この板の幸福の科学スレはマジキチ、やはり宗教はダメだわ [無断転載禁止]©2ch.net

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1神も仏も名無しさん2017/03/18(土) 09:24:59.40ID:/AayDN6A
はい

247神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 08:21:56.59ID:p6m2ssDy
デジャヴ

248神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 08:25:00.42ID:p6m2ssDy
 これは、とても残念なことです。もちろん、「思想の自由」「言論の自由」「表現の自由」「出版の自由」など、そういう自由があることは十分に承知しています。
いろいろな意見があってよいし、いろいろな表現があってよいし、いろいろな考えがあってもよいとは思いますが、「事実と、そうでないものを区別するだけの智慧がない」ということは、人間として恥ずかしいことです。
 どのような意見を述べても自由ですが、そうは言っても、水素(H)と酸素(O)が結合したら、できるのは水(H2O)であり、水素と酸素が結合して石油ができたりはしません。

 いくら言論の自由があるからといって、「水素と酸素が結合したら石油ができる。それは言論の自由だ」ということがまかり通ると思っているならば、何かが欠けていると言わざるをえないのです。
 未知なる事柄については、意見が百出してもよいと思いますが、「水素と酸素が結合して水ができる」ということは、「H2O」という化学式によってはっきりしています。その場合に、「水ではなくて油ができる」などと言い張ることが「言論の自由」ではないと思います。

 これが、私の言いたいことなのです。いろいろな意見があること自体は結構ですが、ただ、「真実」というものはあります。人生には「真実」というものがあるのです。
 したがって、真実に反したことを教えたり、学んだり、真実に反した行動をしたりしている者には、その人生の途中か、あるいは人生が終わった後において、それなりの反作用が来ます。
 また、そういう個人だけではなく、その人たちがつくっている組織や社会、国、あるいは世界においても、それだけの反作用が起きてきます。そういうことを私は述べているのです。 


  あなたが死後に経験する「個人としての最後の審判」とは

 誰が何と言おうとも、この三十五年以上、私自身が積み上げてきた探求実績から見て、この世を去った世界は百パーセント存在します。
 あなたがたが、もし、「肉体が自分のすべてだ」と思っているなら、それは絶対に間違っています。たとえ、いくら偏差値の高い大学の医学部を出た先生が、「人生は死んだら終わりだ」と言ったところで、間違っているものは間違っているのです。

249神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 08:58:11.23ID:p6m2ssDy
 あなたがたが、もし、「肉体が自分のすべてだ」と思っているなら、それは絶対に間違っています。たとえ、いくら偏差値の高い大学の医学部を出た先生が、「人生は死んだら終わりだ」と言ったところで、間違っているものは間違っているのです。
 人間としての尊厳から見て、「間違っているものは間違っている」と言い切らなければならないのです。それを知っていただきたいと思います。
 「現にあるものは、ある」のです。これは、あと何年か何十年かしたら、誰もが確実に体験することなので、どうか、私の言葉を覚えておいてください。
 私の説いていることが、もし一点でも間違っていたならば、そのときには、霊となった姿でどうぞ抗議しに来てください。今まで、抗議に来た人など一人もいません。
みな、あの世に還ってから「大川総裁が説いていたとおりだった」と言っています。「あらかじめ知っておいてよかった」という人ばかりです。
 もっとも、真理を知らなかった人は、どこへ行ったらよいかが分からない状態なので、そもそも私のところへ来ることもできないでしょう。

 ただ、「この世的な知性や知能、インテリジェンスが高い」とか、「地位が高い」とか、「家柄がよい」とか、「名の通った会社である」とか、あるいは男女の差とか、そういうものはまったく通用しない世界があるということを知っていただきたいのです。
 この世では、いろいろな経歴があり、いろいろな仕事をしていたでしょうが、いずれ、誰もが死を迎え、あの世へ旅立ちます。
そのときに持って還れるものは、あなたがた自身の心しかないのです。そして、「その心が、正しい信仰心を持っているかどうか」ということが試されるのです。
 つまり、「人生において、神仏に対する信仰を持った生き方をしたか。それとも、神仏への信仰を妨害せんとして活動している、地獄界にうごめく悪魔たちの価値観に翻弄されて人生を生きたか」ということが、必ず問われるようになるのです。
それが、「個人としての最後の審判」に当たる部分です。
 それは、個人のみならず、組織や社会、国家においても当てはまります。要するに、「その組織や社会、国家における信仰心が、どのような色付けを持っているかによって、未来は、どのようにでも変わっていく余地がある」と私は強く信じています。

250神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 09:30:11.53ID:p6m2ssDy
デジャヴ

251毒の字 ◆leBOybeG72 2018/08/17(金) 09:34:28.61ID:pTKCDWkh
おい、ID:p6m2ssDyよ。

里村なみに芸の無い繰り言コピペばかりすんなや!

252毒の字 ◆leBOybeG72 2018/08/17(金) 09:39:54.98ID:pTKCDWkh
里村英一ばりの芸の無さではリアルでも恥を掻きますよ、ID:p6m2ssDy

それともID:p6m2ssDyって里村本人?

とにかく里村と同格だと見なされることを恥ずかしく思わなきゃね。

253神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 10:02:27.85ID:mBwWzF1j
🔥おい、毒の字よ。

ササクレなみに芸の無いヘイトコピペばかりすんなや!

ササクレ以下の芸の無さではリアルでも恥を掻くぜ、毒の字

それとも毒の字ってセンズリササクレ本人?

とにかくササクレ以下だと見なされることを恥ずかしく思わなきゃね。

254神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 10:03:48.64ID:mBwWzF1j
  海外と大きく違う日本の宗教事情

 私は、同じ法を説いても、日本と海外では説き方が違っています。それは、それぞれの国民の信仰心のレベルが違うからです。
 もちろん、「日本ほど発展していない国の人たちは、先進国である日本を尊敬する気持ちがあるため、日本人である私の話をよく聴いてくれる」という面も一部にはあるかもしれません。
しかし、そういう面を割り引いても、宗教心のある国の、宗教的素養のある国民の場合は、教えが素直にサーッと浸透していきます。

 例えば、アフリカのウガンダという国では、私の英語説法が、国営放送で毎週連続して流れましたし、映画「仏陀再誕」が流れたりもしました。
 ネパールでも、国営放送で私の英語の説法が流れましたし、インドのムンバイでも、一部、ヒンディー語等の字幕が入ったりしながら、私の講演が流れました。
 日本のテレビ等では、ほとんどありえないことです。日本では、「宗教に関して肯定的に報道したり、教義の流布に協力したりするのは、倫理に反することだ」と思われているのです(注。ただし、一部の地方テレビでは講演を放映し始めている。)
 これはどういうことかと言うと、結局、思わず知らず、「宗教選択」がなされているということです。
つまり、それは、「神仏の側につくか、悪魔の側につくか」という選択であり、「神仏の側につかない」ということは、自動的に、「悪魔の側についている」ということになるわけです。
 それは結局、「この世を地獄界に近づける努力をしている」ということにほかなりません。

 これは学校教育においても同じです。
例えば、日本の教育界では、記紀、すなわち、『古事記』や『日本書紀』等の古代の神話を否定して、教科書に載せなかったりしますし、日本神道以外の宗教についても、考古学的な興味・関心で載せることはあっても、その教えの内容には立ち入らないようにしています。
 そのため、学校で教育を受けただけでは、普通に宗教心が芽生えることはありません。ミッションスクール等に通った人以外は、基本的に宗教心が芽生えないことになっているのです。

 さらに、大学の宗教学科に行くと、もっと信仰心がなくなっていきます。日本の宗教学科では、宗教における信仰心の部分をまったく理解せず、ただただ、フィールドワークのように、できるだけ主観を排除して

255神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 13:29:54.39ID:EAQ2ax5z
dejavu

256神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 13:30:55.81ID:EAQ2ax5z
 さらに、大学の宗教学科に行くと、もっと信仰心がなくなっていきます。日本の宗教学科では、宗教における信仰心の部分をまったく理解せず、ただただ、フィールドワークのように、できるだけ主観を排除して分析しているだけなのです。
 それは、医学部で、人体を解剖してバラバラにしているのと、ほとんど同じような状況です。「何が正しいのか」「何が善であり、何が悪であるのか」ということさえ分からない状況が続いており、大学の宗教学は、まったく無駄な学問であると言わざるをえません。

