欅坂を待ち受ける不幸な未来。その3
・選抜制は個性を殺す
再三言っているが、選抜制度では握手序列が絶対的基準となる。それはなぜか。
まず”人気”というものは何だろう。
それはパフォーマンスの評価、性格の評価、ルックスの評価、そして握手対応の評価。
それらの総合点が”人気”というものの正体だ。握手対応はその一指標にすぎない。
ーーーはずだった。
目に見えるということは何であれ強い。
北に真っ直ぐ進めば最短の道とわかっていても、ひと度暗闇になり、そこに一筋の光が見えたなら、
人はそれに向かって歩き道を外れてしまう。その性は飛んで火に入る夏の虫と大差ない。

過酷な選抜争いの中で、意気消沈する推しを見ればヲタなら当然支えて上げたいと思う。
一昔前ならそれはこうだった。ファンレターを出す。声援を送る。グッズを買う。
しかしそう言った人気の指標はこちら側にはあまり見えない。
ヲタはただひたすら声が届くのを信じ、愚直に応援の声を挙げるのみだった。しかし今は違う。
握手完売表という万人に可視化された指標がある。
ヲタ達は当然のその人気をあげようと地と汗と涙で出来た私財を投入する。
例えパフォーマンスが良く、性格が良く、ルックスに優れていても、握手序列が低ければ
そのヲタたちの血と汗と涙を踏み越えて上に行くことは許されない。
パフォーマンス?性格?ルックス?主観だろ。
唯一可視化された客観的指標、握手完売表こそ絶対正義だ。
これが握手序列が絶対的基準になる構図だ。

その結果どうなるか。例えば顔だけ総選挙不動の二位の佐々木琴子は選抜には入れない。
リアクションが薄いから。積極的に前に出ないからと言われていいるが、
彼女はべりかに比べればだがよく笑うし喋る。
この二人の差に選抜制の有無が影響しているのは明白だろう。
握手序列を上げる争いの中にいれば、できる限りライバルを減らそうという心理が生まれる。
全員選抜での無口無反応のべりかは個性と愛でられ、
選抜の中で白石に次ぐ絶対的ルックスをもつ琴子はやる気がないと叩かれ評価されない。
選抜制の中で個性は長所から弱点へと変わる。

ヲタにもメンバーに愛されるオダナナも握手序列の中では選抜に入ることを許されず
芸人すら腹を抱える井口も番組から姿を消す。或いはうまくリアクションをしないべりかやめいめいも・・・
これが欅坂を待ち受ける不幸な未来。その3