ひろゆき「実数は実在するが虚数は実在しない。わからない人はバカ」
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https://youtu.be/●?t=1m53s ●=BPTwVYRiKug
1:53〜
ひろゆき「虚数の説明も前にしたと思うんすけど、基本的には掛け算をすると必ずプラスになっちゃうんですけど、掛け算をした結果マイナスになるっていう謎の数字っていう虚数っていうのを作りますと、
それを使った方が計算がしやすい場面っていうのが、実は存在しますよっていうのがあるので、現実には虚数は存在しないんですけど、ただ虚数っていうのを利用した方が計算しやすいっていうのがあるので、虚数を使いますよって話なんすよ。
虚数をつかうは正解なんすよ。要は虚数は現実には存在しないんですけど、計算上虚数って概念を使った方が計算しやすいので虚数を使いますよって話なんすよ。
「幻の数 虚数」って書くんですけど、なので、実数って例えば指が1本2本3本4本5本って説明できるじゃないすか。
なので実際に現実に存在するんですけど、虚数自体は現実に存在しないんですけど、計算上は虚数を使った方が計算しやすいって話なんすよ。
なので虚数は存在しないって言ってるんですけど、これも理解できない人は…」
コメント「虚数は幻じゃねぇよ」
ひろゆき「だから虚数は実在しないでしょ?wって話なの(笑) 要は実在はしないけど虚数を利用して計算した方が計算しやすい場合があるので、概念上の虚数というものをつかって計算してますよって話なんですよ。これそんなに難しい話?(笑)」
コメント「それを言うと実数も存在しない」
ひろゆき「この人達はバカなのかな?wwwww
(コップを指差し)例えばこれが1っていうのは、存在してるじゃないすかw
なので、実数というのは存在するんですけど、虚数というのは存在しないけど計算上使ったほうが楽だよねって話なんですけどーw
これそんなに難しい話なの?(笑)」 >>945
お前には根拠は無い。主張したい事が
学問の在り方
決定に纏わる肯定面と否定面の混在
部分視としての多体解釈と全体視としての一体解釈の自由度
と多岐に渡っているが、どれも問う対象を書き並べるばかりで
人名を挙げては発言を述べたりする程度で、理性的に論証らしい論証は全くせず
悟性的に把握のみで解釈しようとしかしていない
終始、波動は自然科学に対して自然科学が理学的一意解釈で在らんとする事に異論を呈し
自然科学も文学的多様解釈(波動は文学的である必要は無いと思ってるが)で在るべきと宣う説話しかしていない
しかも説話の自覚が無く、自らが諭し口調である事にも気付いていない
波動の言う『私は理解したいだけです』は『一括りに表現できる概念・言葉・説明・解釈・理念が得たいだけです』と同値
だから波動は、学問それ自体を学究問答履修演習する事は無く、学問の外延・上っ面だけを眺め
一括りに表現できる方法の探求する思索ばかりをしている。だから波動の主張は毎回こんなにも長文×連投=大長文化する。
結局、波動の願望『一括りに表現できる概念・言葉・説明・解釈・理念の獲得』は果たされる事は無い
『一括りに表現できる概念・言葉・説明・解釈・理念』が存在する学問は無い
故に、この意味でも波動は爆発律に行き当たってしまっている。波動は今までも度々
パラドクスに関する話題に対して爆発律を生む解釈をしたり
事象の不確定性や不特定性に対しても爆発律を生む解釈をして見せて来たが
願望までも爆発律を生む内容となってしまっている。そらぁ、毎回毎回、長文レス連投にしか成らないわけだ、波動は 認識器官自体も運動変化が常態です
他の物理との親和反発を経て状態を保ちそして保てなくなり・・・
やはり濃淡の親和反発という一元理解でいいわけです
それが複層的に展開するのが自然
宇宙ー大構造ー銀河系ー太陽系ー地球-生物ー諸器官ー諸細胞ーミクロ・・・
運動するエネルギーの濃淡の親和反発で新たな濃淡の生成
これが自然ということです
無限であり何も生まれない、無くならない
宇宙・・・ミクロ云々も規定です
それは否定関係ではありません
なんか基礎として終点っぽいかな
自然はただただ運動変化しているだけです
様々なことから自分なりの自然観と認識とはという理解が得られました
それを可能にした現代日本の文化状況に感謝します 『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』
わたしの学の出発点でありゴールです
学とはという問いが思春期に付きまといました
芸術のための芸術というのは個人的に倒錯している
ならば学のための学もまた
けっきょく上のような疑問に行きつきました
自然とは学問とは、そして人間とは
いちおうの結論が出ましたが、世紀末に過った不安が的中しました
なんというか・・・
さて 濃淡の親和反発は自身、認識器官、その像もまたということです
徹底すべきだったんだなあと反省します
なかなか貫けないものです
さまざまな議論に触発されました
そうでなきゃ雛型で終わっていました
フラットアース、球体説、いずれも天動説的ではないかと 不完全性定理で何もかも解らないことが証明されたと主張する人たちがいるとか
いや、定理ですから、解らないことが解るからこそです
規定は否定です