  人間は神仏の子であり、神仏の光の一部を宿した存在

 そうした状況が当たり前のようになってしまった原因は、おそらく、先の大戦における敗戦の反動から、信仰心を否定する方向に大きく舵を切ったことにあると思われます。しかし、そろそろ「悪夢」から目覚めなければならないのではないでしょうか。
 「真実の力」を取り戻さなければ、日本に生きていて、あなたがたの体に精神力が宿り、力が湧いてくることはないだろうと思います。
 「人間は神仏の子であり、神仏の心の一部、神仏の光の一部を宿している存在である」という人生観をもって生きるのと、
「人間は偶然に生まれた存在であり、ただの土くれや機械類と同じようなものにすぎない」という人生観をもって生きるのと、どちらがあなたがたの人生にとって素晴らしいかということを、よく考えていただきたいのです。

 この世の中は、自分自身を、「くだらない存在」にするほうの人生観を勧めています。
これに対して、私は、すでに教育批判やマスコミ批判等を展開していますが、宗教界も、はっきり言って堕落の極みであると思います。宗教は日本に数多くありますが、そのほとんどは使命を果たしていないと言わざるをえないのです。
 特に、宗教のなかには、W唯物論的な信仰”を弘めているところもたくさんあります。
仏教などの古い宗教のなかには、そのような考え方をしているところもありますし、
日本のキリスト教団のなかにも、やはり、同じように左翼的な活動に邁進しているようなところがあり、本当のことがわからなくなっている人たちが数多くいます。

257神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 13:31:35.44ID:EAQ2ax5z
 特に、宗教のなかには、W唯物論的な信仰”を弘めているところもたくさんあります。
仏教などの古い宗教のなかには、そのような考え方をしているところもありますし、
日本のキリスト教団のなかにも、やはり、同じように左翼的な活動に邁進しているようなところがあり、本当のことがわからなくなっている人たちが数多くいます。

 おそらく、個人的に霊的体験のないことが、そういう状況を生んでいるのでしょう。
しかし、個人的な体験があったかどうかは別にしても、人生の途上で、直感的に、「自分には、目に見える世界以外の尊い力が宿っている」ということをまったく感じなかったとしたならば、それはやはり、その人自身の問題であると思います。
 多くの人の助けを受けて生きる。あるいは、多くの人々からの導きを受けて生きる。ある人の言葉を受けて、人生を立て直す。そして、目に見えないところから自分を導いている光を感じる。

 そういう「聖なる瞬間」というものを経験しなかった人は、残念ではありますが、人間としてW合格点”に達していないと思います。


3 大国日本が果たすべき使命とは

  「進化論」は仮説であって真実ではない

 それはどういうことかと言うと、「自己認識が非常に低い」ということでもあります。学校教育の影響もあるのでしょうが、多くの人たちは、「アメーバが人間の先祖であり、そこから進化して人間になった」と考えています。
 そういう人たちに対して、私は、「では、それを証明してごらんなさい」と言いたいのです。しかし、それを証明できた人はいないのです。
 アメーバから人間になっていく途中のものが、もし生きて存在しているのなら、連れてきて順番に並べてみてください。「これがアメーバで、ここからがナメクジで、ここからがカタツムリで……」というように、人間まで進化する過程を見せていただきたいのです。
その過程には、「途中のもの」、「変化中のもの」があったはずです。 それは、今でも存在していなければいけないでしょう。
ところが、今、存在している生き物は、Wすべて完成されたもの”ばかりです。すでに完成された「種」しか存在していないのです。この意味が分からないのでしょうか。

258神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 13:32:03.20ID:EAQ2ax5z
dejavu

259神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 13:32:44.21ID:EAQ2ax5z
 アメーバから人間になっていく途中のものが、もし生きて存在しているのなら、連れてきて順番に並べてみてください。「これがアメーバで、ここからがナメクジで、ここからがカタツムリで……」というように、人間まで進化する過程を見せていただきたいのです。
その過程には、「途中のもの」、「変化中のもの」があったはずです。 それは、今でも存在していなければいけないでしょう。
ところが、今、存在している生き物は、Wすべて完成されたもの”ばかりです。すでに完成された「種」しか存在していないのです。この意味が分からないのでしょうか。

 仮説に基づいて意見を述べるのは結構ですが、仮説はあくまでも仮説であって、真実ではないのです。それを忘れないでください。
 あるいは、「人間の進化の過程について、アメーバにまで遡るのは行きすぎだ」という人がいるかもしれません。では、「あなたがたの先祖はネズミである」と言われたらどうでしょうか。
それを、「はい、そうです」と、もし百パーセント近い人が信じるならば、そういう世の中は狂っていると思ったほうがよいでしょう。

 今、ネズミはネズミ、人間は人間であり、それぞれW完成体“として存在していますが、「なぜ、ネズミはネズミのままでいるのに、人間は人間になったのか。その理由を説明せよ」ということです。
 なぜ、ネズミはネズミのままでいて、なぜ、人間は高度な知能を発達させ、高度な仕事ができるようになったのでしょうか。それを説明してください。偶然にそうなったと思いますか。あるいは、それが、「適者生存」ということなのでしょうか。
 「偶然に人間に進化した」というのは、言葉を換えれば、「森林には、これだけたくさんの木が生えているので、いつの間にか木造の家が建っていてもおかしくない」と言っているのと同じです。
しかし、家が建つためには、木を伐り、製材し、それを組み立てる人がいなければならないのです。


  「地球の異変」と「新しい文明づくり」は表裏一体

 このような、あまりにも論理が飛躍した仮説に飛びつき、考えることを停止した人間を大量につくった国家には、それなりの困難が必ずやってくるはずです。
したがって、私たちは、そうした国家に立ち向かってくる困難と戦わなければなりません。
 自分自身の存在根拠を否定し、尊厳を否定した者に、

260神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 13:34:06.00ID:EAQ2ax5z
  「地球の異変」と「新しい文明づくり」は表裏一体

 このような、あまりにも論理が飛躍した仮説に飛びつき、考えることを停止した人間を大量につくった国家には、それなりの困難が必ずやってくるはずです。
したがって、私たちは、そうした国家に立ち向かってくる困難と戦わなければなりません。
 自分自身の存在根拠を否定し、尊厳を否定した者に、繁栄した未来が来ることを期待するのはおかしいと思います。

 かつて「滅びた国」はたくさんありますし、「滅びた文明」もたくさんあります。
学者のなかには、この島国の日本文明を、独立した一つの文明として捉える人もいますが、この日本文明が二十一世紀以降も続いていくかどうかの大きな鍵は、私たち自身が握っているのです。私は、そのことを強く信ずるものです。
 特に、「間違った考え方の下に国家運営がなされているような国に、この日本文明が滅ぼされるようなことがあっては、断じて相成らない」と思っています。
 それは、「神の正義が、この地上において実現されない」というだけではなく、「その正反対のことが実現される」ということになるからです。

 したがって、仏法真理的に見て間違った国是によって成り立っている国家に対しては、言論と伝道において正論を貫き、彼らの国のあり方や文化のあり方を正しい方向に変えていくように努力しなければなりません。
 それをするために、日本は現在、これだけ大きな経済力を持った国家として存在が許されているのだと思います。しかし、その使命を十分に果たし切っていないことが、残念に思われてなりません。
 『救世の法』のなかには、「今後、この世の終わりのようなことが何度も起きる」ということが書かれています。おそらく、そうなるでしょう。
ニュース等でも、大洪水や寒波が起きたことが報道されています。それは、時ならぬラニーニャ現象や北極振動が原因とも言われています。

 今世紀に入ってから、大地震をはじめ、地球の異変がいろいろと続いていますが、おそらく、これからも、いろいろなものが起きてくるでしょう。
 人類に対するそうした「揺さぶり」と、「新しい文明づくり」とは、表裏一体のものだろうと私は思います。今までにあるものが揺さぶられ、まったく予想していなかったことが、今後、たくさん現れてくるでしょう。

261神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 20:35:09.69ID:a8Swdtbm
 人類に対するそうした「揺さぶり」と、「新しい文明づくり」とは、表裏一体のものだろうと私は思います。今までにあるものが揺さぶられ、まったく予想していなかったことが、今後、たくさん現れてくるでしょう。


