珍しい記録 Part49
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本間満は998円分の買い物をすると1000円札を払って2円を受け取る 榎本喜八は驚異的な選球眼を語られる機会も多いが、打撃成績を眺めると四球が80を越える4シーズンは打率三割を切っていることに気付く
更に「四球も安打のうち」と考えて検証した場合、つまりリーグ最高出塁率を記録した2シーズンも上記に当てはまる
積極的に打っていったほうがより好結果を残していたようだ >>4
「上記に当てはまる」というのは誤りで、「四球が80を越えない」に訂正します >>4
榎本喜八
四球80台のシーズンの打率は.290台
四球90台のシーズンの打率は.280台 張本規定打席20シーズン中
四球20個台のシーズンの打率は.275、.302、.309
四球30個台のシーズンなし
四球40個台のシーズンの打率は.336、.330、.348
四球50個台のシーズンの打率は.313、.276、.355
四球60個台のシーズンの打率は.336、.336、.383、.358
四球70個台のシーズンの打率は.328、.292、.333
四球80個台のシーズンの打率は.333、.340
四球90個台のシーズンの打率は.280、324
張本はパで四球王4回、通算敬遠歴代二位と四球は多い選手だったが
巨人に移籍後は四球が減少したことはこのスレの住人は常識かもしれないが
張本の四球20個台のシーズンはプロ入り1,2年目と最後に規定打席に到達したプロ入り20年目 >>6
なるほど、細かく分析すると>>4が更に色濃くなるわけですね ちょっとスレチ気味なネタ
日本人MLBプレイヤーは村上雅則から野茂英雄まで30年空いてるけど
日本では村上の引退が1982年、野茂の近鉄入団が1990年と意外と近い
門田博光がこの両者からホームランを打ってるのはとりあえず確認した >>10
それ系だと昌や工藤が何らかのとんでもない記録を持ってそう
戦前生まれと平成生まれ両方と対戦は余裕? 戦前生まれ最後の選手が張本で1940年6月19日生・1981年引退
戦中生まれ最後の選手が高橋直樹で1945年2月15日生・1986年引退
だからちょっと無理 あ、「両方と」対戦か
ごめん読み違えた
えーと高橋直樹と中井大介あたりと両方対戦できる可能性があるかどうかだな
昌は高橋と対戦していない >>12
工藤は「戦中生まれ」「平成生まれ」とチームメイトではあったのね 野村克也とか中嶋聡がバッテリー組んだ投手なんかも面白そうだけど
フル出場してない試合だと、後から調べても誰と組んだか
確定できないケースが多くて面倒だ
中嶋で調べようとしたら、いきなり初出場の試合で挫折した
阪急2番手の原田賢治とは組んだ可能性はあるけど確定はできない
この投手はそのオフに移籍したので組んだとすればこの試合だけ 工藤って井上弘昭とか小川亨あたりと対戦してそうだけどな 以前クリス・デービスの3年連続打率.247というのが話題になったけど
日本にも2年連続ならいた
黒田博樹の父の黒田一博
1953年と54年、どちらも規定打席到達で.246 >>19
Khris Davisの.247は、規定打席数不達の年を含めると4年連続 >>19
2年連続で同じ成績と言うとビニー・キャスティーヤが96,97と2年続けて
打率.304 40本塁打113打点って珍しい事してたね
日本で2年続けて打率本塁打打点が全く同じだった選手っているのかしら 王の1976-77は3部門全部違うんだがけっこう惜しい
49 123 .325
50 124 .324 >>21
めぼしい成績はないですね。
一番まともなのが
岩本尭選手(1958、1959)の.225 4本塁打 28打点です。
これ以外は本塁打ゼロばかりで10例ほどですね。
それを考えると、ビニー・キャスティーヤ選手の数字は奇跡的ですね。 >>23
岩本の例は、移籍を挟んでいるのが面白い
13二塁打と3三塁打も同じなのね ピーコが1977〜80年にかけて本塁打、打点だけ見れば似たような成績だな。
ピーコは1969年から1975年まで毎年打率を上げてるけど、これより長い
