないんです。

それだけしかないということは、それはないということです。

神しかいないということは、神はいないということですね。

神以外のものがあるなら、神は存在します。

もはや全知全能ではありませんが。(笑)

15312018/04/07(土) 23:47:04.12ID:YYpU5iJh
神を体験するには、
すべての前提を一旦脇において、
何もないところに入っていかなければなりません。

私が解釈した神や、私が理解した神、
もっと言うと私が知ることのできる神は、
相対者でしかなく絶対者ではありません。

私が知る事ができる神は、
私が分類したり定義したりできる神だということです。

私というものは、知っていることしか理解できないのです。

その神は、私が既に知っていることをかき集めて、
それに当てはめられたものだということです。

私が神を理解したなら、その神は私を超えていないのですね。

私の守備範囲にいるのです、その神は。

(もはや私が神です。(笑))

ですからどこまで行っても、その神は、
イメージであり観念なんです。

ですから、私は真っ白になって飛び込まなければなりません。

真っ白な私は、もはや私ではありません。

「それだけになる」ということです。

たとば音に集中し、その中に入ってしまうのです。

音を聞くのではなく、理解するのではなく、
それだけ、になってしまうともはや音ですらありません。

それだけ、ですからもちろん体験者もいません。

その、それだけ、は理解できませんし、解説もできません。

その、それだけ、は日常当たり前に起きていることなのですが、
そこから出て分類・理解したときだけが記憶に残っているので、
神がいないように見えるのです。

すべてであり同時にすべてでないものが体験できないのです。


さて、神しかないのですから、
神がいるとか信じるとか体験するとか、
ナンセンスなんです。

空気のような存在、当たり前の存在なわけですから、
とりわけ意識する意味はないですよね。

神を信じることなく、普通に生活している人の方が、
よっぽど神を完全肯定しているわけです。

154クンロク(96)2018/04/09(月) 18:15:29.75ID:ZD5k/zPO
90 さんへ
 私は唯物論から有神論へと転向する過程でいろいろなことを考えたのだが、その一つが「目に見えないもの」についてだったのは、当然と言えるだろう。
 私たちは多くの「目に見えないもの」に囲まれて暮らし、その恩恵に預かっているよね?。例えば電波、赤外線、紫外線、電磁波、放射線といったものは、私たち人間の目では直接には見えないものだ。
 また、耳に聞こえない音というものもある。いわゆる超音波をレーダーのように使って蝙蝠が暗闇を飛んでいるのはあなたも聞いたことがあるだろう。「犬笛」は人には聞こえないが、犬には聞こえるそうだ。
 犬や豚の嗅覚が人間より遥かに優れていて、麻薬探知犬やトリュフ探しに豚を使うこともある。フクロウの暗視能力や鷹の動体視力も人間には無い。
 あなたは多分、携帯かスマホを持って日々利用しているだろうが、他の人のスマホとの間を繋いでいるという「電波」を見たことがあるかい?。有り得ないよね。でも、実在している。
 そう、21世紀に生きる私たちは、最初に「目に見えるものは存在する」と認めて考えるべきなんだと私は思い至ったのです。

155クンロク(96)2018/04/09(月) 18:26:25.75ID:ZD5k/zPO
人間の五感なんて、それほど優れているわけではなく、お釈迦様の時代から、「眼・耳・鼻・舌・身・意」の六識のうち、唯一、他の動物より優れているらしいのは「意識」だけなんだよね。

156クンロク(96)2018/04/09(月) 18:31:04.05ID:ZD5k/zPO
うまく言えないけど、ともかく、目に見えないものを、その存在を認めないというのは、19世紀的な発想だと思う。
現在の科学は、「目に見えないもの」を研究している。

157クンロク(96)2018/04/09(月) 18:36:45.04ID:ZD5k/zPO
「目に見えないもの」のなかには、未来や過去がある。他でもない、あなたの未来も、まだ見えてないけど、確実にある。
おそらくは、肉体の死後のあなたの意識もある。
 今日はここまで。