  私が生まれてきたのは「希望の未来」を告げるため

 『救世の法』が発刊される直前の2010年12月4日には、横浜アリーナで幸福の科学の大講演会が行われましたが、私は、その講演の最後の5分ぐらいで、「これから、宇宙時代がやって来て、宇宙人たちと交流する時代が始まる」ということを、予言のように述べました。
 それだけを聴けば、今までの日本の常識から大きくずれた、不思議なことを言っているように感じたでしょうが、その直後、会場を出た人のうちの数千人が、上空に現れたUFOの大群を目撃しました。
その様子は写真等に数多く撮られましたし、なかには、母船から円盤が出てくるところを見た人までいます。おそらく100機前後は出現したと思われます(注。このUFO出現についは、当時、スポーツ紙等でも報道された)。

 私の講演は衛星中継をかけていますが、この衛星中継は、恐ろしいことに、地球人ならざる者までが受診して聴いているらしいということが分かっています。
そのため、説法の際の言葉選びは、いっそう難しくなりつつあります。地球人以外の者たちが、翻訳して聴いているからです。
 電波は空中を飛んでいるので、彼らにとって、それを傍受するぐらい、わけのないことでしょう。そして、地球に飛来するだけの科学力を持った文明があれば、私の講演の内容が分からないはずはありません。
 彼らが私の講演に注目してくれていることは、まことに感謝に堪えませんが、その内容をよいほうに使おうとしているのか、悪いほうに使おうとしているのか、そこが、もう一つ疑問なところです。

 両方の可能性があるので何とも言えませんが、「今後、この地球文明が、どういう方向に向かって動いていこうとしているのか。
幸福の科学が挑戦しようと考えている方向に向かっていこうとしているのか」ということについて、今、克明に記録を取っているのだろうと推定されます。
 要するに、「地球人の手によって、地球の未来を切り開いていけるかどうか」ということを見ているのだと思います。

262神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 20:35:34.51ID:a8Swdtbm
dejavu

263神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 22:08:12.13ID:a8Swdtbm
 要するに、「地球人の手によって、地球の未来を切り開いていけるかどうか」ということを見ているのだと思います。

 また、2010年の夏には、中国の空港上空にも巨大なUFOの母船が現れ、一時、空港が閉鎖されるほどの大騒ぎになりました。それはプレアデス星人の母船だったようですが、ものすごい発光をして人々を驚かせました。どうやら、中国への警告だったようです。
 そのように、今後、地球人の手の届かないような現象が、いろいろと起きてくるかもしれません。あるいは、これまで見知っていた現象が、規模を大きくして現れてくることもあるでしょう。いずれにせよ、予想外の事態が、さまざまに起きてくるだろうと思います。
 しかし、どうか、迷わないでください。そのときのために、私は生まれてきているのです。あなたがたに、「希望の未来」があることを告げるために、私は生まれてきているのです。
 どうか、それを信じてください。


4 世界紛争を根本からなくすために

  私の本当の仕事は「ワールド・ティーチャー」

 私は、「日本のためだけに教えを説いているのではない」ということを繰り返し述べています。私は、「国師」としての仕事もしていますが、本質的に、「ワールド・ティーチャー(世界教師)」なのです。
 世界教師として、世界の人々に向かうべき方向を示すこと、すなわち、「地球の未来は、こういうものでなければならない」ということを示すのが、私の本当の仕事なのです。それを知っていただきたいと思います。
 例えば、『救世の法』の第4章「宗教国家の条件」には、「イスラム教とキリスト教等の対立が、今後どのようになっていくか」ということについて、いろいろと書いてあります。

 今、心配されているのは、「核兵器をすでに持っているイスラエルと、核兵器をもうすぐ製造し、保有するであろうイランとの間に、核戦争が起きるかどうか」ということでしょうし、
また、「イランの核兵器が使用可能になる前に、イスラエルがイランを攻撃するかどうか」ということでしょう。
 そして、イランの核保有を認めたら、おそらく、サウジアラビアやエジプトも核武装をするのは確実でしょう。

 今の中東は、「イスラエルだけが核武装をしていて、イスラム教国は核兵器を持っていない」という状況にありますが、それが今

264神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 22:08:29.57ID:a8Swdtbm
 要するに、「地球人の手によって、地球の未来を切り開いていけるかどうか」ということを見ているのだと思います。

 また、2010年の夏には、中国の空港上空にも巨大なUFOの母船が現れ、一時、空港が閉鎖されるほどの大騒ぎになりました。それはプレアデス星人の母船だったようですが、ものすごい発光をして人々を驚かせました。どうやら、中国への警告だったようです。
 そのように、今後、地球人の手の届かないような現象が、いろいろと起きてくるかもしれません。あるいは、これまで見知っていた現象が、規模を大きくして現れてくることもあるでしょう。いずれにせよ、予想外の事態が、さまざまに起きてくるだろうと思います。
 しかし、どうか、迷わないでください。そのときのために、私は生まれてきているのです。あなたがたに、「希望の未来」があることを告げるために、私は生まれてきているのです。
 どうか、それを信じてください。


4 世界紛争を根本からなくすために

  私の本当の仕事は「ワールド・ティーチャー」

 私は、「日本のためだけに教えを説いているのではない」ということを繰り返し述べています。私は、「国師」としての仕事もしていますが、本質的に、「ワールド・ティーチャー(世界教師)」なのです。
 世界教師として、世界の人々に向かうべき方向を示すこと、すなわち、「地球の未来は、こういうものでなければならない」ということを示すのが、私の本当の仕事なのです。それを知っていただきたいと思います。
 例えば、『救世の法』の第4章「宗教国家の条件」には、「イスラム教とキリスト教等の対立が、今後どのようになっていくか」ということについて、いろいろと書いてあります。

 今、心配されているのは、「核兵器をすでに持っているイスラエルと、核兵器をもうすぐ製造し、保有するであろうイランとの間に、核戦争が起きるかどうか」ということでしょうし、
また、「イランの核兵器が使用可能になる前に、イスラエルがイランを攻撃するかどうか」ということでしょう。
 そして、イランの核保有を認めたら、おそらく、サウジアラビアやエジプトも核武装をするのは確実でしょう。

 今の中東は、「イスラエルだけが核武装をしていて、イスラム教国は核兵器を持っていない」という状況にありますが、それが今

265神も仏も名無しさん2018/08/17(金) 23:20:31.02ID:6EmRYDe3

266神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 01:36:29.14ID:loLmqwLO
 そして、イランの核保有を認めたら、おそらく、サウジアラビアやエジプトも核武装をするのは確実でしょう。

 今の中東は、「イスラエルだけが核武装をしていて、イスラム教国は核兵器を持っていない」という状況にありますが、それが今度、「核武装したイスラム教国にイスラエルが囲まれる」という状況になったとき、それを黙って見過ごすことができるかどうかです。
これが、ここ十年ぐらいの間に懸念される大きな事態の一つです。
 もし、ここで核戦争が起きれば、『旧約聖書』に予言され、また、『新約聖書』の「黙示録」の一部にも予言されているとおりの「ハルマゲドン」(「メギドの山」の意)の戦いになります。
まさに、ここが、「メギドの地」なのです。「この地で最終戦争が起きるかどうか」ということが懸念される問題です。


  教祖の霊的能力のあり方によって「宗教の違い」が出る

 『救世の法』には、そうした争い、対立が起きている理由についても書いてあります。

 それは、要するに、「人間の目には霊界が見えないので、結局、人が書いたものや語ったものでしか神を判断できない」ということです。
過去の預言者たちも、「霊聴」といって、神の声を聴けるだけで姿までは視えないことが多かったので、それが原因で対立がよく起きているわけです。
 偶像崇拝を否定する宗教はよくありますが、その場合、教祖に当たる人に霊視能力がないことが多いのです。もし、霊視ができ、神や仏の姿を視ることができたならば、その教祖は、必ず、その姿を何かに表し、造形しようとするものです。
 しかし、その姿を霊視することができず、声だけが聞こえたり、あるいは、自動書記のようなかたちで霊示だけが降りたりするスタイルだった場合には、偶像崇拝を否定したがる傾向があります。

 それに対して、実際に神の姿を視ることができた人は、偶像崇拝をあまり否定しないのが普通です。
実際に姿を視た場合には、「神の御姿は、こういうものであった」ということを、必ず、ほかの人にも見せたくなるので、像をつくるか、絵を描くかして、目に見えるかたちに表そうとします。
 そのように、教祖の霊的能力のあり方の違いによって、宗教の違いが出てきやすいのです。.