規定打席を満足しつつ打率が右肩上がりってあるのかな? 4年5年程度ならよくあるが、7年間となるとなかなか見当たらないな
江藤慎一が1960→1965まで右肩上がりだが7年目に落ちてる 1999年ボーリク 率250 本26 点61
2000年アリアス 率250 本26 点61 >>28
ピーコ(山本浩司)だとか、ジョイナス(高木守道)だとかの
通ぶりたい少数の連中がいるから我慢してくれ
したり顔がしたいんだから 殿堂とかで昔のネット蔑称ネット用語使ってるやつ多いけど痛いだけだよな カルロス・ギーエンは7年連続で打率上昇
1999年から、
.158
.257
.259
.261
.276
.318
.32035
.32044 ギーエンはウィキペディアの記述で知ってたけどスタートの1999年の打数がたったの19なのがね >>29
通っていうか殿堂板だと浮いて見える
むしろ見てるほうが恥ずかしい感じ 権藤博
投手としての実働期間5シーズン(1961〜1964,1968年)で下記の部門について2年目より全ての年で前実働シーズンより数値が下降
登板・先発・完投・勝利・敗戦・対戦打者数・投球回・被安打・奪三振・防御率・WHIP そいつ以前アニメ関連のスレにランキング貼りまくっていたけど今度は野球関連のスレに貼りまくっているな。 >>39
戦中生まれと平成生まれを相手にしているのか。スゲェな工藤。 阪急ー広島
梁川郁雄
136打数14安打
打率.103 0本塁打 1打点
戦後野手100打数以上でこれ以下いる? >>41
打率なら
八重沢憲一(F-Bu)
113打数 10安打 .088
本塁打は3本も打ってて4打点 200打席近く三振しなかったらしい
あとは変なフォームが印象的 桑田がつべで語っていたが投手の打撃は場面によって選択肢がいくつもあって意外と難しいらしいな。
投手といえども犠打を失敗すると責められるし、時には積極的に安打を狙う必要もあるし、わざと三振する必要もある。
ヒットエンドランみたいな高度な戦術がサインで出される場合もある もしかして器用な桑田に対してだけに
出された指示だったりしないのだろうかw >>42
八重沢はあの三沢高校甲子園準優勝のメンバーなんだな 岸川勝也はプロ初スタメンが4番だったのか
こういうパターンはほかにあるのかな?
後藤武敏のようなプロ初出場初4番の場合を除くと 長嶋茂雄は3番、江藤慎一は5番だった。いきなり4番はなかなかいないな >>49のお題は、「プロ初出場ではない初スタメンで4番」らしい 2017年ア・リーグ最多勝のジェイソン・バルガス
通算成績が99勝99敗
シーズン途中の一時的なものであれ、通算の勝敗が並ぶことは
ある程度数字が大きくなるとあまりなさそうだなと思って
通算勝利数トップ10の顔ぶれを調べてみた
金田正一 68勝68敗
米田哲也 184勝184敗
小山正明 なし
鈴木啓示 115勝115敗
別所毅彦 46勝46敗
スタルヒン 6勝6敗
山田久志 24勝24敗
稲尾和久 なし
梶本隆夫 247勝247敗
東尾修 237勝237敗 梶本と東尾は、通算成績こそ近いけど、勝敗の推移は対照的
梶本隆夫 254勝255敗
初の勝ち越し 1勝0敗
初の勝率5割 1勝1敗
最大貯金 32(137勝105敗)
初の負け越し 194勝195敗
東尾修 251勝247敗
初の負け越し 0勝1敗
初の勝率5割 218勝218敗
最大借金 29(53勝82敗)
初の勝ち越し 219勝218敗 99勝99敗というと、かつて宇佐美本で読んだ野村収投手を思い出します。 こことはちょっと違う話になりますが、私が子供の頃に購入した「プロ野球歴代名選手名艦」(恒文社)という単行本には、今ならまず選ばれることがない「名選手」が登場する一方、あろうことか榎本喜八が漏れていました
同書は現在手元に無いのですが、ポジション別に各10人ぐらいが紹介されていたと思います(投手と外野手はそれぞれ30人ぐらい。監督も数人載っていましたが、三原水原鶴岡はなぜか選手の部で)