15812018/04/14(土) 22:55:21.48ID:eXiJ+BjJ
つまり、私の体の機能がこうだから、
世界はこうなんですね。

159神も仏も名無しさん2018/04/16(月) 10:34:34.10ID:Nug3FHz4
ホーキング博士の幽霊は"自由"だった

先月亡くなった、宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング博士は生前、自身が研究で追いかける最終的な問いについて、こう語っていた。

なぜ今のような姿であり、なぜ存在するのか――。

これは、博士が自分自身についても、投げかけ続けた問いでもあろう。博士は、21歳の若さで筋委縮性側索硬化症(ALS)を発症し、全身の筋肉が徐々に動かなくなっていくという、過酷な運命と闘った。

晩年、宇宙を解明する理論を進化させるにつれ、博士は人と神の存在について、以下のような"結論"を出していた。

「脳はコンピューターのようなもの。部品が壊れれば動作しなくなる。壊れたコンピューターには天国も来世もない。天国は、暗闇を恐れる人間のための架空の世界だよ」(*2)

「青の導火紙に点火して宇宙をスタートさせるために神を持ち出す必要はない」(*3)

では今、博士が運命と闘った汗と涙、そして、宇宙の仕組みに対する天才的な慧眼は、全て消えてなくなってしまったのだろうか――。

「あの世を受け入れられない科学者」という現代的問題
そうではなかった。博士が亡くなってから約3週間後の4月4日、大川隆法・幸福の科学総裁の元に、博士の霊からコンタクトがあった。大川総裁は博士の霊を身体に入れ、霊言を行った(*4)。

博士は霊言の冒頭、自身の今の状況への困惑を以下のように訴えた。

「It's a mystery. Am I alive or not? Are we alive? I'm thinking, thinking, thinking or dreaming, dreaming, dreaming?」
(不思議なんだ。私は生きているのか? 我々は生きているのか? 私はずっと思考し続けている……もしくは、ずっと夢を見続けているのか?)

本欄を読みながら「霊などない」と思っている人も、仮定でもいいので、想像してみて欲しい。もし自分の死後、予想に反して、意識が残ってしまったら。自分が生きているのか、死んでいるのか分からず、混乱するだろう。

160神も仏も名無しさん2018/04/16(月) 10:44:15.36ID:Nug3FHz4
博士は、質問者である幸福の科学職員に「あなたは霊だ」と説明されても、「No one can prove that(そんなこと、誰も証明できない)」と受け入れない様子だった。
しかし博士は、音声合成装置もなく話し、車椅子なしで移動している。その矛盾を説明できず、戸惑っていた。

科学的なアプローチで、世界の様々なことを説明できるようになればなるほど、宗教的な世界観を拒否するようになる人は多い。博士の困惑は、そんな現代社会の問題を象徴しているといえる。

「神に呪われた」人生だったのか?
博士は対話を進める中で次第に、なぜ自身が無神論となったのかを語る。そこには、「物理学的な結論」とはまた別の不条理感があった。

「If God made me, I cannot accept the reason why I'm so heavily destroyed my physical actions, or perception. I hate God. If you think, you believe, that you are like gods, or God. I cannot believe that kind of God」
(私が神に創られたとしたら、なんで自分がこんなに重い肉体的障害があって、知覚も障害があったのか、その理由が納得できない。神なんか嫌いだ。君らが、『自分は神に似せてつくられた』と思うとしても、私はそんな神は信じられない)

しかしその後の対話の中で徐々に、博士の中にあった「神に呪われた人生だった」という見方が揺らいでいく。

そして博士は自身の境遇を、『旧約聖書』に書いてある「義人ヨブ」に重ね合わせるかのような言葉を口にし始めた。

「ヨブ記」では、信仰心深く、心正しく生きていた義人ヨブが、神により、病気や身内の死などの、ありとあらゆる災難を与えられる。そんな中で神を疑うようになったヨブに対し、神は次のような主旨の言葉を与える。