267神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 01:38:20.47ID:loLmqwLO
dejavu

268神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 02:09:56.05ID:loLmqwLO
  世界宗教のルーツにある「エローヒム」という名の神

 本章のもとになる講演をするに当たり、私は、世界宗教のルーツのところについて、いくつか霊査を行ってみました(『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。
 まず、一神教のユダヤ教から調べに入りました。ユダヤ教には、「ヤハウェ」といわれる主神がいて、ユダヤ民族の初期のころの預言者からは、そのヤハウェを信仰する教えがたくさん出てきています。モーセなどもそうです。
 ところが、ユダヤ教では、途中から神の名が変わっているのです。『旧約聖書』には、第一イザヤ、第二イザヤといって、イザヤという預言者が、二人出てくるとされていますが、このイザヤという預言者が出たとき、彼は神の名を「エローヒム」と呼んでいます。
その前は「ヤハウェ」と呼ばれていたのが、ここから、神の名が「エローヒム」に変わっているのです。

 この理由がユダヤ人たちには分からず、両者を同じ神だと思っていることが多かったようです。
 しかし、霊的な実態を言えば、イザヤ画「エローヒム」と呼んだ神は、当時、中東からアフリカを覆っていた神なのです。実は、このエローヒムという神がイザヤのころに現れた理由は、それから七、八百年後にイエスキリストによって起きるキリスト教の準備のためでした。

 ユダヤ教は、もともと、イスラエルのユダヤ民族の小さな宗教だったわけですが、「次の世界宗教としてキリスト教が出現する基盤をつくるために、途中からエローヒムという神が入っていった」ということです。
 しかし、このあたりの区別が、ユダヤ教のなかでは明確についていません。
イエス自身も、『旧約聖書』を勉強していたので、この区別がはっきりしていない部分があるのですが、イエスが信じていたのは、エローヒムという神のほうです。エローヒムは、当時、中東全域を覆っていた「愛の神」だったのです。

 それで、古いユダヤ教を信じている人たちは、キリスト教を迫害しましたが、その後、また、「キリスト教 対 イスラム教」の争いが起きています。
 このイスラム教を指導したのも、『救世の法』に書いてあるように、その当時、中東全域を覆っていたエローヒム(アッラー)なのです(前掲『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。 。

269神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 02:10:36.66ID:loLmqwLO
 しかし、このあたりの区別が、ユダヤ教のなかでは明確についていません。
イエス自身も、『旧約聖書』を勉強していたので、この区別がはっきりしていない部分があるのですが、イエスが信じていたのは、エローヒムという神のほうです。エローヒムは、当時、中東全域を覆っていた「愛の神」だったのです。

 それで、古いユダヤ教を信じている人たちは、キリスト教を迫害しましたが、その後、また、「キリスト教 対 イスラム教」の争いが起きています。
 このイスラム教を指導したのも、『救世の法』に書いてあるように、その当時、中東全域を覆っていたエローヒム(アッラー)なのです(前掲『「ヤハウェ」「エホバ」「アッラー」の正体を突き止める』・参照)。 。
 したがって、神はW同じ”なのですが、このあたりを理解し合えていない部分があります。さらには、偶像を否定しやり、「われ以外、神なし」と言ったりした者との軋轢などによって、教えがいろいろ混在して整理ができていないために、戦いが起きているのです。


  世界の紛争を根本からなくし、未来を拓く幸福の科学の使命

 今、私は、それを全部、整理し直そうとしています。そうした世界宗教のもとにあるものを、ルーツのところからきちんと整理し、世界の紛争を根っこからなくそうとしているのです。
 核兵器を用いるよりも前に、宗教の根元から、その勘違いや、相互理解のできていない部分を、根本的に直そうとしているわけです。
 幸福の科学は、そういう大きな使命を持っています。

 さらに、幸福の科学は、単なる国粋主義的な右翼の運動とは、当然違ったものではありますが、日本神道に対しても十分な理解を持っています。
 私は、過去、キリスト教にも、イスラム教にも、ユダヤ教にも、その他の世界の宗教にも、あるいは、アフリカ等にもかなり大きな影響を与えてきました。もちろん、エジプトにも、ギリシャにも、ローマにも、インドにも影響を与えてきました。
 そして今、日本にも大きな影響を与えようとしています。今、あなたがたに明かされている「未来の計画」を実践していかなければならないと思っているのです。

 未来は、ただ与えられるものではありません。「自らの力で拓いていこう」と、強く願っていただきたいのです。

270神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 02:20:23.86ID:loLmqwLO
dejavu

271神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 02:51:55.21ID:loLmqwLO
 未来は、ただ与えられるものではありません。「自らの力で拓いていこう」と、強く願っていただきたいのです。


🌟  明日を変える言葉C

 われを信ずる者、百人あらば、
 その町に、壊滅的天変地異は起きまい。

かつて、私は、
「もし、われを信ずるもの、百人あらば、
その町に、壊滅的天変地異は起きまい」
という話をしたことがありますが、
その言葉どおりのことが、東日本大震災の際に、
東北のある地域で起きたことも『不滅の法』に書いてあります。
その地域には、
幸福の科学の信者が百三十人いたため、
そこだけ津波が避けて通ったのです。
この話は、
当会の月刊誌に、数多く取り上げられました。
その地域の周りは、
ほとんど津波に押し流されたのにもかかわらず、
信者が百三十人いる地域だけは、
きれいに、ぽっかりと穴が開いたように、
津波が避けて通ったのです。

また、熱心な信者の場合には、「目の前の道路まで津波が来たが、
なぜか、それが反転して返っていった」ということも起きています。

当会では、そのような奇跡が数多く起きていますが、
信仰というものは、最後は、そこまで行くのです。

東日本大震災が起きたあと、あるマスコミは、当会を揶揄して、
「信仰の力で津波そのものを止めることはできなかったではないか」
というようなことを書いていました。

しかし、津波は、止まるべきところでは止まり、
反転すべきところでは反転しているのです。
助かるべき人は助かっているのです。
どうか、その事実を知っていただきたいと思います。

こうした奇跡は、あくまでも方便ではありますが、
あなたがたに、「神秘の力とは何であるか」ということを教えるために、
起こしていることなのです。


🌟 信仰の法 第4章 終り

272神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 02:54:22.65ID:loLmqwLO
 未来は、ただ与えられるものではありません。「自らの力で拓いていこう」と、強く願っていただきたいのです。


🌟  明日を変える言葉C

 われを信ずる者、百人あらば、
 その町に、壊滅的天変地異は起きまい。

かつて、私は、
「もし、われを信ずるもの、百人あらば、
その町に、壊滅的天変地異は起きまい」
という話をしたことがありますが、
その言葉どおりのことが、東日本大震災の際に、
東北のある地域で起きたことも『不滅の法』に書いてあります。
その地域には、
幸福の科学の信者が百三十人いたため、
そこだけ津波が避けて通ったのです。
この話は、
当会の月刊誌に、数多く取り上げられました。
その地域の周りは、
ほとんど津波に押し流されたのにもかかわらず、
信者が百三十人いる地域だけは、
きれいに、ぽっかりと穴が開いたように、
津波が避けて通ったのです。

また、熱心な信者の場合には、「目の前の道路まで津波が来たが、
なぜか、それが反転して返っていった」ということも起きています。

当会では、そのような奇跡が数多く起きていますが、
信仰というものは、最後は、そこまで行くのです。

東日本大震災が起きたあと、あるマスコミは、当会を揶揄して、
「信仰の力で津波そのものを止めることはできなかったではないか」
というようなことを書いていました。

しかし、津波は、止まるべきところでは止まり、
反転すべきところでは反転しているのです。
助かるべき人は助かっているのです。
どうか、その事実を知っていただきたいと思います。

こうした奇跡は、あくまでも方便ではありますが、
あなたがたに、「神秘の力とは何であるか」ということを教えるために、
起こしていることなのです。


🌟 信仰の法 第4章 終り

273神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 03:05:36.92ID:loLmqwLO
マジキチ

274神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 03:06:45.74ID:loLmqwLO
マジキチ

275神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 04:09:47.48ID:gtts4BUw
デジャヴ

276神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 04:51:19.47ID:gtts4BUw
清水富美加=出家女優・千眼美子 UFO撮った!!本紙に渾身の目撃リポート

2018年8月17日 11時0分 東スポWeb

 独占スクープ! 宗教家で女優の千眼美子(23=本名・清水富美加)が、UFOを目撃し撮影に成功したことが本紙の取材で分かった。
千眼はアニメ映画「宇宙の法―黎明編―」(10月12日公開)で声優業に再び挑むが、UFO目撃と同映画には“宗教的な何か”が関係しているのか? 千眼は本紙に証拠の「UFO写真」を提供、目撃した時の状況を詳細にリポートした。
 千眼がUFOを目撃したのは7月中旬。友人と富山県を旅行していた時だった。自身初めての目撃体験だったという。
 千眼は「宇宙に憧れがあって、天体観測もしていたんですけど、それまでは見たことなかったんです。
周りには見たことある人がいっぱいいるんですけど、私はないので“本物かな? 人工衛星じゃないの?”って疑っていたんですよ。自分の目で見るまでは信じないつもりだったんです」。
 友人と富山駅付近ですしを食べ、宿泊先のホテルに戻ろうとして、ふと空を見上げた、その時だった。
「空を見たら“あの星デカくね?”って。赤く瞬いている星があって、それがめっちゃデカいんですよ! 真冬に見るシリウスより三まわりぐらい大きくって、おかしいぞ!と…。
赤くて大きく見えるのは、火星かベテルギウス、アルデバランと自分で思いつく限り候補を挙げたんです。でも火星は瞬かないし、ベテルギウスにしてはデカすぎると」(千眼)
 小さい頃から望遠鏡で天体観測をしていた千眼にとっても、これまで見たことのない星だったという。

277神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 04:52:07.41ID:gtts4BUw
「私の横で見ていた友人は『なんか赤い三角形に見える』って言うんです。いろんな可能性を考えた結果、友人とは『これでホテルに帰って、もし赤い光が消えていたら、UFOと認めよう』という結論になったんです。
それでホテルに帰って、部屋のカーテンを開けて確認してみると、消えていたんですよ! もう、これはUFOだと。撮影にも成功したんですよ」と千眼は興奮ぎみに振り返った。
 千眼は自身のスマートフォンを記者に見せながら「今後の検証のために動画を回しておこうと、友人と2人で撮影しました。
先に見つけたのは友人の方なので、友人が教えてくれなかったら、私はコンビニで大好きな白くまアイスを買って帰るだけだった(笑い)。本当にびっくりしました」。
 UFOを目撃する時は、何か身の回りで“変化”が起きる時とも言われている。これについては「あまり意識したことはないのですが、強いて言えば、なかなか決まらなかったオーディションの話が3件も一気に来ました。
でも、こういうふうにUFOは、天体にまぎれているんだろうなと思います」と千眼。
 宇宙人との遭遇体験は「ない」と話すが、それでも「芸能人の方だと的場浩司さんや石坂浩二さんが“緑色のゴム人間”を見たという話をしていらっしゃいますよね。
私は夢とかでは会ったりするんですけど、まだ、現実では会ったことはないですね」。
 最後はホワイトボードにUFOを見た時の状況を絵に描いて「私は見たんです!」と千眼はちゃめっ気たっぷりに笑った。
 果たしてこのUFOの正体は――。
【山口敏太郎氏が分析 トライアングル型か】千眼が撮影した証拠写真を見たオカルト評論家の山口敏太郎氏は「女優さんやタレントさんは、霊感の強い人やUFOを見る人が多いんです。
ある意味、芝居や芸事は神と交信する手段であり、現代の芸能人も巫女であると言えるから、UFOを撮影しても何ら不思議ではないのです。
星より大きくて三角形と言うから最近の世界中で目撃されているトライアングルUFOである可能性が高い。大変興味深い話ですね」と分析している。
【2度目の声優挑戦】2年ぶりの声優チャレンジに「2回目の声優業になるんですが、1回目で何ができないかとか、お芝居のパターンとかを準備できたので、それはとても良かったですね」と話す千眼。

278神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 04:53:45.62ID:gtts4BUw
その内容については「例えば、ダメージを受けた時の声の出し方ですね。単純に『うっ』という声もあれば、予期しなかった段階で受けたダメージでの声の出し方もある。
現場で監督さんに、どんなことを要求されるか分からないので、ありとあらゆる限り、想像して練習してきました」と真摯な姿勢を見せた。練習方法はスマホを使うという。
「自分の声を録音して聞く。それの繰り返しですね。聞くと違いが分かるんです。自分では苦しそうな芝居をしてるつもりでも、聞いてみると、単なるあえぎ声にしか聞こえなかったり。それを調整したりします」
 映画では宇宙最強と称されるゼータ星の女帝・ザムザ役を演じた。
「我が強いところが似ていますね。でもザムザは人間とは価値観が全く違うので、その辺はいろいろと勉強して埋めていきました」と話した。
☆せんげん・よしこ 1994年12月2日生まれ。東京都出身。2008年に芸能界デビュー。15年、NHK連続テレビ小説「まれ」に出演してブレーク。
映画では北野武監督の「龍三と七人の子分たち」(15年)のほかに「暗黒女子」「東京喰種 トーキョーグール」(ともに17年)など多数に出演。17年に宗教団体に出家した。今年は映画「さらば青春、されど青春。」でヒロインを演じた。

279神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 05:31:37.57ID:gtts4BUw
デジャヴ

280神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 06:04:03.71ID:gtts4BUw
【終戦の日に読む英霊列伝】インドネシアを解放した聖将・今村均(2015年9月号より)
2018.08.15

平成最後の「終戦の日」となった。本欄では英霊に感謝を捧げるべく、過去に掲載した「英霊列伝」を再掲する。

 大勢のインドネシア人の子供に囲まれ、笑顔を見せる日本人の写真がある(右)。まるでスポーツ選手や俳優が熱狂的なファンに迎えられているかのようだ。
しかしこれは、大東亜戦争の最中、日本軍がオランダの植民地だったインドネシアを解放した後に撮られたもの。この日本人こそ、インドネシアを解放した聖将・今村均・陸軍中将だ(最終階級は大将)。
「聖将」と呼ばれる所以について、長男の和男さん(97歳、東京都在住)はこう語る。
「親父は子供好きでした。インドネシアの子供を日本に招いて教育したり、日本の戦災孤児の施設を作ろうと各自治体に掛け合っていました。
宗教の素養がありまして、戦争中もキリスト教の聖書と歎異抄(注1)をズボンのポケットに入れていたほどです」
 そんな聖将が統治したインドネシアでは、驚くべき光景が見られた。今村中将が司令部に出勤するたびに、地元の子供たちが行進して後を追うのだ。
オランダの圧政から解放された喜びだけでなく、今村中将の融和的な統治や人徳が、インドネシア人の心を掴んで離さなかった。

「東亜の解放を一生懸命やらなければいけない」
 1600年ごろから植民地となったインドネシアでは、オランダ人が現地人に暴行したり、強姦しても罪に問われなかった。行政を握り、インドネシア人に教育の機会すら与えない差別を行った。
現地で独立を求める機運が高まると、3人以上の立ち話まで禁じた。現在の中国とチベットの関係にそっくりだ。
 そうした欧米のアジア支配が続く中、大東亜戦争中の日本は「アジア解放」を掲げて戦った。
 今村中将にも、アジア解放に強い信念があった。和男さんはその理由をこう語る。
「親父にはインド駐在の経験があります。その時、イギリスがインドを植民地にするために、ものすごく残酷なことをやっていたと知り、『何としても、植民地の方々を自由にして差し上げたい』と思いを強くしたのです。
戦争に行くときも、『東亜の解放が本来の目的であるならば、一生懸命やらなければいけない』と言って、家を出ました」

281神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 06:04:23.02ID:gtts4BUw
 今村中将は1942年3月、第十六軍司令官として、インドネシアに上陸。たった9日間でオランダ軍を駆逐し、約350年続いた植民地支配を終わらせた。
 今村中将は、オランダが投獄していた独立運動家のスカルノらを解放し、政治活動の自由を与える。また、オランダ人が独占していた公職をインドネシア人に置き換えていった。
 軍政が落ち着いた42年11月、今村中将は第八方面軍司令官として、アメリカの反攻が迫るパプアニューギニアのラバウルに異動になる。
「親父はラバウルに向かう途中で山本五十六元帥にお会いして、『陸軍は自活して戦ってくれ。海軍は余力がない』と言われたようです。
補給が途絶えた南方戦線では、兵士の半分以上が餓死しましたが、ラバウルでは、親父が自給自足のために畑をつくらせていたので、10万人の兵士が飢えずに済んだのです。