光速度一定の原理は絶対座標が存在しない、つまり自然の存在形態は運動であることを示します
静止という規定が存在しないことにより対象である自然は無矛盾であることが示されます
規定は否定であり、対象には存在しない
対象の否定ですから当然です
規定するからこその不完全性定理ではないかと
光速度一定の原理は豊穣でαでありωではないかと
それは対象と規定の自己言及ではないかと わたしたちもまた周りの物理存在と同様なわけです
運動変化して親和反発して新たな濃淡となる
それだけではないかと
なんか諸学問以上の結論になるようです すべては幻覚である、という主張は移り変わりゆく自然という事実から生まれる〈幻覚〉なのかもしれません
移り変わりゆくこと自体は移り変わらないのです こんな悟性一辺倒議論家が相手だったんだ
疑問を投げ掛けられた教授や院生たちが黙ったわけだ
・取り合うだけ損をする全き無駄な討議を持ち掛けられた
・構うな、邪魔するなと言ってやっても、こういう手合いは邪魔ではなく良い指摘をしている気になっている構うと余計に駄弁を長引かせる、黙ってよ
・感心して聞いている風を装って、ほうほうの体で聞き流してやろ。それにしても興味深いな、こういう輩の『症状』は
波動は若い頃から、こういう見方されて、やり過ごされてばかり来たんだ
実は波動と同じ思想・解釈・理念に妄執し続け長年、議論の場をさ迷い続けている者達は常に存在し
中でも質まで波動とそっくりな奴等は居る。少子高齢化が進み人工減に転じたとは言え、一億二千万も居れば
波動と同種は少数ながら量産されるわけだ 全ては脳がみせる幻覚という主張があります
それでは脳はどうなるのかということに であってではないというヘーゲルーマルクスの矛盾はクレタ人の逆説と飛ぶ矢の逆説が基ではないかと
不完全性定理も規定は否定ということだとわたしは考えています
不確定性原理は有を無で規定するからです
測定値が近似値になるのは必然だということです
エネルギー保存則の破れはありえない
自然以外ありませんから
けっきょく観たものがそのままの自然では無いということです
これは認識したものがそのままの自然では無いという本質ということです
科学は自然は差異であり否定関係は存在しないということでは一貫しています
粒子と波という否定関係は存在しないのだと
地球は諸天体とは差異であり否定関係ではないいうのがガリレオたちで、科学の発展はそれを裏付けました
わたしは観測問題もまた差異であり否定関係ではないということを科学は示すと予想しています 何回でも言う
自然科学は自然認識
だから認識の在り方は理解しなければならない
地動説は観たものそのままが自然ではないことを示すこのことは徹底して考えられなければならない
静止、生死、無は認識器官に存在するが自然には存在しない
これが何を意味するのか
数を数える
認識器官には此処から此処までは在るが座標原点は存在しないと科学は示す
いろいろな意味で此処から此処までは存在しない
此処とは何かということも考えなければならないのではと > 不完全性定理も規定は否定ということだとわたしは考えています
ダウト
> 不確定性原理は有を無で規定するからです
ダウト
> エネルギー保存則の破れはありえない
> 自然以外ありませんから
答えの理由根拠がダウト
なぜ誤った理解のまま問題を理解した気になり解答できていると思い上がるのか? 生物学者福岡氏は生物は生きつつ、かつ死につつあると語る
これは対象を否定で規定するからです
生物は水でも金属でもありません
しかし物理としては差異であり否定関係ではありません
つまり同一を非同一として規定します
この規定の在り方から鵺的な存在が出てきます
フタナリ、ウィルスなどです
分類困難な対象は分類するからです
生物は同一であることはありません
運動変化しているからです
非同一を同一で規定するからです
それは運動変化して物理状態として同一であることはないのに同一として規定するからです
福岡氏のこのような理解は規定が否定だからなのです
運動変化する自然を否定で規定するからです 変われば変わるほど変わらない
変わらなければ変わらないほどますます変わらない
前者は物理状態は変容しますが物理としては変らないということです
後者は物理としては変わりませんが物理の存在形態は運動変化ということです
規定は否定だからクレタ人、ゼノン、カント、ヘーゲルということです
規定は否定だから不完全性定理、不確定性原理、観測問題ということです
対象は無矛盾です
規定は否定だから、規定するからということで 現代科学の行き詰まりから革命が必要だとする科学者は散見します
理数系の方々、時間とは、重力とはが解っていないのが現在です
数とは何かも解っていないのではないでしょうか
逆に言えば貴方がたにはやりがいがあるのではないかと
わたしのは一試論です
このように捉えると、ということです
それ以外ではありません ワインバークは宇宙の始まりまであと僅かにまで迫っていると前世紀末に語りました
さて始まりはあるのでしょうか
科学者は死の分岐点が解らないと語りました
さて死は物理として存在するのでしょうか
さてさてさてとわたしなどには現代科学の未解決事象の多くが認識の在り方に無頓着だから解決できないのではと映ります
実数は存在するが虚数は存在しない?