「おまえに神の心が分かるのか。この宇宙を創ったものの、ほんとうの思いが分かるのか。なぜ私がおまえにこのような試練を与えているか分かっているのか」

ヨブは心改め、その後、大きな幸福を得ることになる。

161神も仏も名無しさん2018/04/16(月) 10:45:05.94ID:Nug3FHz4
ホーキング博士は、過酷な運命と戦いながらも、偉大な理論や功績を残した。そして、世界中の人々を勇気づけた。それは、当事者にとっては過酷な時間だったかもしれない。
しかし霊として「自由な身体」となった今、その人生を振り返れば、苦難の経験は魂の勲章として、さらに大きな喜びにつながっていくに違いない。

自身の人生の意味を、そして幸福も不幸も共存するこの宇宙が存在する意味を、博士はこれからも追究し続けるのかもしれない。

16212018/04/16(月) 22:50:29.83ID:JmFCBASt
目に見えないものも目に見るものも、すべてのことについて、
ありとあらゆる前提を一旦脇に置いておいて、
ゼロからはじめてみるというのはいかがでしょうか?

16312018/04/17(火) 00:06:52.57ID:Licdoau+
未来や過去など、確実に在ると言えるものであっても、
目に見えないものは存在しない、という19世紀的な発想と同様に、
絶対的な根拠にはなりえません。

目に見えないということを根拠に無いと判断することと、
目に見えないけど何らかの根拠に基づいて在ると判断することは、
同義ですよね。

私が得た根拠に基づいて在るとか無いとか判断しているという意味で同じなわけです。

その根拠は自我という機能が作り出したものであって
どこまでいっても相対的です。

私というものは絶対者ではないので。

16412018/04/17(火) 00:07:43.42ID:Licdoau+
未来とか過去という概念は、
そもそも人間が作り出したものですよね?

大前提として時間というものが存在しているという考えがあるのですが、
時間も人間が創り出したもので、そもそものところ存在しません。

それは私たちの決め事ですよね。

動きとか変化のことを時間と決めたわけです。

そして、動きとか変化は、人間が記憶という機能を持っていなければ、
存在し得ません。

記憶という機能や私の体の機能が、動きとか変化を作り出しているのです。

「犬笛」が聞こえる機能を持つ犬がそれに反応するように、
記憶という機能やこのような体の機能を持つ持つ人間が、
動きや変化が存在すると判断しているのではないですか?

16512018/04/17(火) 00:22:23.17ID:Licdoau+
目に見えない世界があるという主張は、
人間に認識できない世界があるということとは違いますよね?

前者には目に見えない世界を認識する主体つまり私が必ずいますが、
後者にはそれがありません。

つまり、死後の世界も私(自我)の投影だということですね。

そうなってくると、生きている世界も死後の世界も、
私(自我)というメカニズムが作り上げた幻想であるということになります。

16612018/04/17(火) 00:54:45.53ID:Licdoau+
人は、
「何の罪も無い人が何故こんな目に?」
などのように考えたりします。

ところが実際にはそこに理由はありません。

ヨブがどんなに善人であっても災いは降りかかります。
そこに理由は無いのです。

ところが人はどうしても「何故?」と問います。

そして、試練とか前世などを持ち出して納得を得ます。
(試練も前世も私の中の根拠でしかありません。
つまり相対的なものです。)

自我は納得を得たいのですね。

ところが疑問を作り出さなければ納得も要りません。

疑問は作り事なんです。

問題は、「何故?」と問うことなく「分からない」というそのままの中に安住できるかどうかなんです。

安住する人の「何故?」と安住できない人の「何故?」は、
まったくの別物なんです。

167702018/05/06(日) 19:18:21.11ID:a/Pufw/a
「神との対話」の中で語られている内容に非常に参考になると思いましたので、
補足・参考資料として追加しました。

「神との対話」の内容の、「医学的奇跡・体験を通した証拠・証明」版とも言えると思います。

※補足、参考資料。

『喜びから人生を生きる!(臨死体験が教えてくれたこと)』アニータ・ムアジャーニ著

4年越えで絶命寸前までいった末期ガン(ステージ4B)・多臓器不全からの臨死体験、
そして意識復帰と数日での大きなガン部位の消滅・臓器回復という奇跡的体験(何人もの癌専門医が詳細に病院での病状データを検証・確認し驚く)をした女性が、
臨死時の具体的な詳細を語った貴重な本です。
この本もベストセラーであり、かつ読んだ人全体から相当に高評価されている本です。


ちなみに「神との対話」の中で神が語っている内容、「宇宙との一体感、完璧性」や、

『神との対話2』

◆死の瞬間にあなたは、かつて味わった最大の自由、最大の平安、最大の喜び、最大の愛を知るだろう。
P84

『神へ帰る』

◆死とは、人が力強くなる時だ。死というプロセスを通じて、その人の在り方が拡大されるのだから。
P336

◆全く不充分だが、なんとか言葉にしようとすれば、温かく包まれ、深く慰められ、大切に慈しまれ、心底から評価され、
真に貴ばれ、優しく育まれ、底まで理解され、完全に許され、まるごと抱きとられ、長く待ち望まれ、明るく歓迎され、
全面的に称えられ、喜びのうちに寿(ことほ)がれ、絶対的に守られ、瞬時に完成され、無条件に愛されている。
これらが一つになったものと言おうか。
P359

◆まず、あなたは自分が身体ではないことに気付く。(第一段階)
それから自分の信念に基づいて経験すると予想した事を経験する。その経験は好きなだけ楽しんでいられる。(第二段階)
それから死の第三段階へ進む。この最後の段階で、あなたは「エッセンスとの全面的な溶け合い」を経験し、
その経験から分かれて現れ、終わったばかりの物理的な人生を振り返り、
あなたの言い方で言うなら「先(霊的世界)へ進むか、(物質的世界へ)戻るか」を決定する。
P437

以上の神の言葉そのものの体験話だと思いました。

 

168神も仏も名無しさん2018/05/06(日) 19:20:16.02ID:a/Pufw/a
抜粋の中の一部です。この一部だけでも、「神との対話」への大きな確信と、「死」への安心に繋がると思います。

P1〜
まえがき ウエイン・W・ダイアー博士

アニータは、四年以上にわたる癌との闘いで、死に直面しました。つまり、死の瀬戸際まで行き、それを越えて、
死の家の中へと入って行ったのです。彼女は、その体験のすべてを詳細にこの本で述べています。
自分が抱いている信念、特に来世と呼ばれるものについて、もう一度考え直すくらいの気持ちでじっくりと読んでみてください。  
彼女は、死の淵から戻ることを許されただけでなく、物質世界を超えた向こう側の世界がどのようなものなのか、
そして、それよりもっと重要なことですが、そこではどのように感じられるのかについて、私たちみんなに伝えることを許されました。  
この本を読めるあなたはとても幸運です。なぜなら、癌とのすさまじい闘いや神の癒しを体験した旅の中で、
アニータが悟りえたあらゆることを自らの人生に生かせるのですから。  

P284〜
訳者あとがき

臨死体験の本は数多く出版されていますが、本書が際立っている理由は、臨死体験後、末期癌から奇跡的治癒を遂げたことにあると言えるでしょう。
死を迎えようとした時、アニータはほとんど全身を癌にむしばまれていましたが、臨死体験後、
すべての癌が短期間のうちに一つ残らず消えてしまったのです。
この事実には、アニータが自らの体験を投稿した臨死体験研究会(NDERF)の代表者である癌専門医も非常にまれなケースだと注目しました。
さらに、もう一人のアメリカ人癌専門医コー医師も、この異例の回復ぶりに大いに興味を持って、
アニータと彼女の主治医に会うため、アメリカから香港へ訪れたほどでした。アニータのケースは、
癌専門医を対象としたコンファレンスで紹介されるなど、医学界でも注目を浴びたのです。
このような奇跡的治癒と医師による調査結果は、彼女の臨死体験が真実であることを示す証拠にほかなりません。