 また親父は、敵に備えて塹壕も掘りました。終戦までに掘った長さは、全部で東京から名古屋ぐらいになり、爆撃されてもびくともしないものでした」(和男さん)
 今村中将の指導で要塞化した、ラバウルの陣地を見たアメリカは、同地への上陸を諦めた。


戦犯裁判で「全ての責任は負う」
 日本の敗戦後、世界各地で多くの日本兵が戦争犯罪人(戦犯)として裁かれた。無実の罪で死刑になるなど、乱暴な判決が横行した。今村中将がいたラバウルでも、オーストラリアが裁判を行った。
「親父はラバウルではほとんど戦っていませんから、最初に進駐した豪州司令官は、『戦争犯罪なし』と報告しました。すると本国が『何百人は有罪』といった指令を出したため、やむなく戦犯を"つくった"のです」(和男さん)
しかし、裁判で今村中将は「全ての責任は自分が負うから、部下は日本に帰せ」と主張。10年の有期刑判決を受けた。
 さらに、オランダも今村中将を裁こうとした。戦時中、日本軍はインドネシア人に軍事訓練を行い、祖国防衛義勇軍(PETA)などを組織させた。
戦後、オランダ軍が植民地支配を再開しようと"再侵略"すると、PETAなどが中心となってオランダと戦った。従順だったインドネシア人が、日本の軍政を通じて、独立戦争を起こしたのだ。>

282神も仏も名無しさん2018/08/18(土) 06:36:41.04ID:gtts4BUw
「オランダにとってインドネシアを取られたのは大損害ですから、日本には恨み骨髄です。当然死刑の求刑でしたが、親父としては、インドネシアのために死んでも、何も悔いることはありませんでした」(和男さん)
 裁判の間、独立戦争を指揮するスカルノは、獄中の今村中将を助けようと「あなたを奪回する計画がある」と伝えた。
だが今村中将は「厚意には大変感謝はするが、奪回には応じない」と潔く断る。その後の49年に、インドネシアは宿願だった独立を果たし、今村中将は無罪になった。


「あなたのことは教科書で教わった」
 帰国した今村中将は、戦後もインドネシアに関心を持ち続けた。初代大統領に就任したスカルノは、来日すると必ず今村中将のもとを訪れた。
今村中将は、経済に疎いスカルノに、経済に強い副大統領のハッタを重用するよう助言するなど、インドネシアの繁栄を願い続けたのだ。
 和男さんもインドネシアと縁が深く、植林事業などで訪れた時のことを少しうれしそうに振り返る。
「現地の人が私を親父と間違えて、『ジェネラル・イマムラ』と呼び、『あなたのことは教科書で教わった』と言うのです。小学校で親父のことを教わるようです」
 和男さんは今村中将の人柄について、「親父は戦時中、部下を失うたびに『僧侶になりたい』と話していました。本来、非常に宗教的な人だったのです」と語る。


【月刊ザ・リバティ最新号のご案内】

ザ・リバティ 2018年9月号
【特集】命もいらず、名もいらず
日本を守り抜いた無名の英雄たち
◆敵を感動させた13歳の最期
◆靖国に祀られた看護婦の遺書
◆ロシアが畏敬した民間人「スパイ」の気概
◆米兵からも「マーマ」と呼ばれた特攻の母
◆命と引き換えに県民を救った沖縄県知事

283神も仏も名無しさん2018/08/19(日) 17:58:01.38ID:Z9jRWgJC
与国秀行 盗作でBANへ

【幸福実現党】 与国秀行 【パクリTuber】
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/kokusai/1507123233/

284神も仏も名無しさん2018/08/21(火) 10:44:15.97ID:G2dWTMwI
デジャヴ

285神も仏も名無しさん2018/08/21(火) 13:23:47.45ID:MD7fIA0s
🌟 信仰の法 第5章

地球神への信仰とは何か

1 エル・カンターレは「地球神」

  幸福の科学は日本の一宗教の枠を超えている

 現在、私は海外伝道も行っていますが、今後は、W危険地帯”にも巡錫に赴くことになるだろうと思います。
 今は国際時代であり、昔ほど交通の便が悪いわけではないのですが、何か不測の事態が起きないとも限らず、万一、言い残したことがあるようだと、あとで後悔する可能性があります。
 また、はっきりとは説明していないものとして、「エル・カンターレ信仰」があります。これについて詳しく語ってはいないため、一度、説いておきたいと思います。
 私が常々、「不惜身命」と言っている以上、いつ何が起きてもいいように、大事なことは述べておきたいのです。それを語るべき時が来ていると思うので、話すことにします。
 幸福の科学の教えは地球規模になってきていますし、日本の一宗教としての分はすでに超えていると思うこともあります。

 私は、2010年の10月に、石垣島と沖縄本島に行き、日中の国境にて、この国のあるべき方針を語りましたが、そろそろ宗教としての限度を超え始めていると思っています。
 ほかの宗教には、今、ここまで言えるところはないので、当会は一宗教の枠を超えて情報を発信し始めていると言えます。
 それは、同年10月の愛知県体育館での法話「宗教の復活」(『この国を守り抜け』第5章所収)においてもそうだったと思います。世界に衛星中継をかけていたこともありますが、そこで私は「ワールド・ティーチャー」としての立場を宣言しました。


  会の規模や教え相応に変化してきた、幸福の科学の信仰形態

 今、私は、「幸福の科学では、信仰の段階が、以前の状態から脱皮し、進化し、次第に変化しつつあるのではないか」と考えているところです。
 そもそも幸福の科学は、1986年に東京都の杉並区で六畳一間の小さな仮事務所から始めたわけですが、それから現在までの約三十年間に、やはり、会の規模や教え相応に信仰の形態は変わり、その信仰の内容も変化を遂げてきたのです。

 霊言集の刊行は『日蓮の霊言』(1985年刊。現在は『大川隆法霊言全集』第1巻・第2巻所収)から始まりましたが、初期においては、まだ、霊のほうが

286神も仏も名無しさん2018/08/21(火) 21:31:29.05ID:tKId64VH
 霊言集の刊行は『日蓮の霊言』(1985年刊。現在は『大川隆法霊言全集』第1巻・第2巻所収)から始まりましたが、初期においては、まだ、霊のほうがこの世の人間よりかなり偉いように感じていたので、その霊の言葉を受けて活動してもいました。
 しかし、霊人たちはそれぞれ個性が違うため、多様な霊人たちの言葉を聴くだけでは、教団としての信仰を一本化するのが難しい面もあったのです。
 その後、1994年ぐらいからは、「信仰をもう少しシンプル化しよう」という理由で、「仏陀・ヘルメス中心型の思想」に移行してきました。
そのころ、霊言集の発刊をいったん止め、理論書中心の流れに変えたわけですが、会員たちには、まだ戸惑いもあり、その段階で、ついてこられない人もいたのではないかと思います。

 最近では、また霊言集もずいぶん出ています。「七百人を超える霊人が出てきている(2017年11月時点)」とのことでもあるので、「単に昔返りをしたのか」という見方もあろうかと思いますが、そうではありません。
 前述したように、私は過去にも霊言集を出していたのですが、霊言集を発刊しなくなってから時間がたったため、今の若い人たちのなかには、霊言現象を知らない人や、当会が霊言集を出していたことを知らない人も増えてきました。

 また、この世の中には、「霊的存在や霊界について教えてほしい」というニーズ自体は、やはり、いつの時代もあり続けると感じています。

 そこで、新しい信者層を惹きつけつつ、彼らが霊界に関心を持ち、自分自身の心の探求をしていくためにも、今、再び霊言集を出しているのです。
 これは、ある種の「遠心力」が働いているところだと思います。
つまり、入り口がまたたくさんできようとしているわけですが、こうした「遠心力」が働いているときであるからこそ、「求心力」も同時になければ、教団としては、その方針、方向性を保つことができないのではないかと考えています。


  信仰において、もう一段の絞り込みが要る

 当会は、「エル・カンターレ」というものを信仰の中心、中核に置き、そのなかで、「釈尊、ヘルメス、オフェアリス、リエント・アール・クラウド、トス、ラ・ムーという、魂の兄弟がいる」という説明をしています。