これも認識の在り方を無視するから議論百出としかわたしには映りません 学問は結局自己言及が本質ではないかと
自己言及は自己を他として、ということです
自然認識は自然の一部である人間が、ということです
認識の在り方の認識、つまり自己言及すべきかと
光速度一定の原理は座標原点、静止で運動を規定するが静止は存在しないことを指摘します
この原理は自然と認識の在り方の言及なのです
つまりαでありωだと
この原理が語ることは実に豊穣です
基本はこの原理が確定可能なのだとわたしは理解しま わたしという自己言及の認識構造を解き明かした三浦つとむ氏の言語過程説を基に「言語にとって美とはなにか」を著したのが吉本隆明氏
当時隆盛だったマルクス主義芸術運動に真っ向対峙した芸術論で序論の表現論は出色だった
これは音楽、美術、というか芸術一般の基礎の指摘でもあった
彼は自著を手にして、勝利だよ勝利だよと呟いたとか
三浦つとむ氏は共産主義者だったが自身の論文でこの思想が成立しないことを示す端緒を開いた
わたし自身はやはり唯物論は正しいと信じている
三浦さんは思想としてはともかく学問としては勝利だよと言えるのだと
三浦氏の認識論は学ぶに値すると思っています
また板倉聖宣氏の概論的性格の書物もまた
山川氏の古代ギリシャ研究の書物、とりわけ「ゼノン4つの逆理」はお勧めします
勝利ですよ、三浦さん、板倉さんと言えるのはわたしが生きている間には無理そうです
理数系の学徒のみなさん、認識論では日本は世界に先んじていて学問の革命には有利であり、学ぶに値するとわたしは主張します
コペルニクスの衣鉢を継ぐのが日本の学徒であることを希望しています 認識の在り方の認識がこれからの課題でしょう
認識器官という物理条件もあります
素朴に観たものがそのままの自然だということから脱する必要があるということです
始まりはたしかに認識には必要ですが存在しないのです
これが自然認識を語るうえで必須だということです
次元も数も認識には必要ですが実在しません
大科学者でさえ天動説から免れていないのではと ここで考えてきたことを取り入れて書き直します
ありがとうございます
いろいろ触発されました
違う考え方に接することは大事ですね
自分の理解を深める参考になりました
構成考え直します
少しかかりそうですが
もう少しでこのスレ終わりますね
完走したい ひろゆき「1と0.9999…は等しい。わからない人はバカ」
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1636640284/
これももしかすると検討の余地があるかも
朝閃いたんだが、まだ形を成していない 以前四次元が実在したら静止した自然、そして自然の一部であるわたしもまた無限に実在しなければならないと主張しました
認識するということはそういうことです
一である自然は多で認識するのですから
規定は否定です かなり前フリーマンの番組で時間実在否定論の科学者が似たようなことを主張していた記憶がありますが
なんか違うと思った記憶がありましたが
もう一度観ないと解りません 観たものがそのままの自然ならば科学は要らない
ある学者の言葉です
これを深化して徹底するのに何年掛かったやら
これからもまた 四次元は難関でした
対象は一ですが運動します
運動という有を無で規定しますから多、つまり運動量で理解します
此処、今と指示すると此処、今は飛び去る
このヘーゲルの指摘を読んでから約半世紀
やっと合点がいく理解に到達しました
一を多で規定しますが、これは認識の在り方故です いずれにしても学問は新たな視点が必要な段階でしょう
それだけは言えるのだと
現在を固定して変わらないと考えていたら衝撃は大きいでしょう
第二のクロネッカーとかガリレオ否定派に成るかも知れません
お気をつけてください 規定は否定
これを一貫することは困難です
板倉氏は頑固に前提を守るために柔軟性が必要なのだと語ります
まことにその通りだと実感した次第です
西洋人の徹底性は凄いなあと実感します
新約聖書学なんてのはもうね、と絶句しました
数学もまたそうです
三浦さんは自身の学の展開が信奉する共産主義否定に繋がると思わなかったし、また最後まで抵抗しました
この辺は残念なことでもありました
板倉さんは社会がノーと答を出しているのだから諦めたと語ります