169702018/05/06(日) 19:22:44.01ID:a/Pufw/a
P19〜
「心臓はまだ動いていますが、奥様の意識はもうありません。助けるには手遅れです」と、医師は夫のダニーに告げました。
「医師は誰のことを話しているんだろう? 私は、こんなに最高の気分なのに。
ママやダニーは、どうしてあんなにおびえて心配そうなの? ママ、どうか泣かないで。何があったの? 私のせいで泣いているの?
お願い、泣かないでちょうだい。私は、大丈夫よ!」 大きな声で言っているつもりでしたが、声になりになりませんでした。
母を抱きしめ、慰めて、私は大丈夫だと言いたかったのですが、なぜそれができないのか、まったく理解できませんでした。
どうして身体が言うことをきかないの? どうして死んだみたいに横たわっているの? 愛するダニーや母を抱きしめて、
私はもう大丈夫で、痛みもまったくないと安心させたいのに……。
「ダニー、見てちょうだい。もう車椅子なしで動き回れるのよ。最高の気分!もう酸素ボンベもいらないわ。
呼吸も苦しくないし、皮膚病変も消えている。傷口はじくじくしてないし、痛くもないわ。四年間苦しかったけれど、
やっと元気になったのよ」私はただ、この上ない喜びに包まれていました。私の身体をむしばんでいた癌の痛みから、
やっと解放されたのです。

その時、自分は死ぬのだと悟りました。「ああ…… 私は死ぬんだ。死ぬって、こんな感じなの?
これまで想像していたのとは、まったく違うわ。とても安らかで、穏やかな気分…… やっとやっと癒された気がする!」
私は、たとえ身体の機能が止まっても、生命という大きなタペストリーの中で、あらゆるものが完璧であり続けると理解したのです。
すなわち、それは、人は死なないということでした。  

苦しみや痛み、悲しみなどはすべて消えていました。ものすごい解放感で、こんな気分になったのは生まれて初めてでした。
純粋な、無条件の愛としか言い表せないものに包まれている感じがしました。
私は、この愛のエネルギーにどっぷりと浸かり、元気を取り戻しました。そして、この地こそ自分のための場所だと感じました。
何年にもわたる闘いや苦しみや不安や恐れのあとで、ようやく本当の我が家にたどり着いたのです。



 

170702018/05/06(日) 19:24:05.62ID:a/Pufw/a
「残念ですが、もう奥様のためにできることは何もありません。奥様の臓器はすでに機能を停止しました。
レモン大の癌が、頭蓋骨から下腹部まで、すべてのリンパ系組織に広がっています。肺だけでなく、脳も液体でいっぱいです。
癌による皮膚病変も見られます。おそらく今晩が山でしょう」 医師はダニーに、そう告げました。

P104〜
外見上は、昏睡状態に見えていました。
私は、どんどん外へと広がっていき、周囲の物理的環境から引き離されていくのを感じました。
そこにはもはや空間や時間の拘束はなく、どんどん拡大し続けて、より大きな意識と一つになっていくようでした。
身体を持っていた時には体験したことのない、自由や解放感がありました。それは、歓喜や幸福が散りばめられた、
至福感としか言いようのないものでした。
ともあれ、長い身体的闘いからやっと解放された私は、この自由というすばらしい体験を楽しんでいました。
それは、身体的にどこか別の場所へ行ったというよりも、むしろ目覚めたような感覚でした。