287神も仏も名無しさん2018/08/21(火) 22:34:12.99ID:tKId64VH
  信仰において、もう一段の絞り込みが要る

 当会は、「エル・カンターレ」というものを信仰の中心、中核に置き、そのなかで、「釈尊、ヘルメス、オフェアリス、リエント・アール・クラウド、トス、ラ・ムーという、魂の兄弟がいる」という説明をしています。
 しかし、「これでは、まだ、信仰として、きちんと固まり切らない部分が残っているのではないか」と感じています。大きな数から絞ってはいますが、まだ、もうひとつ絞り切れていないところがあります。
 そのため、「信仰を立てるに当たっては、やはり、もう一段の絞り込み、考え方のまとまりが要るのではないか」と感じる時期に至ったように思います。それが、最近の当会における、一宗教の枠を超えた大きな動きの延長上に見えるものであるように考えられます。

 今、私の意識のほうが、かなり先のほうに進んでいっているので、教団のほうは、まだまだゆっくりとついてきている状況ではありますが、いずれは追いついてくると思います。
 そこで、私が目指している方向等について、語らなければならないと考えています。

 「再誕の仏陀」という言い方をすると分かりやすいので、方便的には、そういう言い方もしていますが、実は、「そろそろ、もう一段、踏み込まなければいけない時期に来ているのではないか」と思うのです。
 エル・カンターレの分身たちのうち、歴史上、知られている名前として、仏陀やヘルメスぐらいまでは、聞いたことがある人はいるかと思うのですが、ほかの人の名前を知らない人もそうとう多いでしょう。

 エル・カンターレも、その名は知られていない、耳新しい名前です。
 その意味においては、「エル・カンターレ信仰」を立てようとしても、その名前そのものが耳新しくて聞いたことがないために、それが、一つの壁になっている面もあると思います。
 もちろん、分身という考え方は、古代のインドにも、よく似たものがあります。古代のインドでは、「ヴィシュヌ神は、いろいろと分かれて出てきた。
その化身の一人が仏陀だ」という言い方をすることもあるので、「大きな霊体が分身型で魂をこの世に出してくる」という思想自体は従来からあり、インドなどでは認められていることではあるのです。
 しかし、キリスト教やイスラム教という、ここ二千年ばかりの一神教系

288神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 06:12:28.45ID:gPEQK1nk
デジャヴ

289神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 06:14:18.17ID:gPEQK1nk
 しかし、キリスト教やイスラム教という、ここ二千年ばかりの一神教系の宗教においては、そのあたりについて、よく分からない状況が続いていると考えられます。


  エル・カンターレ信仰とは、地球神の存在を認める信仰

 はっきり述べると、エル・カンターレ信仰は、別な言葉で言えば「地球神の存在を認める」という信仰です。
 しかし、これについて明確には言わずに、「それを悟れ」ということを言っていたわけです。

 もちろん、それには、教団の客観的な力の成長を待っている部分も多分にあります。
 例えば、浄土真宗では、親鸞は「弟子一人持たず候」と言っていたのに、今では公称一千万人という大教団になっています。また、日蓮は自分を「法華経の行者」と言っていたのに、日蓮教団もまた、「数百万人の信徒を持っている」と言われる大教団になっています。

 このように、宗教も時代を下れば大きくなり、信仰の形態も変わっていくものだろうと思います。
 釈迦も、生前には「人間・釈迦」の部分が確かにあったのでしょうが、時代を下るにつれて、「人間・釈迦」ならぬ、「久遠実成の仏陀」としての信仰が立っていったと思われます。
 したがって、「今、地上に降りている大川隆法を通じて、みなさんが、W現在進行形”で感じているエル・カンターレが、本当のエル・カンターレであるかどうか」ということには、まだ疑問とする余地はあるのです。

 みなさんは、人間としての属性を持ったエル・カンターレを、ちょうど3D眼鏡をかけてみているかのような状況にあります。しかし、後世の人たちから見たエル・カンターレは、みなさんが見ているエル・カンターレとは、おそらく違ったものになるであろうと想像されます。
 そして、「どちらが本当であるか」ということであれば、おそらく、後世の人が見ているエル・カンターレ像が、本当のエル・カンターレに近いであろうと感じられるのです。


  同時代の人には「本当のエル・カンターレ像」が見えにくい

 この世においては、いろいろな迷わし、目の錯覚、三次元的な束縛が数多く、それに引っ張られることがあります。そのため、同じ時代に生きている人間に対しては、自分の眼を通して見たものを信じることが多いと思います。

290神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 06:47:02.14ID:gPEQK1nk
  同時代の人には「本当のエル・カンターレ像」が見えにくい

 この世においては、いろいろな迷わし、目の錯覚、三次元的な束縛が数多く、それに引っ張られることがあります。そのため、同じ時代に生きている人間に対しては、自分の眼を通して見たものを信じることが多いと思います。
 キリスト教においても、「存命中のイエスを見た弟子たちが信じていたイエス」と、「二千年後のキリスト教徒が信じているイエス」とでは、おそらく違うであろうと思われます。
 イエス在世中の弟子たちが見ていたイエス像は、自分たちと同じように、迫害を受け、その日の糧や、その日の宿を探すことにも苦しみ、最後には裏切られて、民衆に石つぶてを投げられ、ローマ兵に引きずられて、十字架に架かり、強盗殺人犯と一緒に処刑されたイエスです。

 それが人間としてのイエス像であったでしょう。そのため、それを見ていた人のなかには、それでつまずいた人も数多くいたであろうと思います。
 しかし、後世の人が見たイエス像は、そういうイエスとは違ったイエスです。彼らは、この世では見たこともない「復活のイエス」を信じ、「神の独り子であるイエス」を信じ、イエスそのものを神と同一視するような信仰を持つに至ったのです。
 当会の信仰も、時代が下るにつれて、おそらく、そのような変貌を遂げてくるでしょう。

 仏典等を読み、釈迦在世当時の細々とした戒律などから推定すると、釈迦像としては、「相当細かいことについてまで指示を出している人間の姿」が浮かんでくるわけですが、
実際の信仰における釈尊は、やはり、「大仏に象徴されるようなものが本当の姿」なのではないかと思われます。

 どちらが本当なのかというと、実は、人間としての姿を視ていない人の信じているものが本当であることが多いのです。
 キリスト教で言うならば、キリスト教は、異教徒の人々から、「自らを救えなかった人間が救世主であることは、ありえない」という批判を受けることがあります。
 当時、十字架に架かったイエスは人々から嘲笑われました。
「ユダヤ人の王」と札に書かれ、王冠の代わりに茨の冠をかぶせられて、「本当にユダヤ人の王で救世主であるなら、自分を救ってみよ」という、挑発的で侮辱的な言葉を数多く投げかけられました。

291神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 06:47:50.97ID:gPEQK1nk
 仏典等を読み、釈迦在世当時の細々とした戒律などから推定すると、釈迦像としては、「相当細かいことについてまで指示を出している人間の姿」が浮かんでくるわけですが、
実際の信仰における釈尊は、やはり、「大仏に象徴されるようなものが本当の姿」なのではないかと思われます。

 どちらが本当なのかというと、実は、人間としての姿を視ていない人の信じているものが本当であることが多いのです。

 キリスト教で言うならば、キリスト教は、異教徒の人々から、「自らを救えなかった人間が救世主であることは、ありえない」という批判を受けることがあります。

 当時、十字架に架かったイエスは人々から嘲笑われました。
「ユダヤ人の王」と札に書かれ、王冠の代わりに茨の冠をかぶせられて、「本当にユダヤ人の王で救世主であるなら、自分を救ってみよ」という、挑発的で侮辱的な言葉を数多く投げかけられました。

 しかし、イエスは、現実には、釘で打ち付けられた十字架から逃れ、何かを起こしたわけではありません。
実は、そのあとの霊的な復活を通して、人々に魂の永遠性を信じさせたのであり、また、霊的な目覚めを得た弟子たちの前に、その姿を現すことによって、真実の世界のあり方と、自分が永遠不滅の存在であることを説いたのです。

 私の場合も、残念ながら、同時代に生きている人たちには、やはり、W百分の一ぐらいの姿”にしか見えないことが多いであろうと思われます。

 したがって、「意外に、日本にいる人々よりも、地球の裏側であるブラジルで信仰している人々や、インド、アフリカの地で信仰している人々のエル・カンターレ像のほうが正しいかもしれない」ということは、知っておいたほうがよいでしょう。

 なぜかというと、人間には、どうしても、自分に引き比べて物事を考える傾向があるからです。私が説いている教えのなかにある普遍的なるものを、同時代において、つかみ取ることができるならば、その人は相当優れた人だろうと思います。

 しかし、現実には、なかなかそうはいかないものなのです。

292神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 06:51:57.26ID:gPEQK1nk
デジャヴ

293神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 07:24:39.24ID:gPEQK1nk
2 エル・カンターレの本体下生の真実

  一回目の名は「アルファ」二回目の名は「エローヒム」

 「エル・カンターレという魂は六人の分身を持っている」というような言い方をしていますが、実は、エル・カンターレの本体としての下生は、今回が三回目に当たります。
 一回目の下生は、今からもう三億年以上前のことになります。そのときは、「アルファ」という名で呼ばれていました。
 霊言などで、ときどき、「アルファの法」という言葉が出てきていますが、「アルファ」は最初の下生のときの名前です。それは「物事の始まり」「始原」ということです。

 そのアルファの説いた法が、「始原の法」といわれているものです。
 二度目に生まれたのは、今から一億五千万年ほど前に当たります。このときに呼ばれた名前は、「エローヒム」で、一般的には、これを簡略化し、「エル」という名で呼ばれています。
 「エル」という名前は、中東からアフリカ、南ヨーロッパあたりにまで広がっていて、ある意味で、神の代名詞にもなっており、「神の光」「光」「神」という意味で使われています。

 「エローヒム」という名で呼ばれているのが二回目の下生のときです。


  アルファは地球的真理の方向づけを行った

 一回目の本体下生は、地球人類の新しい文明実験のころ、すなわち、ちょうど他の惑星からも第一弾の集団が飛来し、新しい地球人をつくろうとしているころであったと思います。
 そのころは、まだ地球的価値観が十分に確立していなかったため、この世に下生し、「アルファ」という名で法を説いたのです。
 最初に来ていたのはマゼラン星雲のゼータ星の人たちです。この星はベータ星とも言われています。
今も、「アルファ」「ベータ」「ガンマ」という言葉はよく使われます。

 このゼータ星から、かなり多くの人たちが来て、地球でつくられた魂たちと混在して住んでいましたが、当時、最初の人種的対立、あるいは世界戦争の危機、そうした危機的な状況が人類に起きたため、

294神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 07:25:11.85ID:gPEQK1nk
 このゼータ星から、かなり多くの人たちが来て、地球でつくられた魂たちと混在して住んでいましたが、当時、最初の人種的対立、あるいは世界戦争の危機、そうした危機的な状況が人類に起きたため、
地球の価値観というものを打ち立てようとして、アルファが地上に下り、それを統一したのです。
 今、幸福の科学では霊言集が数多く出ていますが、「どれが本当の教えか分からないので、いろいろなものに勝手に帰依すればよい」というような選択をされては、教団に混乱が起きてくるでしょう。
 それと同じです。いろいろな星から人が来始めたとき、それぞれが持ってきた元の星のカルチャーを「地球文化」にしようとすると混乱が起きてくるので、
「何が、地球における正しい真理であるのか」ということを説き、「地球的真理」というものを方向付ける必要があったのです。

 それが「アルファの法」として説かれたものです。地球神としての立場から、「この教えに帰依しなさい。この教えに帰依することが、地球人になるための条件である」と述べ、地球生まれの地球人類と、宇宙から来た人たちとを、一つの法の下にまとめ上げたのです。
 それが、三億年以上昔の最初の下生です。
 いずれ、詳しく説けるときが来るかもしれませんが、今は、とりあえず、「そういうことがあった」と述べておきます(詳しくは『アルファの法』『アルファの時代』参照)。


  エローヒムは、光と闇、善悪の違いを示した

 二度目の本体下生は一億五千万年ほど前になります。
 「アルファの法」を説いたアルファが生まれたのは、どちらかといえば、今のアフリカに近い地域だったと思われますが、
次にエローヒムとして生まれたのは、やはり、アジアの西側で、ヨーロッパとつながる地域であり、宗教の本場である今の中近東にかなり近いあたりだと思われます。

 エローヒムの教えは、今の砂漠地帯から、アフリカやヨーロッパ、さらには、コーカサスから東側に大きく広がったユーラシア大陸にまたがった部分に広がりました。
「このあたりに教えを広げる」ということで、二度目の下生が起きています。
 当時は、地獄のもとになる、いわゆる低位霊界ができ始めていたころですが、天上界の指導霊団のなかでも、実績の差や意見の差がかなり出てき始めていたころでもありました。

295神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 14:30:53.01ID:OpApxARZ
 当時は、地獄のもとになる、いわゆる低位霊界ができ始めていたころですが、天上界の指導霊団のなかでも、実績の差や意見の差がかなり出てき始めていたころでもありました。
 まだルシフェルが地獄界に堕ちる前ではあったのですが、数多く地上に転生を繰り返している者が起こした宗教などの影響がかなり強くなり、それが「アルファの法」とかなり食い違ってきていて、
「このままでは、やがて地球霊界にも大きな分断が起きる」という予兆が現れていました。

 すでに、低位霊界の住人となり、天上界に上がってこられない者が出始めていたので、「もう一段、人々を正しい方向に導く必要がある」ということで、エローヒムがこの地に下りたのです。
 最初の「アルファの法」は「創世記」「人類創成の法」を中心とする教えでしたが、エローヒムのときには、当時、光と闇が分かれてきつつあったので、「光と闇の違い」や「善悪の違い」、
つまり、「何が光で、何が闇であるか」というようなことを中心に、智慧として示す教えがかなり出てきました。

 そして、「地球的な意味における善悪とは何であるか」というようなこともかなり指導しましたが、それを指導しつつも、「その悪のなかにも、まだ光は宿っている」と説くことも忘れなかったのです。
 したがって、単なる善悪二元論までは行っていないのであり、「それぞれのなかに光なるものは宿っている。しかし、地球的真理から見ての善悪、光と闇はある。だから、あなたがたは光を選び取りなさい」というような教えを説いたわけです。
 こうした教えは、おそらく、後のゾロアスター教やマニ教にも影響を与えているように思います。また、インドの仏教にも、その影響が表れているでしょう。

 キリスト教も、善悪二元論というべきかどうかは分かりませんが、どちらかというと、罪の意識を非常に強く主張する宗教ではあるので、やはり、そうした思想が背景には流れていると考えていると考えてよいと思います。
 これは、「一回目の下生に比べて、二回目のときには、人々に善悪をもっと教えなければいけない時期が来ていた」ということです。
 

  エローヒムが説いた統治の原理とは

296神も仏も名無しさん2018/08/22(水) 14:34:47.96ID:OpApxARZ
  エローヒムが説いた統治の原理とは

 そのころには、宇宙から地球に飛来した宇宙人種もそうとうの数になっていたため、「価値観の多様性」という意味では、かなり複雑なものになっていました、
 それぞれの星には、やはり、進んだ部分と遅れた部分とがあるので、「それらを合わせて一つの価値観をつくる」というのは、なかなか難しいことです。
 そのため、エローヒムは、善悪を教えると同時に、統治の原理として、「様々な違った意見を反映させながら、国を治め、世界を治めていく」という方向を示したのです。

 そこには、現代の民主主義のもとになる考え方が、政治思想として既に現れています。「いろいろな考え方に基づいて、自由な意見を出すことはよろしい。
しかし、自由な意見を出し、十分に議論をして、その結果、合意を見たことについては、全員がそれに従いなさい」という、民主主義に似たものを、当時、もうすでに打ち出していたのです。
 そのなかには、現代の民主主義と同じく、「自由」と「平等」が両方ともありました。

 「仏性において、すなわち、神の子、光の子としての尊さにおいては、地球人種も、宇宙人種も、変わるものではない。平等である。
 ただ、意見の相違は数多くあるであろうから、その意見を一元的に統一するわけにはいかない。自分の心を澄まし、よく心の内側にうがちいって考え、自分が『正しい』と思うことを、各自、自由に述べてよろしい。
 しかし、そのようにして話し合った結果、出た結論については、合意をもって、それを実行していくことを良しとしなさい。

 また、あなたがた人間に判断がつかないことに関しては、きちんと天上界に祈りて神の声を聴き、それに基づいて大きな判断をしなさい。
 あなたがたの自治に任された、この世的な事柄については、あなたがたの自由な意見で多数の合意を形成し、それを実行に移していきなさい。
 それを超えたる大きなものと、人間心では変えることができない、そもそもの仕組みについては、神の心に従いなさい」
 そのようなことを、エル、エローヒムは説いていました。

297うちはだいこ2018/09/06(木) 20:57:36.18ID:TwZhE6Dk
上尾事件の主犯格は善川三朗。

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