真偽は何で決定するのかという問題意識がなかったと批判します
その板倉さんも過ったところがあるのでは、という印象をもちます
むろん彼らの専門分野での功績は素晴らしいのですが
専門家の過ちを素人がただすことは良くあることだとファイアアーベントは語り、三浦氏も素人を軽んじることの危険性を語ります
わたしは良きディレッタント、素人になりたいのです 科学は観たものがそのままの自然では無いということを証てきた歴史ということでしょうか
粒子も静止も生死も無も認識には存在しますが・・・
そして認識そのものが相対化される
規定は否定で対象には存在しないのだと
もちろん対象の否定ですから対象に在るわけではありません で、波動は
極限も
不確定性原理も
不完全性定理も
どれも素人曲解で誤解したまま要因を分かった気になってる事について
どういう自己弁護で開き直ってる? カズレーザーの番組で、まだまだ表現についての理解は混乱しているんだなと思った
けっきょく、この時点ではこう理解されているということを前提にしなきゃいけない、絶対とか固定して捉えるのは過つということです
ただ、それは天動説がある範囲で有効な理解であるのと同じで、だからこそ説得力はあるわけです
・・・もしかすると間違いかもと思っていたら全力傾けられませんから
板倉氏は固定して理解することの有効性を説いていました
ふと出自がいかがわしいマタイ福音書が思想として高く評価され、またバッハのマタイ受難曲を産んだりしたことを想起させます
人は偽物ほど熱狂するとゲーテは言ったそうです
北杜夫だったかな、たぶんエッカーマンとの対話からの引用でしょう
そういやゲーテは友人に君はスピノザしか読まないのかと言われたとか
学問の基礎は未だしではないかと
ある意味完成しなきゃいけませんが、ある意味完成することはないのだと
自然は無限ですし、物理条件の生成はこの意味で無限ではないかと
数年ぶりにバッハが苦手な母が感動したマタイ受難曲聴きたくなりました
三時間ですし映像版でしか完走したことありませんが 理数系の問題意識がある方々
どうか認識論に少しでも耳を傾けてください
観たものがそのままの自然では無いことを科学は示してきました
自然認識ですから認識の在り方は検討に値するのではないでしょうか
静止は運動の一形態、生死は物理としては無いというのは決して屁理屈ではなく、科学の理解に基づきます
科学は否定関係だと規定してきた対象が物理として差異であることを示してきました 自然理解は自然の一部である人間の自己言及です
自己を他者として、つまり否定で規定します
不確定性原理は運動という有を静止という無で規定するからです
0に限りなく近いが0ではないのです
無で有を規定するからです
つまり近似値は必至で=ということはあり得ないのです
不完全性定理もまた否定で規定するから決定不能になります
光速度一定の原理は静止で規定するが静止は存在しないことを示します
自然の存在形態は運動であり無矛盾であることは規定は自然には存在しないことで示されます
ウイルスが分類困難なのは差異を否定で規定するからです
対象は無矛盾ですが差異として在りそれを否定で規定するから不確定性原理、不完全性定理、観測問題などなどが出来します
クレタ人、ゼノン、カント、ヘーゲルもまた否定で規定するからです
否定ですから対象には存在しませんし、光速度一定の原理はその存在を否定して自然が無矛盾であることを示します 認識器官は自然の一部です
自然をその物理状態により像を結びます
認識器官には諸生物、個体の差異により像は違います
また静止、生死、無は認識器官には存在しますが自然には存在しないのです
認識とは、ということは検討に値するのでは まだまだ解らないことだらけです
ある研究者は量子力学の最前線は一条の光も射さないと語ります
自然は差異として在るが無矛盾なのだということがアリアドネの糸だと
差異を否定で規定する、規定は否定なのだと
それを念頭に理解していくと理数系、哲学の解けていない基本が理解できるのだと フラットアース説批判のスレはブレークスルーとなる認識が得られました
96年に「ゼノン4つの逆理」で無矛盾な自然観を獲得しいろいろ解決できたと喜びました
四半世紀以上前ですが、それがまだまだだということには気が付きませんでした
ここでも一を多で規定するということが四次元理解に繋がりましたことに吃驚します
考えてみれば当たり前なんですが、なかなか気が付かない
睫は目の前にあるんですがなかなか気が付きません 基本人間の生とはが解りたいだけかなと思います
客観な理解で恣意性を排除した確かな認識を得たい
自然理解も学問もその手段ですが要です
正直きちんとした基礎から理解構築した人は皆無ではないかと
その端緒を拓く認識の基礎前提を提供出来ればこのうえない僥倖です
そのうえで日本の学徒たちに科学革命を成し遂げてほしいのです
かなりのところに行っていると思える西洋の学徒たちは未だに認識の問題に気が付いているとは思えないから十分チャンスはあるのではと ・・・まあ、あまり芳しいとは思えない結論が待っているという予感はしています
数学はもちろん新約聖書学、マルクス主義の結論以上なのではないかと
最終戦争が起きて天から手が伸びてきてキリスト教徒だけ助かるという宗派がアメリカに在りキューバ危機では軍部幹部にいたと側聞しました
いやはやですが、全幅の信頼みたいのがあります
宗教を好まない母は魂だけは信じると手紙で書いていました
羨ましい限りです
わたしにこういう事を受け入れる余地がありません 前にも書きましたがわたしは幻覚体質です
宮沢賢治がそうだとか
要するに人より感覚という物理状態が不安定なのだと理解しています
あまりにも外界から刺激が少ないと勝手に感覚器官が励起するのではと
困るのは感覚器官に生成される音や像が自然の在り方に対応していないことです
あとから思えば、あれは幻覚だったんだなと思ったりします で、なかなか自分の認識が自然と対応しているかには自信が持てないわけです
観たものがそのまま自然では無いどころではありません
金縛りも二十代までに何回かありました
あれは焦ります、なぜならこの時に天変地異があったら動けないのですから この体質は悪いことばかりではありません
母が亡くなり数か月後にドアを開けたらベッドの傍に和服姿の母がじっとわたしを見つめてスゥーという感じで消えていきました
また来てねと呟きましたが、自分の幻覚体質にこの時ばかりは感謝しました
父は目覚めた時枕元から声が聞こえました
残念ながら姉は夢の中だけでしか逢えません
その内にと期待しています
死ぬ間際に成ったら総出で迎えてくれるかも知れません わたしの場合は感覚器官の像を相対化して理解する条件に恵まれているのかも知れません
でも皆さんも科学的知見から相対化することは可能ではありますが たぶん丑三つ時ですか、布団の周りを歩かれたり、脹脛触られたり、隣の部屋に人影が映っているのを目撃したり
でもその後ぐっすり眠れるのですから、いうに及ばずでしょう
叔母は布団を捲られじっとみつめられた体験があるそうです いろいろと霊能力者とかいますが、そういう体験はしているんだろうとは思います
いろんなバリエーションがあるのでしょう
背後霊も見た体験はある人もいるのでしょう
ただそれが忠実な現実の像かというとそれはわからないのではと思います 幻覚の在り方は文化の影響が強いのではと思います
西洋では幽霊に足がありますが、日本ではありません
憑くものも文化により違います
たしか犬もあったような
悪魔がついたりとか
ある意味楽しいとも言える?
不謹慎かな w 西洋の中世で教会を建てたかったりすると、この木の下に聖人の〇〇が埋っていると神父が言い、掘ると出てくるので信徒たちはお金を喜んでだす
あまりも続くとやはり疑いはじめ、募金にはボタンとかが入り始めたりする
ドラマで募金箱を開けるとボタンの方が金より多い事態になって頭を抱える場面を見たことがあります
西洋の窓という阿部さんの本を読んでいたらこのドラマを思い出しました ちなみに西洋史で著名な阿部さんはブレーメンの音楽隊だけで、日本史で著名な方も一作だけだとか
西洋史、日本史では学績としては幾つも高レベルの研究を何作もだしている方々がいるとか
そういやある分野で知る人ぞ知る方はテレビに出演依頼をされても出なかったそうです
いやそんな暇ないからということらしいです
板倉さんは晩年に?外関係で出演していました
関川夏央さんは擁護派でしたが、やはり間違っていましたから弁護は苦しい印象でした
では学徒のみなさん、期待しています
駄弁はここまでということで このスレッドは1000を超えました。
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