P106〜
驚いたことに、私は十年前に亡くなった父の存在に気づきました。それは、私に信じられないほどの安心感を与えてくれました。
「パパ、ここにいたの! 信じられないわ」 実際には、そう言ったのではなく、ただ思っただけでした。
そのような感情を抱いたというほうが正しいかもしれません。その世界では、感情が唯一の対話方法だったのです。
「そうだよ、アニータ。おまえや家族のために、いつもここにいたんだよ」 父は私にそう伝えました。
これも言葉ではなく、感情によるものでしたが、私にははっきりとわかりました。
それから、三年前に癌で亡くなった親友ソニにも気づきました。父やソニの存在が優しく抱きしめるように私を包み込んだ時、
ワクワクした高揚感に満たされ、心から楽になったのです。彼らは、私が気づくずっと前からそばにいてくれ、
病気の最中も見守っていてくれたのだと わかりました。さらに、他の存在にも気づきました。
それが誰なのかわかりませんでしたが、彼らが私のことをとても愛し、守ってくれていることがわかりました。
彼らはいつもそこにいて、私が気づいていない時でさえ、大きな愛で包んでくれていたのです。

 

 

171702018/05/06(日) 19:25:17.02ID:a/Pufw/a
P107〜
私は身体の五感ではなく、まるで新しい感覚を手に入れたように、限界のない知覚を使っていました。
それは、通常の能力よりもはるかに鋭く、三百六十度が見渡せて、自分の周囲を完全に認識できました。
驚嘆すべきことのようですが、それが普通に感じられたのです。もはや身体の中にいることのほうが、
制限された特殊な状態であるように感じました。

P130〜
昏睡状態から目覚めて二日も経たないうちに、医師は、奇跡的に臓器の機能が回復し、
毒素で晴れ上がっていたのもかなりおさまってきたと告げました。
別の癌専門医が定期健診を行った時、彼は驚きを隠せずに、こう叫びました。
「あなたの癌は、このたった三日間で、目に見えて、かなり小さくなっています。
それに、すべてのリンパ節の腫れもひいて、以前の半分くらいの大きさです!」

P150〜
2006年の夏ごろでしたが、アメリカに住むもう一人の癌専門医から連絡をもらいました。彼はピーター・コー医師といい、
自然に癌が治癒したことに興味を持っていると言いました。
私は彼と数時間電話で話をし、特に、病状と自分の体験についての詳しい内容を教えました。
それから、私の病歴に関する書類を彼にファックスで送りました。
その中には私が病院へ運ばれた2月2日の医師の報告書も含まれており、「リンパ腫、ステージ4B」という診断と、
私の病状と見通しが記載されていました。
これらの書類を読んだあと、コー医師が最初に発した言葉は、「この書類を見るかぎり、あなたはすでに死んでいるはずです!」でした。

172702018/05/06(日) 19:25:51.92ID:a/Pufw/a
P167〜
私にとって、もはや死は、他の人が考えているのとは異なるものになりました。ですから、誰かが亡くなっても、
嘆き悲しむことがとても難しくなったのです。もちろん、親しい人が亡くなると、この世でもう会えないことを悲しみますが、
亡くなった人のためには、悲しまなくなりました。それは、彼らがもう一つの世界へと移動し、幸せだと知っているからです。
そこで悲しんでいるはずなどありません。

P265〜
自分が死んだ時は、まるで夢から目覚めたような感じでした。どこかに行ったような感じではなく、
覚醒して、三百六十度の視野と、完全な共感覚(複数の感覚が同時に認識されること)が得られたようでした。
自分に関わるあらゆるものが見え、聞こえ、感じられ、わかったのです。私は、自分の過去、現在、未来を同時に生きていました。
さらに、私に関係する出来事は、壁や空間を超えて、すべてわかりました。
ですから、医師たちの会話が聞こえ、兄が飛行機に乗っているのが見えたのです。


以上です。

 

 

 