仮に現在同様の書籍を刊行したとしても確実に選ばれるだろうに・・・単なる編集ミスなのか?今となっては永遠に謎です 通算99勝同士と149勝同士で直接対決し1勝1敗のエピソードはここでは常識でしたよね? 仮に今シーズン中止になったら年跨ぎの記録って来年からリセット?それとも今年は無かったものとして継続? 打順ごとのシーズン最多本塁打/打点のデータってどこかにない? あまりクレクレいうとカイジの利根川さんみたいなのがくるかもしれんぞ >>66
連続シーズン「先発全試合完投」記録とか、どうだろうか
調べてないけど 元中日&広島の久本祐一
2つ以上貯金を作ったシーズンなし
キャリアハイ3勝、ただしこの年は負け越し
これで通算で勝ち越し4ってなんかすごい
賢い低所得者という感じ ひと昔前の毎年必ず1勝だけ挙げる騎手を思い出した
スレチ失敬 早くても開幕が6月以降になるらしいから、シーズン143試合こなすのは無理っぽくなってきたな
試合数が少なくなればなるほどブレ幅が大きい率系で何か記録が誕生したりするか >>75
たしか93年の伊藤智仁が7勝で新人王だったはず 最優秀勝率投手は該当者なしですね。
それとも今年限定で条件を変えるかどうか。 規定打席到達で四死球0の可能性も
数年前の坂本勇人が数十試合四死球0とかあったはず >>79
変えるとしたら、開幕前に決めないと不公平だろうね ざっと見たところ規定到達で四死球0は1936年秋の名古屋軍の前田喜代士ぐらい。
セ最少四死球は1953年阪神徳網の8(四球8、死球0)。最少四球8のタイは1954年洋松宮崎剛(1死球)と1956年巨人内藤博文(3死球)。
パ最少四死球は1951年大映坂本文次郎の4(四球3、死球1)。最少四球3のタイは1953年阪急ジョン・ブリットン(3死球)。 >>83
勝利数チーム試合数×0.1以上とか?
今年に限らず、規定イニング到達者や最多勝の勝利数が年々減少しているのを考えると
いずれ最多勝でも13勝に届かず最高勝率該当者なしは実現しそう。 ピート・ローズの連続シーズン250出塁がタイ記録の13年でストップしたのは
ストによるシーズン短縮の影響だったな マダックスの連続15勝は1994年も継続した
クレメンスの連続二桁勝利は1994年に9勝でストップ
ドン・サットンの連続200イニングは1981年に15年でストップ、その後5年連続200イニングなのでストが無ければ21年連続だった? 一方マイク・シュミットはスト短縮シーズンの1981年に自身唯一の打率三割。
1980年代MLB最多勝のジャック・モリスも同年防御率キャリアハイ。 書いてて思ったけどストで記録が止まるのは選手の自業自得な気もするな
記録継続したければストしなければいいから
コロナはどうしようもないわけだし 金本が連続試合出場続けてた時スタメン落ちしてた試合で雨降ってきたから試合序盤に無理矢理代打に出てきた試合思い出した。
なお試合は無事9回まで行われた模様。 1967年10月12日
球場が違うダブルヘッダーは、日本でも例がある。広島は第1試合を巨人と後楽園で戦い、第2試合は産経と神宮で戦った。
本郷の宿舎で休んでから神宮に向かったそうだが、4番の山本一義は「もうこりごりだ」と疲労困憊。
広島の中村光哉は「異なる球場で1日2試合登板」の珍記録で名を残している。
ttps://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200408-00843120-number-base こんなもん誰も注目してないだろうし期待もしていないでしょうが、個人的には清宮がプロ三年目終了時点で通算打率.200ジャストを達成できるかどうか?が気になる 日本ハム西川と楽天鈴木大地が現在通算999安打
もし同時間帯に出たら、どの時点で安打が確定したことになるんだろう
一塁到達か、Hランプ点灯時か >>95
冗談かと思ってたら本当だった...
ドカベン殿馬が面倒臭そうにバットを引きずるモデルとなった関根潤三 >>94
これを達成してしまったらいよいよ怪しくなってくるけどねw >>55
通算勝利トップ10ではないけど、
松岡弘が昭和51年終了時点で111勝111敗11S ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています