すでに先日通告したとおり、この中国嫁日記スレッドは、井上夫妻待望の新生児、バオバオの誕生を一区切りとして、
器であるスレッドの運営そのものを変えていくための多少のお時間をいただくことなります。.

今まで400以上にわたって、紆余曲折しながらも、運営しつづけてきた中国嫁日記スレッド。
それが一時とはいえ、休止することには一抹の寂しさも禁じえません。

思えば、虎ノ門日本消防会館会議室から産声を上げ、幕張メッセ、東京ビッグサイト、新横浜プリンスホテルなど、さまざまな場所や地域で活躍してきた井上純一氏でありますが、
やはり我々にとって特に思いが深いのは、新たなる表現の地平を求めて大陸に渡った井上氏の雄々しい背と、
”中国嫁”の原点に立ち返るため内モンゴルの雄大な大地に降り立った”2人”の姿でしょう。

罵声、嫉妬、配偶者不在説及び謂われの無い誹謗中傷、…長年にわたり醜く無節操に流布されてきたマイナスイメージを跳ね返し、
プラスに変えていった井上氏の闘いにとって、この2つの出来事はやはり別格の意味がありました。
受け手たる私達にとっても、氏の長年にわたり培われた自由かつ柔軟な発想は、作品毎に彼方から別の彼方へと飛躍を見せ、このモンゴル旅行記を集大成として、
まるで乱反射したプリズムのように目眩く奔流となって私達の前に煌めきました。

中国嫁日記とは何か、これをもう一度確認していくとするなら、それは表現を伝え受け止めることにより、
あなた方の生活だけでなく思想全般をも豊かなものにしていこうとする、交流の場です。
そして、中国嫁日記スレッドは、それを維持し拡大させていくことによって、世界の中に数多の価値観を定着させていこうとする意思ある運動体として期待されてきたものでした。

2011年8月11日の初代スレ設立から約4年もの長い間、この想像の共同体、あるいは理想の解放区を維持するために、
どれだけの力が注がれているか、井上氏は参加者の皆さんに伝達していく努力を特にしませんでした。

それは、あくまで中国嫁日記スレッドの主体は参加者の皆さんであって、それを支える作者自身が前面にでるのは相応しくないという発想であり、
また、その努力は解放区の同志たりうるべき皆さんが、スレッドの歴史を紡ぐ中で当然に理解しているであろうという一種の甘えによるものでもありました。

本来これは、私達自身で自覚し自省し必要な措置を講じ続けるべきことではありますが、中国嫁日記スレッドは常に存続の不安の中にあると理解すべきでした。
しかし、この危機感が十分にスレッドの皆さんに届いていたか――今から思えば、ここに一つの鍵があったのではないかと思えてなりません。

中国嫁日記について評価することや語ることは生きていく上で、必要不可欠な生理的宿命であり、ここから自由であり続けた人間は存在しません。
しかし一方で、全ての叡智や理性を伴った活動に優先する行為でありながら、
ここまで語る事が傍目から見て醜く、内にこもらせる事を美徳とする行為も珍しいと思われます。

昨夏に起きた、とある痛ましい事故に起因した凄惨なスレッドの騒乱は、人間の剥き出しの感情が迸る様が無秩序に拡散する醜悪さを含め、
井上氏にも痛切な思いを抱かせずにはおきませんでした。

今回の休止が、参加者の皆さんに、中国嫁日記とは、表現とは、あるいは権利とは、自由とは、責任(responsibility)とはといったことについて、
ちょっとでも考えていただけるきっかけになると信じています。

――1111日ぶりの韜晦を込めて。