17312018/05/20(日) 23:16:31.16ID:cPU+OO5g
>>167
> それから死の第三段階へ進む。この最後の段階で、あなたは「エッセンスとの全面的な溶け合い」を経験し、
> その経験から分かれて現れ、終わったばかりの物理的な人生を振り返り、
> あなたの言い方で言うなら「先(霊的世界)へ進むか、(物質的世界へ)戻るか」を決定する。

瞑想などによって同様の体験が起こります。

例えば、音が聞こえるとき音の中に完全に入ってしまいそれと完全に同化してしまうと、
私は消え、音だけになります。
それが音であることを認識する私がおらず、
音しかないので、つまり音以外がないので、
もはやそれは音ですらなくなります。
それは私のまったく知らないものです。

「エッセンスとの全面的な溶け合い」とはそういうことですよね。

ただしこれらの理解はそこから出たとき、
つまり振り返ったときに起こります。
その中にいるときは、私がいないとか、
音しかないとか、知らないものであるとか、
といった認識はありません。

認識する主体がないので当然です。

実は、このようなことはしょっちゅう起こっています。

自分の考え、つまり分類し判断することに忙しくて気づかないだけです。

その意味で、しょっちゅう死んでいるのです。

17412018/05/20(日) 23:17:15.63ID:cPU+OO5g
臨死体験は死んでいませんね。

あくまで臨死、つまり死と向き合いその場に居合わせている体験です。

体は機能を停止しているけど私がいるということは、
私は死んでいないということです。

まあ、エッセンスの中に入ったり出たりしている、
といったところでしょうか・・・。

17512018/05/20(日) 23:17:38.91ID:cPU+OO5g
現実とは脳が見る夢です。
脳が(あるいは体がと言った方がいいかもしれませんが)、
体験することはそれがどのようなものであれ
私という固体にとっての現実になります。

17612018/05/20(日) 23:18:01.59ID:cPU+OO5g
すべてが幻想であることが分かりますと、
私というものの方針について頓着する必要がなくなります。

こうでなければならないんじゃないかと思い煩う必要がなくなり楽になります。

私はどうでもよくなります。

こうでもああでもいいのです。

どんなに人と違っていても気にならなくなります。

自分の歌を歌い、自分の花が咲きます。

177神も仏も名無しさん2018/05/30(水) 17:05:43.24ID:63dJjkg4
https://togetter.com/li/1052127



こんな新興宗教も世の中にはあるらしい
へぇ〜

178神も仏も名無しさん2018/05/31(木) 10:15:06.93ID:PNvn2YS+
一番正しい教えなんてありません。
釈迦が説いた教えは実は人生哲学であって宗教ではない。
だから釈迦は摩訶不思議は説いていない。それを後世のバカが宗教に
してしまった。だから仏教も正しい教えではない。
なぜ宗教なんてバカなことを現代人が信ずるの?
今は人間が月に行く時代。宇宙のことも物質のこともかなり分かって
来ている。なのに何にも分からなかった時代の無知蒙昧な人間の世迷言
を信ずるの?

179神も仏も名無しさん2018/05/31(木) 12:45:57.36ID:cciPODj0
>>178
「唯物論」が『一番正しい教え』だとでも思っている?

だとしたら、あんたが一番バカかもしれませんね。

いつの時代にも、「未知なるもの」があり、どの時代にも、最先端にいる人は「誰も知らないこと」
を解明するために心の汗をながしているのです。そして自身がたどりついた結論の「その先にもまだ何かある」と感じつつこの(この世の)人生を終えるのではないでしょうか?

180神も仏も名無しさん2018/05/31(木) 15:48:01.43ID:PNvn2YS+
>>179
>>178の文章から唯物論を導き出すお前のほうが超が付くバカwww

181神も仏も名無しさん2018/05/31(木) 17:24:00.31ID:qQpNw6Hn
兄弟に対して怒る者、…ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう。
…祭壇に供え物をささげようとする場合、兄弟が自分に対して何かうらみをいだいていることを、
そこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に残しておき、まず行ってその兄弟と和解し、
それから帰ってきて、供え物をささげるようにしなさい。

182神も仏も名無しさん2018/05/31(木) 17:29:10.11ID:qQpNw6Hn
「わたしは愚かである」
と認められる者こそ、
賢者である。

逆に「自分は賢者である」
と思っている者こそ、
愚者と呼ぶにふさわしい。

18312018/06/03(日) 21:55:11.50ID:rybcc5hk
>>177

私も色々変遷してきました。

中学高校は平井和正とGLA、
大学は統一教会とプロテスタント、
社会人で「波動の法則」と「神との対話」、
後にクリシュナムルティの書物と出会い、
更に後に2chで仏陀の教えをストレートに受け継ぐと一部の人に言われる
原田雪渓氏の「自我の本質」や町野久義氏の「禅友に贈る書」と出会い、
禅というものを知り、
瞑想によって無色透明中立で未知のものを体験しました。

世にどんな情報があろうとも、
自分と向き合うほか無いのですね。

18412018/06/03(日) 21:56:56.23ID:rybcc5hk
>>178
> 一番正しい教えなんてありません。

同感です。

何事にも固執せずどのような教えも無しに生きるとき、
人は最も軽やかなのかもしれませんね。

18512018/06/03(日) 22:02:38.66ID:rybcc5hk
>>181
>>182

聖書の一節ですね。

「自分は賢者である」と思っている人も、
「自分は愚者である」と思っている人も、
同じ土俵の中にいます。

怒ることや、ばかと言う事や、
そしてそれを悔い改めることなどは、
同じひとつの土俵で行われています。

たとえるなら御釈迦さんの手の平の上で飛び回る孫悟空です。

これらとまったく異なる次元を知る事で、
人生はとても楽になります。

186おてんば私立学院総長 ◆Sh04QfwaGE 2018/06/19(火) 05:28:58.90ID:QqiKDXqf
>>1
キリスト教よりはイスラム教がベターだと思いますが。
そして天理教よりは日蓮系がベターだと思いますが。

187神も仏も名無しさん2018/06/19(火) 14:07:13.14ID:D7lYJwB/
聖書のみ

188神も仏も名無しさん2018/06/22(金) 09:56:46.03ID:G30OYe91
【富豪きどり、株主″】 マイトLーヤ『日本人の投機家たちは、高いビルの窓から、飛び降り始める』
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1529546724/l50


株は企業のもので、ギャンブル場のものではない、株式市場は廃止しろ!

189神も仏も名無しさん2018/06/23(土) 11:39:52.66ID:oYfV2y9r
貴様らのケツの穴からは
ウンコが出てくる。
どうだ、正しい教えだろ?

19012018/06/23(土) 23:46:36.58ID:lNhtdAeZ
>>186
> >>1
> キリスト教よりはイスラム教がベターだと思いますが。
> そして天理教よりは日蓮系がベターだと思いますが。

ベストはなんでしょうか?

19112018/06/23(土) 23:51:23.19ID:lNhtdAeZ
>>187
> 聖書のみ

井の中の蛙ですね。

19212018/06/23(土) 23:52:12.31ID:lNhtdAeZ
>>189
> 貴様らのケツの穴からは
> ウンコが出てくる。
> どうだ、正しい教えだろ?

正しいです。

その程度ですか?

193神も仏も名無しさん2018/07/03(火) 22:28:16.45ID:EkzLHH0Q
.

194おてんば私立学院総長 ◆Sh04QfwaGE 2018/07/04(水) 04:38:32.06ID:F89I1Xe/
>>190
それが、ベストの宗教はどこなのか、現時点では答えが分からんのですよ…

ただ、キリスト教と天理教に限れば予選リーグで敗退ww

19512018/07/05(木) 00:54:47.99ID:ssnZ7d1z
>>194

敗退の理由はなんでしょうか?

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